六十七話 すう、動き出す
すうは現在の状況を確認する。
突如としてボス部屋が通常のダンジョンへと侵食してきたことで、床は砂に、壁と天井は数十倍に広く高くなった上にアクリルの水槽へと変わっている。
その姿はまるで鳥かごだ。
そんな檻のようなフィールドの宙をクジラ骨がゆっくりと旋回している。
骨のあちこちには海藻やサンゴに似た色とりどりの触手。
ゆらゆら揺れるそれらこそがクジラ骨に住みつく魔物、ホエール・オブ・ファウナ。
骨と魔物たちを区別し、単にファウナとも呼ばれる奴らだ。
そんなファウナはすうたちへ雨あられと飛び道具を降らせ続けていた。
「むん」
すうは【異形器】を鞭のように変化させ、振り回して飛んできた針やら弾やらを防ぐ。
たまに飛んでくる魔術以外は大して威力がない。楽なものだ。
だが止まる気配がない。
「むう」
どう動くか。
すうは横目に凛たちの様子を伺った。
三人組もまた対処はできている。
凛は手甲で飛び道具を殴り飛ばし、杏子は盾を構え、潤は杏子の陰に隠れている。
水でできた魔術の矢を正面から受け止めつつ杏子が叫んだ。
「ボスを倒すんですよね! どうしますかりんちゃん!?」
「渡された資料にボス戦の情報は書いてあったでしょ! 憶えてる!?」
「問題ない」
「ならその通りに動くわよ!」
言いながら凛は飛来物の間を抜けるように走りだした。
砂を蹴って一気にホエール・オブ・ファウナへと近づいていく。
【ボォオオオオォォ——————】
その途端ファウナのほとんどが凛へと狙いを変え始める。
集中して放たれる飛来物を、凛は避け、弾き、転がってどうにか回避している。ただそこから先に進むでも退くでもなく狙い撃ちにされたままだ。
「なにしてる、の?」
「囮をしてもらっています」
助けに行くべきか、と考えたすうの呟きに杏子が静かに答えた。
同時に潤が弓を構えて狙いを定めていることに気づく。
「まず、一体」
ひゅ、と風を切って矢が駆ける。
距離のあるクジラ骨まで一直線に飛び、骨の隙間を抜けて矢はファウナの一体へと突き刺さった。
ファウナはびくんと触手を揺らしたかと思うとくたりと横たわる。
「おお、すごい」
ついすうが声を上げる。
すると潤は何かをこらえるようにぎゅっと口を引き結ぶ。ただその手は意気揚々と次の矢をつがえ、また撃ち放っていた。
「でも、これはなに、を?」
「これは使間せんせ……あの人から渡された資料に書いてあったボスとの戦い方なんです」
杏子は言い淀みながらも説明を始めてくれた。
うつむくことも目を逸らすこともせず飛来物を防いでいる。
「前衛がクジラ骨へ接近してファウナの狙いを偏らせる。そして後衛が遠距離からファウナを仕留めていく、と。今回私はうるちゃんの護衛係です」
どうやらそういう戦い方があるようだ。
小兵からは聞いたことがないが、まあそもそもそんな戦い方をしないのだろう。
「ファウナは一体一体がそう強くない。だから自分でも仕留められる、けど……」
潤はまた一体ファウナを仕留めた。
ただ今回は矢を二本使っている。狙いが逸れたのか、耐久が高かったのか。
その結果を見て潤が口をへの字にする。
「ほんとにこれ正しい? 時間がかかりすぎる。矢も足りない」
「……そうですね。凛ちゃんもあまり余裕はなさそうです」
凛は必死に飛来物を避けているがそろそろ掠り始めていた。
ファウナが動かしている以上、その数が減れば骨の動きも鈍くなる。
「でも、ある程度倒したら動かすファウナが減ったことでクジラ骨の高度も下がるそうです。近寄れるぐらいになったら、そこからは私と凛ちゃんで骨を砕きましょう」
「その時はあんまり役立てない。……それで、すうはどうする?」
また二本の矢を放って、潤がすうをちらりと見てきた。杏子もだ。
杏子は微笑んでいた。
「私たちに気を遣わなくてもいいですよ。……最初、ファウナの攻撃から守ってくれましたよね?」
「警告されたのに動けなかった。不甲斐ない」
「む」
【異形器】を伸ばして迎撃したのは、状況の変化に戸惑っていた杏子たちへの飛来物を防ぐためだ。
単に自分への攻撃を防いだように見せていたのに、バレていたとは。
「もう私たちは大丈夫です。ボスを相手にいつまでもショックは受けていられませんから」
「協力はしてほしい。でもとりあえず自由に動いてみて」
二人の目にもう戸惑いはない。恩人の裏切りも突然の周囲の変化もとりあえず飲み込んだらしい。
「……そう」
ならばすうも、もう横にいる必要はないのだろう。
「じゃあ、いって、くる」




