六十六話 使間の思考
自宅にて、資料を参考にしながら文を書きあげて一息ついた。
「ふう」
時計を見上げるともう昼だ。
相変わらずこの書斎では時間間隔が変になる。
なにせ窓のある場所は分厚い棚で塞がれていて自然の光は一切入ってこないのだ。
神戸市中央区。
現在は崩壊圏に属する地域の一角にある、使間家の自宅。
少し古びた瓦屋根の一戸建ては、外から見ると崩壊した景色の中で浮いている。
十五年前に『迷宮災害』で破壊されてしまった自宅を、当時の記憶を頼りに僕が再建したものだ。
かつての思い出を取り返したくてやったこと。ただの感傷でしかなかったのだけど、やっぱり実家だからか心が落ち着く場所だった。
僕が今いる場所は一階の奥。
昔は父の仕事場兼書斎となっていた部屋だ。
少し偏屈だった父を思い出しながら分厚い椅子に背を預ける。
「……大丈夫かな、凛たちは」
自分が面倒を見た子たちが試験に挑戦して数時間がたっている。
彼女たちなら必ず成し遂げてくれると思う。
ただどうしても不安だ。
「つい魔道具や消耗品まで融通してしまったけど、落ち込んでいたなぁ」
凛たちのプライドを傷つけてしまった。
昨日はほとんど口をきいてもらえなかったな。
不甲斐ないと頭を掻く。少しは手入れをしろと彼女たちに言われたぼさぼさの髪が指にひっかかった。
「みんな合格してほしいけど、どうなっているか」
浮かんでくるのは多くの特例探索者の子たち。
皆が皆、適性があったわけじゃない。それでも恩を返すため、あるいは今の状況を脱するために頑張っていた。
だから僕は、彼・彼女らが探索者になれるよう試験の水増しもした。
違反だとはわかっているけど望みを叶えてほしかった。
「まあ、でも——無理だろうな。今回は手助けする人たちも一人残らず捕まっているだろうし」
地神禰福が試験に関わっている。
試験内容が発表される前から僕はそう聞いていた。
教えてくれたのは志を同じくする、『水族館』の職員の一人だ。
流石に危機管理は厳重で計画はほとんど知ることもできなかった。だが英雄の一人である地神さんが出張っているという時点で水増しなんかはできないと考えるべきだろう。
だがそれでも僕も職員も今回の計画は取りやめなかった。
「『水族館』が選ばれたチャンスは逃せない」
今回の実験にはちょうどいい場所だ。
他のダンジョンとは違う形態であり、試験中は三階層までしか現れない。
つまり、もし何かしら問題が起きたとしても三階層までのモンスターが暴れるだけ。
地神さんがいるならどうとでも対処できるはず。
だから僕は彼らに何も知らせないようにし、実験のための道具だけを持たせた。
青く輝く鉱石——『魔導印』を。
「魔物の行動の規則性……そして、変化。『水族館』ではそんなものが研究されていたんだっけ」
呟き、書斎を見回す。
電灯に照らされた部屋の中、四方を囲む棚へぎゅうぎゅうに資料が詰められている。
それらはどれも魔物の行動に関する調査記録だ。
「僕と同じだな。それも奇遇だ」
魔物の生態は複雑なように見えて単純だ。
『入ってきたものを襲う』
言ってしまえばそれだけ。
基本的には無機質で変わった動きなんてしない。
感情があるように見えてもそれはそう作られているだけのこと。そう言われているし、その通り。
だけど。
「たまに明らかに変な動きをするものがいる」
羽もないのに空を飛ぼうとする鳥、ただひたすらに走り続ける猿。
変わった動きをする魔物たちはそれだけに夢中になる。
そして、人が近くに寄っても攻撃をしかけてこなかった。
「たぶんバグなんだろう。大量の魔物が倒されては産まれ続ける中、ときどき発生する何かしらの間違いなんだ」
ただそんな魔物たちを見ていたある日、僕は思いついた。
「なら——人に味方をしようとする魔物もいるんじゃないか?」
もちろんいない可能性の方が高い。
だけどもしも、そんな魔物がいたら。
探索者不足、人手不足なこの世界にとって助けとなるかもしれない。
そう気づいた時から僕は魔物の研究をすることに決めた。
中層へ突入したころだったけど、足をわざと潰してパーティーから抜けた。それからは様々なダンジョンの浅層を見て回って魔物を調べる日々。
とはいえ調査は難航した。
人を気にしない魔物……『変異体』と呼ぶことにした……はいても、人に味方する魔物は一匹もいない。
しかも魔物は『変異体』ですら階段を降りようとしない。
むりやり突っ込んでも必ず上に戻ってこようとする。階段の前に罠を張って、戻ってくると絶対に死ぬ状況にしても同じだ。
首を飛ばされながらでも彼らは絶対上に戻る。下には行かない。
それでは駄目だ。
ダンジョン探索を任せるには階段を降れないと意味がない。
そうしていつもの実験をしていると——ある探索者が話しかけてきた。
【魔物に興味があるのかな?】
仮面の魔道具をつけていて声も変わった響きだった。
性別もわからないが、彼は僕のやっていた一部始終を見ていたらしい。
しかしダンジョン課へ報告することはせず、むしろ僕の考えに興味を示してくれた。というか彼らはもっと前から既に魔物を人の味方とする研究を行っていたらしい。
どこでどう活動しているのかは知らされなかった。魔物に下手に触れるのはご法度だ。当然だろう。
でも僕は彼らの知識の一部をたしかに授けてもらえた。
魔物が何でできているか。魔物の行動には何が関係しているか。
そして何を嫌がり、何を好むか。
そんな知識を元に作ることができたのが『魔導印』だ。
【不転錫杖・レプリカ】の遊環に使われる、魔素に反発する鉱石など。魔素に反応するダンジョン産の素材をいくつも組み合わせて完成した道具。
その効力は。
「一定以上の魔素を持つ魔物だけを惹きつける。これは、確かな可能性だ」
魔導印を起動させることで魔物の誘導に成功したのだ。
さすがに階段を降りさせることはできなかったが、退くか進むかを迷わせることはできた。
だから今回は次のステップだ。
対象とするのは——ボス。
「ボス部屋から、ボスを引きずり出す」
ボス部屋は特別な空間だ。
一人が入って扉を閉めれば、次の人が挑んでも先に入った人はいない。つまり完全に別空間となる。
そんな場所に影響を与えられたのなら、使い方によっては階段もどうにかできるかもしれない。
それにボスを他の魔物たちと戦わせられもするだろう。
特例探索者と探索者たちに多くの魔導印を持たせ、『水族館』の一階層から三階層まで散らばってもらう。
そして一斉に『魔導印』を起動させることでボス部屋へ影響を与える、と。
「成功するかな。するといいなぁ」
つい子供のようなことを言ってしまった。
とはいえ引きずり出したボスはそのままだと他の探索者への迷惑にもなってしまう。
一応三階層のボスぐらいなら倒せる田耕くんたちにいてもらっているが。
ただ彼らには申し訳ないが魔物のことは話していない。不意を討たれないといいけど。
なにせ魔物の利用について大体の人は慎重な姿勢を見せる。罪も重い。
彼らに伝えても賛同は得られないだろう。
もしもダンジョン課へ報告されたりすると、対処しなくてはいけなくなるし。
「……もしかすると、凛たちがどうにかしてくれるかもしれないな」
再び凛たちを思い出す。
酷い虐待を受けた彼女たちはあの施設から出たいという想いが強い。
そういう子ほど強くなるのだ。
逆に施設への恩返しをしようという子は流されやすいというか、あまり探索者に向いていない子が多かった。
より強い探索者を育てるなら過酷な環境の方がいいということだ。
養護施設と関わり、様子を見て、いい探索者を育てる環境のデータも溜まった。
とても有意義だったな。
「ただ虐待はさすがにいけないな。もう警察には通報したけど、凛たちの後輩たちはどう育てようか」
あるいはこの後に僕も地神さんや警察に逮捕されるのだろう。
捕まるだろう探索者たちには特に口止めもしていない。というか研究の方で頭がいっぱいで手が回らなかった。
それでもこの資料たちは、僕に声をかけてきた彼らによって役立てられるだろう。
「もう僕にできることはない、か」
凛たちは僕が育てた中でも最高の素質を持っている。
そのせいで少し過保護にもなってしまったけど。
例えボスを相手にしても問題はないだろう。
強い探索者を育てた。
素晴らしい道具を作った。
これが、人類のためになるといい。




