六十一話 すう、喋る
「デザート、おいしい」
カレーを食べ終えたすうは続いてデザートをほおばっていた。
もちろんいつもの『ダンジョン・カロリーブロック』だ。
今回は味も各種用意してある。
すうが現在食べているのはチーズ味。
「チーズ、いいかんじ」
チーズと聞いてすうが思い浮かべたのはファミレスで食べたピザだった。
しかしイメージと違ってチーズの癖は強くない。カロリーブロックの甘さとわずかな塩気がまろやかに溶けあっていた。大変美味である。
「ごちそう、さまでした」
一箱四本を食べきって満足するすう。
そろそろ先へ進むかとゴミを片付けていると。
「いた!」
後ろから大声が響いた。
「!?」
足音が聞こえてくるのにすうはようやく気づく。ごはんに夢中で警戒が緩んでいた。
「まだ、いるの……!?」
ごみをバッグへ突っ込みつつ、侵入者を警戒して飛びのく。同時に【異形器】を起動した。
しかし振り返った先にいたのは大人の姿ではなかった。
「あんた! ようやく見つけ——なっ!?」
「魔物!? あっ、ちがう……?」
「……すう? だよね?」
通路を駆けてきたのは凛たち三人組だった。
彼女たちはすうの右腕を見て各々の武器を構えている。しかしすぐにすうだと気づいたのか及び腰だ。
「なんだ」
侵入者ではなかった。すうは【異形器】を元に戻していく。
だがすぐに気づく。
——お、おいつかれ、てる!
凛たちは試験の競争相手だ。侵入者にてこずったことで先に入ったアドバンテージが無くなってしまった。
一応ごはんを食べていなければ追いつかれなかったかもしれないが、それはありえない仮定だ。
「むぅ……!」
すうはすぐさま三人へ背を向けて階段を降りようとする、が。
「待ちなさいよ!」
鬼気迫る叫びに足を止めた。
これまでの怒鳴り声とは違う。ただごとではない様子だ。
「なに?」
「あんた……」
凛はずんずんこちらへ近づいてくる。表情は厳しく、敵意すら漏れている。
武器こそ構えていない。だがここがダンジョンで探索者同士と考えると、敵対していると思われるような行動。
隣の二人は凛を止めようとして振り払われていた。
というか二人も戸惑っているようで力がこもっていない。
「あんた、これ、見たことある?」
目の前に立った凛が懐から出したのは、これまで何度も見た青い鉱石のバッジだった。
「!」
すうは反射的に【異形器】を起動していた。
凛たちもあるいはあいつらの仲間かと。
「……ああ、そう。そうなのね。やっぱり——」
だが凛は異形に変貌した右手を見もせずその場に呆然と佇んでいる。
後ろでは杏子と潤も口元を手で覆っていた。
一体なんなのか。
「襲われたの? この、バッジを持ってる奴らに」
「あ、うん」
俯いた凛の問いに肯定を返す。
次の瞬間、凛は近くの壁に拳を叩きつけた。
「なんで! ——なんで、そんな……!」
その目に涙がにじんでいる。
「どういう、こと?」
首を傾げていると、歯を食いしばる凛の後ろから杏子がそっと歩みだしてくる。
「あの……襲ってきた人たちを階段へ移動させたのは、すうさんですか?」
「ん」
「その中に私たちの、その、恩人のパーティーに所属しているメンバーが……いたんです」
杏子の表情はわずかに青ざめていた。
「二階層へ移動しようとした時、それに気づいて。とにかく拘束を解こうとしたら……別の人から、言われたんです」
『こいつらは全員特例探索者を襲うために集まった。解放したら襲われるぞ』
「おしえてきた、の? わざわ、ざ?」
「はい。なぜかはわかりませんが……」
杏子も疑問は持ったようだが、それよりもと話を進めていく。
「でも、確かに偶然いたなんてありえないんです。『水族館』は潮の満ち引きで階層が変わるらしくて、試験の少し前には三階層までになっているはず。そして三階層までならほぼ確実に階層殲滅と試験の通達はされる……だから」
息をのんだ。
「残っているのは、何か目的があって隠れている人だけ、です」
「……しかも、このバッジを見て、襲う対象じゃないと言われた」
潤が自分の分のバッジを出してくる。
「これは、使間先生にお守りとして渡されていたもの」
「しま?」
どこかで聞き覚えのある声をすうは小さく繰り返した。
そう、たしか一階層で助けたパーティーが言っていた名前だ。
「これを持っていると襲われない、って言うなら。……じゃあ、あの人たちに命令を、出したのは」
「なんでよ……!!」
耐えきれなくなったように凛が震える声で言う。
「これも、過保護だから!? 他の子を全員脱落させたら、あたしたちが受かるって!? いいえ、そんなわけない……! だって、試験は競争じゃない!」
握りしめる拳がぎしぎしと手甲を軋ませていた。
「他の子を……襲う必要なんて、ない……! あたしたちが、どれだけ頼りないとしても! じゃあ、だったら、先生のこれは……優しさなんかじゃなくて——」
涙をこぼし始めた凛。
その、すぐ目の前にすうは立つ。
「あたしたちを……なにかに、利用してるだけなんぶっ!?」
すうは凛の顔面を真正面からぱぁん! と平手でたたいた。
凛の顔の中央に赤い手の形ができあがる。
一瞬呆然としていた凛は、猛然とすうの胸ぐらをつかんでねじりあげてきた。
「っっにすんのよあんたっ!!?」
「うるさい、から……」
「はあ!!!??」
二階層全体に反響するんじゃないかという絶叫を上げる凛。
だがその手をすうはぐいと押しのける。
「じかんが、ない」
そしてバッグから時計を出して凛へと突きつけた。それをちらっとだけ凛も見た。
「……なんの話」
「いま、さんじかん、ぐらい。あと、ごじかんで、しけんが、おわる」
唖然としたように凛が口をぽかんと開けていた。
すぐにまた厳しい顔つきに戻ろうとするが、表情にさっきより力が入っていない。
「バカじゃ、ないの。こんな事態になったら試験なんてもう中止でしょ。……すぐに戻って試験官に報告しないと」
「じゃあ、りんの、まけ」
「はあ!?」
「きょうそう、してる。わすれた、とは、いわせな、い」
すうは忘れていない。吹っ掛けてきたのは凛の方だ。
「そ、れは。でも、今は」
「おごって、もらう。どんな、じじょう、だろうが」
例え凛たちが泣きべそをかいていたとしてもすうはその横でケーキを食べるのだ。
そんな意思を込めて見つめ返す。
「それに、ほうこく、とか、しなくて、いい。じがみ、が、なんとか、する」
根拠はない。地神のことなどすうはほとんど知らない。
それはただ凛を踏みとどまらせるための言葉だった。
このまま凛を帰らせてしまうと、ダンジョンの奥へ潜るより酷いことになりそうだと、なんとなく思ってしまったから。
「なんで、あんたがそんな……いえ、そうか。地神さんは、小兵さんの元パーティーメンバー……」
え? と口に出しかけた驚きを気合で飲み込んだ。
小兵のパーティーメンバー? なにそれ、しらない。
いや、だがそうであるなら心配ないというの間違いじゃなくなる。
嫌な奴でも強さは本物だということだ。すうは重々しく頷いておいた。
だがそれでも凛は迷っているようだ。
「けど、試験に受かったって……施設の子たちは、どうにも」
ふん、とすうは鼻から息を吐いた。
「わかって、ない」
「……なにがよ」
弱く睨みつけてくる凛。
すうは思い切り息を吸った。
目の前の憔悴した競争相手へ、言うべきことを言うために。
「その、せんせいとやら、が。
もし、かほごな、だけ、なら。
しけんに、ごうかく、して、あんしん、させたら、いい。
もし、なにか、たくらんでる、なら。
ごうかく、したあと、といつめ、に、いけば、いい。
こどもたち、は、こひょうたち、が、なんとか、する。して、くれる。
——それか、ごうかく、して、……じぶんで、たすけろ」
「うかった、ほうが、いい。どんな、ばあいでも」
途切れ途切れながらも一気に言い切り、はあっと息を吐きだした。
喋りすぎだ。口の端がじわじわ痛い。
凛が目を丸くしている。後ろの二人もだ。
すうがこんなに喋れるとは思っていなかったのだろうか。すうも思っていなかった。
体の動きがわかっても、喋るのは苦手なのだ。
迂闊なことを言って疑われるのが嫌だから。
だから、初めてだ。
こんなに喋ったのも……言いたいことがたくさん浮かんできたのも。
ぽかんとこちらを見てくる三人に、なんとなくむずがゆくなってすうは後ろを向いた。マントがばさりとはためく。
「わたしは、いく。ボスを、たおす」
そして少しだけ振り返った。
「かえるなら、かえれ、ば? なにも、できずに」
『ぎゃっ』
今まで黙っていたギャーが一言鳴いて、見せつけるようにちろりと舌を出す。
そしてすうは三階層の階段を飛び降り——それとほとんど同時に、後ろから地を蹴る音がする。
「好き放題——言ってんじゃないわよ!!」
「なんだ、きた、の?」
凛もまた飛び降りて横へと並んできた。
しかもなんと、その両腕に潤と杏子を抱えて。
「わっ、わっ、りんちゃん! 怖いですこれ怖い!」
「落ちる落ちる落ちる!」
「うっさいわね! 絶対離さないわよ! ——すう!!」
「なに」
凛が怒鳴る。
「ボスを倒すのはあたしたちだから!」
「りんちゃん!? いきなりなにを!?」
「そんなの計画してない……!」
「その計画は先生と立てた——先生が立てたやつでしょ!?」
怒号に二人が戸惑ったように黙った。
「……先生が、どんな立場なのか……ここからじゃわからない。まだ、ただ過保護だっただけで、こんなことには関わってないかもしれない……!」
「りんちゃん……」
「でも、どっちでもすうの言う通りなの! あたしたちは試験に合格しないといけない! 物資はある、……それに魔道具も! 今、進まないと、抜け出せないのよ!」
階段の半ばに着地した凛が再び跳ぶ。
だが二人はもう悲鳴を上げず、凛の肩を掴んだ。
「そうですね。挑戦してみて——いえ、倒しましょう」
「でも、生きて帰るのが前提」
「当たり前よ!」
とりあえず、大丈夫そうだ。
無理やりなように見えるが和らいだ三人の雰囲気にすうはわずかに息をはく。
横目に見ているとふと杏子がぱくぱくと口を動かしているのに気づいた。
『ありがとう』
「……べつに」
そうだ。別にすうは凛がかわいそうだと思ったわけではない。
少し自分を重ねただけだ。
恩人に救われたという凛たち。
彼女たちにとっての恩人は、すうにとっての松ノ木や小兵のようなものだろう。
そんな相手からの優しさが、関係が。
ただ利用されていただけだったなんて——想像したくない。聞きたくもない。
だから、凛の言葉を途中で無理矢理止めた。それだけ。
「それに、ボスを、たおすのは、わたし」
「あたしよ!」
「皆で協力してもいいと思いますけど」
「それ、いいね」
「「やだ!」」
すうと三人は、姦しく三階層を降りていく。
その先に待つものを知らず。




