五十九話 地神、罠を張る
「お前か」
「よう」
見知った顔……小兵佳奈が、さほど広くもない部屋の中で手をあげていた。
面倒な奴が面倒な時に現れたな。
「どうやって入ってきた」
「風のあるところならどこでも入れるからな」
会話が成立していない。いや、俺も方法など知っていながら話をそらすために聞いただけだが。
「不法侵入だな。今すぐ職員を呼ぼう」
「そうか。それで? 今回の試験は何を企んでるんだ?」
単刀直入な問い。そして槍の如く貫くような瞳。
誤魔化しはきかんか。……まあ、試験は始まった。話しても問題はないだろう。
もう一つの椅子へと腰を落とす。ぎしぎしと椅子が軋んだ。安物だな。
「特例探索者たちを利用しているものがいる。今回の試験はそれをあぶりだすために用意した」
激昂するだろうと眺めていたが、小兵は意外にも眉をひそめただけだ。
「やっぱりか」
「気づいていたのか? ……いいや、魔物討伐以外のことでお前の頭が動くはずもない。誰か別の人間に聞いたんだろう」
「うるさいな」
渋面を作るが反論はしてこない。つまり事実ということだ。
こいつが仲良くしている中で今回の事案に関わっているものといえば。
「松ノ木か」
「違う」
読みが外れて思わず片眉を上げる。彼女からでないなら、誰だ。
「というかやっぱり松ノ木も協力してたんだな」
「むしろあちら——ダンジョン課と、警察が主導だ」
「警察?」
小兵の顔に疑問が浮かんだ。
当然だろう。探索者同士の問題ならダンジョン課の方でまず対処するのが普通だ。
なにせダンジョン内での問題があったとしても、見張りすら立てられない場所だ。明確な犯罪と断定されることは少ないからな。
しかし今回は違う。
「地上で行われている犯罪に、探索者が関わっている」
探索者が罪を犯した場合、警察からダンジョン課へと協力要請がくる。
なにせ中層以上に挑むような探索者の身体能力は常軌を逸している。そんな相手を捕縛するなら同じく探索者が必要ということだ。
そんな深さまでダンジョンに潜り続けるものが、警察と兼業などしていられないというのもある。
「反社と組んで脅迫でもしたか」
「いや、横領だ」
「は?」
小兵の頭の上に?が浮かぶのが見えた。まあ探索者が横領と言われてもこんな試験を行うこととはつながらないだろう。
しかしその馬鹿っぽい顔が懐かしくつい鼻で笑う。
即座に脇腹へ拳がめり込んできた。
「ごふっ……特例探索者は児童養護施設に入っている者が多いことは知っているか」
「そりゃ、な」
わずかにその目が下を向いた。
ああ、これもいつものことだ。『迷宮災害』を自分が食い止められなかったから、とでも思っているんだろう。そんなわけはないというのに。
だが口先一つで晴れるような悩みでもない。
俺にできることは気にせず話を続けることだけだった。きっと、怒りで悩みは吹き飛ぶことだろう。
「国はいつだって探索者を求めている。……養護施設から探索者を排出した場合、補助金が出るのは知っているか」
一瞬、小兵は眉をひそめる。
だが理解した次の瞬間、部屋の中の空気がぎしりと軋んだ。
「気づいたようだな。そうだ、探索者となった者たちを健やかに育てるための補助金を、養護施設の職員は自身のためにのみ使っているということだ。横領に関わっているとみなされた養護施設はどこも貧しく、ろくな設備もなかった。だが職員の全て、もしくは一部だけは誤魔化してはいるものの羽振りがいいようでな」
「——それで?」
威圧をまき散らしながらも小兵は座ったままそう問うてきた。
ほう、成長したな。昔なら飛び出して殴りに行こうとするのを俺と弥栄で止めたものだが。
「とはいえ養護施設の人間だけでは探索者のための道を用意することしかできない。子供の同情を引くか暴力を使って探索者になれと強要するとか、その程度だ」
「程度なんてもんじゃないだろうが」
「だが、これに関わる探索者はもっと悪辣だ。水増しというのは知っているか?」
歯を噛みしめていた小兵に、少し落ち着かせる意味も込めて質問をする。
「……そりゃな。特例探索者から同行者がライセンスを預かって魔物を倒すことで、特例探索者の実力が上がったように見せかける、ってやり方だ。それで特例を推薦した同行者の評価も上がると。だけどその方法じゃ……」
「そう、同行者がついてこれない試験を突破できず、結果的に意味がない。結局、探索者になれなければ確たる評価にはつながらないからな。だから奴らは試験そのものへ介入するようになった」
こういった奴らは抜け穴をひたすらに探し続けるものだ。
「試験の内容が発表されるより前にダンジョンの中層近くまで潜る。そして帰還しただけという体を装って、特例探索者へ接触。後は同じだ。ライセンスを預かり、代わりに魔物を討伐する」
これはなかなか対処が難しい。
なにせ特例探索者も試験に合格したいと思っていると、口をつぐんでしまって発覚しないことも多いからな。
「そうやって水増しをして、探索者を増やしてるのか」
「そして最近はさらにもう一歩踏み込んできた。それが児童養護施設との連携だ」
「連携……?」
「つまり、養護施設側が酷い扱いをすることで子供を追い詰める。そこに探索者が手を差し伸べることで、子供の信頼を得つつ、本来は探索者の適正がない子にも探索者を目指させる。さらに他の候補者を襲撃して脱落させる、なんてこともやっているかもな。試験での事故率が少し前から高まっている」
そして数々の犠牲によって手に入れた補助金は子供達を潤すことなく奴らの懐へ入るわけだ。
はは、全く。
目の前で威圧をまき散らすこの女を突撃させて、反応を見たいものだ。穴という穴から液体を漏らしでもしてくれれば痛快だろうがな。
「どれだけ外道なんだそいつらは!!」
吠える小兵には同感だ。とはいえ探索者を生み出すことは国の思惑にも則っている。
もしも横領がなかった場合、公権力は動くのかどうか。
そんな考えは口に出さず、アイテムボックスから書類を取り出す。
「調査の結果、養護施設からと関わりのある者やパーティーがいくつか浮かんできた」
書類を読んだ小兵が一つ頷いて立ち上がる。おい待て。
「こいつらが原因だな? よし」
「よしじゃない座れ立つな」
冗談……ではないな。本気の目だ。成長したと言ったのは取り消すとしよう。
「こいつらが金を受け取ったりした場面を明確に捉えたわけじゃない。あくまでも疑いがかかっているだけだ。軽率に事を起こすな馬鹿め」
「全員グルってことでいいだろ」
「それで被害が止まるならな」
じろりと小兵の目がこちらを向いた。
「どういうことだ」
「動きがあからさますぎる。どうもそれらしい情報を掴まされたように感じてな」
「この書類に乗ってる奴らは切り捨てられたってことか?」
「それか関係がないか、だ。だがこれ以上は絞りこめんというので、少々強引に罠を仕掛けることにした」
「……それが、この試験だと」
大きく頷く。
「特例探索者の試験は、定期的な階層殲滅が行われる直前に実施される。探索者をダンジョンから排除できて、さらに増えすぎた魔物を討伐するのは試験としてもちょうどいいからな。そして、難易度や階層殲滅の頻度を考慮して、ここ最近の試験は主に『神迷』で行われていた」
何度も同じ場所でやるせいで、探索者の水増しも起こりやすくなっていた。
「だがその周期がズレた。一か月前、一階層に変わったスライムが出現したことでな」
「ああ、あれか。動画が広まってた」
「これを機に試験が行われるダンジョンを変更した。情報は伏せていたから奴らもどこが選ばれるかはわからない。必然、焦ることになる」
そして焦った頭で考えた策はずさんなものだ。
「奴らは強引な手段にでた。試験を管理するダンジョン課職員の買収だ。金をちらつかせて試験の場所……『水族館』の情報を手に入れた奴らは、すぐにここの深層へとメンバーを潜らせた」
「……それも罠?」
「当然だ。職員はこちらに協力している者で、渡す情報はいくつか伏せさせた。俺が関わっていることや、『水族館』の特性などをな」
そう、特に『水族館』の情報は重要だ。
「『水族館』は潮の満ち引きの影響を受けて、階層が変わる」
干潮の時は九階層まで現れるが、満潮の時には三階層までしか潜れない。
『水族館』の奇妙な変動はそう知られていない。
「試験の内容が発表される前はまだ六階層まで潜れていた。しかし、発表後は満潮になるよう調整し、三階層までしか潜れなくなっている。深層にいたという言い訳は通用しない」
「階層殲滅前の避難勧告も済ませてるから……」
「特例探索者以外の探索者が『水族館』にいた場合、意図的に避難しなかった違反者ということだ」
「でもなんでそいつらは中に残ってるんだ? 満潮になったら同時に三階層の階段まで戻されるはずだし、作戦が失敗したことぐらいわかりそうだけど。試験が始まる前なら避難勧告に従えば普通に出られるんじゃ?」
「奴らはダンジョン課職員へ大量の金を握らせたうえで、『何かあったら誤魔化せ。じゃなけりゃお前も道連れだ』と脅していたからな。というかこちらで脅されるような振る舞いを学ばせたんだが」
「おいとんでもないこと言ったな今」
「失った金を取り戻すためには作戦を成功させなければいけない。万が一のことがあっても職員が誤魔化すはずだ。今までも上手くやってきたんだから大丈夫。そんな正常性バイアスが彼らに作用したのだろう。今日が命日になるとも知らずに」
「殺そうとしてる? 今気づいたけど地神、お前だいぶ怒ってないか?」
戯言は聞き流そう。
「あとは違反者共が誰かを襲おうとした時に捕らえて、尋問だな」
アイテムボックスから杖を取り出す。
「【地を統べるもの】……そうか、それなら」
小兵が呟いた。
そうだ。この魔導具、【地を統べるもの】は地面であればなんでも操れる。
ダンジョンの外から中の様子を探り、そして動かすことすらできる。『水族館』の床は少しばかり硬いがどうとでもなるだろう。
三階層までしか届かんのと、遠隔だと精度が落ちるのが難点だが。
「奴ら程度なら遠隔でも十分に捕まえられるだろう」
魔石も大量に用意してある。魔素が尽きることはないはずだ。
ただ起動したところでおかしな反応に気づく。
「もう二階層まで到達している者がいるだと? ……待て、何だこの速度は。違反者共にもう接敵して——既に戦っている!?」
「あ」
予想外の事態。しかも最悪な声が横から聞こえてきた。
こいつの「あ」は大体が他人にとってシャレにならないへまをやらかした時に出てくるのだ。
「今すぐ吐け脳筋! 何をやった!?」
「別に私が何かやったわけじゃない! ただ多分その速い子はすうちゃん——私が同行者をしてた子だろうなって!」
小兵が言い終わると同時、違反者共の動きが止まった。
動いているのは一人、そのすうとやら——あの日の夕方に出会った、少女か。
馬鹿な、特例探索者がアレを倒しただと!?
「くそっ、だからお前には言いたくなかったのだ!」
いつもいつも小兵が関わると想定外の事態が起きる!
俺は、これからどう動くべきだ!?




