六十八話 すう、骨に乗る
「じゃあ、いって、くる」
自由に動いてみて、と言われすうはホエール・オブ・ファウナへと目を戻す。
すると凛を追いかけるように旋回していたクジラ骨が急に体をのたくらせた。
ゆらりと頭骨が揺れて、触手で埋め尽くされた眼窩がこちらへと向く。目もないというのに敵意を持っているのが一目でわかった。
「こっちにヘイトが向いた! 早い!」
「離れつつりんちゃんの方に合流しましょう! すうちゃんは!?」
今度はこちらへと飛来物が集中し始めて二人は慌ただしく移動を始める。
大してすうはクジラ骨を見据えたまま僅かに姿勢を低くした。
「このまま、つっこむ」
「え!?」
言うなりすうは砂を蹴り、降り注ぐ飛来物の群れへ真正面から突っ込んだ。
避けることは一切せず右腕を前に突き出す。
鞭のようにしなるムカデの体の先が、バキバキと剣へ変貌した。
「【異形器】——たべろ」
命令と同時、先端の剣が縦にバキリと割れて猛然と飛来物へ食らいついた。
針を噛み砕き、液体を飲み干し、岩を丸呑みにし。
笑うようにギチギチとムカデの体を軋ませながら、進路上の飛来物全てを喰らい尽くしていく。
「やっぱり、たべる……!」
この飛来物はどうもファウナたちの体の一部を飛ばしてきているらしい。どれもこれもファウナたちと同じ魔素が感じ取れた。
そして魔素が宿っているならそれは【異形器】のごはんだ。
しかも大量のごはんは、これまで微妙に減っていた【異形器】内の魔素まで回復させていく。
『ぎゃっ! ぎゃっ!』
「む、いつのまに」
いつからか肩に張りついていたギャーも高らかに鳴いて喜んでいる。
三階層に突入した辺りから妙におとなしかったのだが、ごはんにつられてはしゃぎはじめたのだろうか。
「……おいしい、のか、な?」
ギャーの喜びと豪快な食べっぷりに駆けながらもつい気になるすう。
ちょうどそこに【異形器】の食べこぼしの針が飛んで来た。がしりと掴んでかじってみる。
べきりと軽く折れた針を口の中で転がせば、ピリピリした感覚と共に舌の機能が少しずつ麻痺していく——。
「どく!」
ぶっと吐き出す。
麻痺する毒を含んでいたらしい。しかもほぼ無味だ。
「あくしつな、わな……!」
言いがかりである。
自分でもわかっているが、それはそれとしてすうは口を拭ってきっと上を睨む。すでに頭骨の端が直上に来ていた。
だが近くなったせいで飛来物がさらに集中してくる。
四方八方から注がれる弾丸は【異形器】ですら食べきれず、すうの体を掠っていく。
しかも近いとは言ってもホエール・オブ・ファウナは宙を泳いでいる。
洞窟の天井よりも高いこの距離はすうでも跳んだだけでは届かないだろう。【異形器】を伸ばせば骨に掴まれるかもしれないがそうすると迎撃する武器が無くなる。
「こひょうが、いってた!」
だがすうは走る速度をさらに上げた。
『ぎゃ!?』
ギャーが驚愕する中、目指すのはホエール・オブ・ファウナそのものではなく、その腹の下。
砂から突き出す巨大な角を持った頭蓋骨だ。
「わたし、なら——」
下から上へと反った形の角はまるで階段のように、ホエール・オブ・ファウナまでの距離を縮めている。
「とび、のれる!」
すうは勢いそのまま骨の上を駆けた。
頭を蹴り、角を蹴り、先端から全力で跳ぶ。
バキャ! と角の砕ける音を響かせてすうの体は矢よりも速く宙を行く。
飛来物は少ない。あまりにも近いせいで火力を集中させられないらしい。
そして少数の弾は全て【異形器】が喰らい尽くし——。
「とう、ちゃく!」
『ぎゃ!』
巨大なクジラのあばら骨、その中へとすうは着地した。
だがそこは安全地帯ではない。むしろ敵のど真ん中だ。
【コココココ——】
着地と同時。骨にびっしりと住みついたファウナたちが、触手をすうへと向けて一斉に弾丸を放ってくる。
「!」
だがすうは先の剣を鎌の形へと変えた。
力を込めて振り回せば、伸びた鎌は飛来物を弾きながら一瞬で辺りのファウナを刈り取っていく。
「いったいずつ、は、よわい」
『ぎゃー!』
そして辺りのファウナが減った分、飛来物の量も少なくなった……気がする。
あまりに多いせいで正直あんまりわからない。すうは眉を寄せた。
「まあ、いいか。とにかく、たおす!」
すうは【異形器】でファウナを刈りながら次の骨へと飛び移った。
目指すは頭蓋骨だ。
足場が安定しているし、見た限りファウナの量が一番多い。
「あたま、つぶす!」
だがすうの行動を理解したのか。
視界に入るファウナの全てが触手をすうへと向けてきた。外へと向いていたものも一斉に。
途端、飛来物が数倍に増える。
「ぬぁ!?」
『ぎゃー!?』
視界を埋め尽くすような弾幕。すうは反射的にムカデを伸ばしてドーム型に周りを囲った。
ドガガガガ、と間すらなく叩きつけられる攻撃。それはファウナたちの住処である骨にすら叩きつけられていた。
「……かずだけじゃ、ない」
二階層でもすうは大量の魔物を相手にしたことがある。
だがこんな一糸乱れぬ攻撃は経験がない。
どれほど違う色、形のファウナでも魔素の動きが完全に統一されている。
三階層ボス——ホエール・オブ・ファウナの強みはそこだった。
「どうしよう」
防げてはいるもののこれだとドームを解除できない。
しかもこの状態だと動けないのだ。
「むぅ」
すうは思案する。
大怪我を覚悟で強行突破するか、それとも杏子たちが言っていたように骨を砕くか。
足元のあばら骨を壊せば下へ逃げることは可能だ。
ただまた登ってこなければいけないし警戒されそうなのが難点か。
「む?」
悩んでいるとすうの魔素感知が突然、大きな魔素を捉える。
ファウナたちのそれとは違う。これは。
「したから」
「ぉぉっらああぁぁぁぁ!!」
爆発したように魔素が膨れ上がった瞬間、聞き慣れた声が下から上へと通り過ぎた。
ムカデの隙間から見えたのは黒髪の短いツインテール。
「りん?」
恐らくすうと同じように骨を足場にして跳んできたのだろう。
だがその跳躍力はすうよりも高い。
あばら骨を遥かに超え、くるりと回転して上下を逆さに背骨へ着地した。
「あれ……まどう、ぐ?」
そしてすうは見た。
凛の脚を覆う靴が、さっきまでと違う。




