五十八話 すう、往復する
激しい戦闘の末、すうは男たちを叩きのめした。
「け、けっこう、くせん、した」
周りの水槽へ顔を突っ込んでいる男たちが起き上がらないのを確認し、すうはポーションを飲み干す。
男たち二人は抜群のコンビネーションだった。前衛が高威力の大剣を振り回して、その隙間を縫うように後衛が弓矢やナイフで援護する。すうも何度か食らってしまっている。
微妙に隙があったためそれをついて倒すことはできたが。
「さんにん、そろって、なくて、よかった」
恐らく最初に顔面を蹴り潰したあの男が隙を埋めていたのだろう。
事故を起こしてよかった。すうは胸をなでおろす。
「まあ、じごうじとく、だけど」
男たちは少なくとも『神迷』二階層にいた探索者たちより何倍も強い。
その分魔素も多く取り込んでいるはずだ。
なのにぶつかる直前まで反応は微弱だった。
その理由が、男たちの装備だ。
「こいつら、も、【隠れ蓑】、きてる、なんて」
すうは自分の背中を見る。
見えるのは、リュックの上から身につけても足元近くまである長いマント。
それと同じものを男たちも身につけている。
【隠れ蓑】を纏っていたせいでお互いに気づかなったのだ。
恐らく気づかれず人を襲うための装備だろう。自業自得とはそういうことだ。
ふん、と鼻を鳴らしているとすうの右手が引っ張られる。
「ん?」
【異形器】が勝手にずるりと伸びていることに気づいた。
自分の手からその行き先を辿ると、ちょうど【異形器】が男の一人に対し、がばりと口を開けているのが目に入り——。
「だっっっ、め! だめ!」
すぐさま【異形器】を引き戻す。
『ぎゃっ』
不満そうにギャーが鳴き、剣ががちがちと刃を鳴らしてきた。
同じ反応をしているあたり何かつながりがあるのだろうか。魔道具から出てきているのだから、当然ではあるのだが。
考えつつすうは二体(?)を叱る。
「ひとは、だめ!」
【異形器】は魔素を消費すると自動的に補充しようとする。
男たちとの戦いで結構変化も使ってしまったからそのせいだろう。
だがまさか人間でも食べようとするとは。
悪党でも人間は人間だ。殺す気もない。
「でも、こいつら、どうやっ、て?」
そもそも試験の内容が発表されてからは、関係者以外ダンジョンへ入れないことになっているはず。
無理矢理侵入するとしても地神がそれを見逃すのだろうか。
「むう。まあ、いいや」
なんとなく釈然としないながらも、とりあえずすうは先へ進もうとする。
「あ……でも」
だがそこで男たちを放っておいてはいけないと気づいた。
怪我がもとで死にはしないはずだ。頑丈だったし、傷口にはポーションもかけた。
「まもの、に、ころされる、ね」
男たちが倒していたのかここまでに魔物はいなかったが、そのうち湧いてくるはずだ。
「……かいだん、もどる?」
階段はダンジョンで数少ない安全圏だ。
例外がなければ魔物がのぼってくることはないらしい。
自分という例外は置いておいて、そこに運べば男たちが死ぬことはないだろう。
「ここから、はこぶ、の?」
しかしすうは眉を寄せる。
男たち三人を運び、わざわざ階段まで戻るのにどれだけ時間がかかるか。
少し悩んで、しかしため息をつく。
「しかた、ない。みごろしは、だめ、だし」
殴り倒した後の対処も小兵から習っておけばよかった。
しかしなんだかんだ小兵も助けるのだろう。
「【異形器】」
それはそれとしてすうの体だと運べない。
【異形器】をムカデ型に変化させ、伸ばした体を男たちに巻きつけて固定する。
「しゅっぱつ」
男たちを引きずりながらすうは駆けた。
何度か壁や水槽の角にぶつかったりして、男たちが起きたりまた気絶したりもしたが、まあ死ぬよりはいいだろう。
「しばって、と」
階段へ放り出した男たちが起きると、他の特例探索者が犠牲になりかねない。
男たちの【隠れ蓑】を剥いで、すうはきつく手足を縛っていく。魔道具ならばそうそう壊せないだろうという判断だ。
「やっと、おわった。さき、すすも」
すうは男たちに背を向けて二階層を駆け戻った。
「……」
その後ろで、男たちのうちの一人が、うっすらと目を開いているのには気づかず。
予定外の行動でさらに時間をくってしまった。
すうは急いで前の場所まで戻っていくが、その道には少し変化があった。
「まもの、わいてる」
男たちがいなくなったからだろうか。
水槽の水から魚が飛び出してきたり、海藻が足に絡んできたりとわずかに魔物が表れ始めていた。
「まあ、【異形器】が、たべる、し」
ただ特に問題はない。
さっき食べられなかった【異形器】が喜ぶように食い散らかしている。
そして魔物がいるということは、倒す人間がいないということ。
実際、前の道まで戻ってしばらく進んでも何も出てきたりはしない。
「もう、いない、か」
そう考え、魔素感知のために目を閉じるすう。
直後、微弱な魔素の反応が前から。
「は?」
「あん? ぼぐぶっ」
またも顔の潰れる感触がすうの足裏に刻まれた。
「リーダーーーーッ! な、なんだこいつ、試験の監視員かなにかがぶっ!?」
「せんてひっしょうっ!!」
今度のすうの動きは速かった。話も聞かず、角から出てきた奴の顔面へ膝蹴りを叩きこんで気絶させる。
しかし後ろからさらに二人ほど人が出てくる。前より多い。
「【異形器】!」
「ぐおぉっ!?」
射出した武器が一人のみぞおちへと直撃。殺さないよう、先端は剣ではなく鉄球のような形だ。
引き戻してもう一人にも射出するが今度は受け止められてしまった。やっぱりちょっと強い。
「なんなんだ貴様は!?」
「こっちの! せりふ! なんで、また、でてくる!」
あっというまに一対一になって狼狽する相手へ、すうは心からの叫びをあげた。
そそれからも邪魔者たちは何人も出てきた。何人も何人も何人も——その回数、なんと十度。
途中からは足音を殺して歩き、微弱な反応を見つけたら【隠れ蓑】を起動。
【異形器】で天井へと張りつき、そっと近寄って倒して戦闘を回避していたほどだ。それでも何度か奇襲を防がれたりもしたのだが。
『神迷』二階層で奇襲を仕掛けていた時代をすうは思い出した。
「はあっ……はあっ……!」
倒す度に彼らを縛り、階段へと持っていく。
しかも彼らが倒していた魔物を帰り道に湧き始める中を。
「じがみ、あいつ……! ちゃんと、みはれ……!」
さすがのすうもぜえはあと息を切らし、試験を管理しているはずの地神へ真っ当な怒りをぶつけていた。どうやったらあんな人数を見逃すというのか。
全力で【異形器】を使っているせいで魔素の消費も激しい。
しかも相手が人間だから食べられないのだ。道中の魔物を食べてはいるものの、侵入者を担いでいるとそれすらままならない。
肩で息をするすうと、補給が追いつかなくなりはじめた【異形器】。
だがどうやら十度も迎撃すればそれが最後だったようだ。
「よ、ようやく、ついた、かいだん」
『ぎゃ……』
疲弊したすうとギャーは三階層へ降りる階段を発見した。
「どれぐらい、たった……」
時計を確認すれば、一階層で見た時から長い針が二つ進み、短い針が真反対に向いている。
もう試験の時間の三分の一を使ってしまった。
「まにあわ、ない。いそがない、と!」
崖のように急な階段をすうは飛び降りようとし——。
ぐう、とお腹が鳴った。
「む」
おなかがすいた。
すうはぴたりと足を止めて、階段からわずかに離れた場所へ座る。
「ごはん、たべよ」
さっきまでの焦りはどこへやら、うきうきとバッグを下ろしてぎっしり詰め込んだ食べ物を出し始める。
時間に間に合わなかろうがごはんを逃す選択肢などないのだ。
『ぎゃっ!』
「む。たべる、の?」
『ぎゃー!』
ギャーもまたバッグへととりついて尻尾を振っていた。
特に役に立つ場面がないのに、ごはんは食べるらしい。
無駄飯ぐらいという言葉がすうの頭をよぎるが、空腹に押し流されてそのまま消えて行った。
「ま、いい、か。ごはん、ごはん」
すうがひと時の休息をはじめる。
——その、数時間前。
『水族館』の入り口前で、地神禰福は最後のパーティーがダンジョンへと入っていくのを見届けた。
「ふむ」
試験用のタイマーをオンにして地神は管理施設の奥にある個室へと入っていく。
それは休憩のためでも、のんびりと特例探索者たちが戻ってくるのを待つためでもない。
「仕事の時間だな」
呟いて個室の扉を開ける。
その時、中からふわりと風が吹いた。
覚えのある感触に地神は面倒そうに眉をひそめる。
「お前か」
「よう」
中にいた小さな影が気さくに手を挙げる。
小兵佳奈が、椅子に座って地神を出迎えていた。




