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ダンジョンで現代の味を覚えたスライム、人の姿でいざファミレスへ ~お金が必要? じゃあダンジョンで稼ごう~  作者: 海山 鍬形


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五十七話 すう、事故る

「あなたは、先生——使間しまさんが派遣してくれた人ですか?」


 輝きの奥に淀みを宿した顔ですうを見上げ、少女は卑屈に笑った。

 ずぶぬれでべたりと張りついた髪から覗く目はどこか異様な雰囲気だ。


 ただ気圧される程でもない。すうは聞き覚えのない名前に首を傾げた。


「なんのこ、と?」

「えっ……ほら、このマークに見覚えがあるでしょう!?」


 少女が出してきたのは青く輝く石で作られた、丸いバッジだ。

 しかしやっぱり見覚えはない。


「しらない」

「あ、あのっ! ごめん、なんでもないんだ! この子ちょっとあわててるみたいで!」


 焦った様子のリーダー少年が少女の前に出て謝ってくる。

 だが少女は彼をぶつかるように押しのけて、這いずるようにすうへ近づいてきた。


「じゃ、じゃあなんで助けてくれたんですか……? 試験中なのに、そんなむだなこと」

「こまって、たら、たすける」


 少なくとも松ノ木や小兵にすうはそうしてもらった。だから今は人間としてそうする。

 ダンジョン内の探索者が助け合うのも見たことがある。別に常識から外れたような答えでもないはずだ。


 しかし少女はなぜかへたりこんだままぼたぼた涙をこぼし始めた。


「うっ、たすけが、きたんだって……おもっだのに……ひぐっ、もうやだ! たたかいなんかしたくない! ダンジョンなんかきたくなかった!」

「むぅ……? あっ」


 うずくまってわんわん泣き始めた少女の声で、すうはその子を思い出した。

 たしかバスで前の席に座っていた子だ。探索者になりたくないとうつむいていた。


「す、すみません。ちょっと、」


 リーダー少年が慌てて少女に声をかける。固まっていた仲間二人も少女の傍に膝をついた。


「おちつけって、そんなこと言うなよ。下の子たちがせめてちゃんと学校に通えるぐらいには稼がないとさ……」

「院長たちに少しでも楽させたいって、みんなで決めたじゃん」


 宥めるように背中をさすったりしつつ説得を試みている。なんだか色々理由があるようだ。

 ただすうはひたすら首を傾げるだけだ。


「たたかう、のが、いや……?」


 そんな探索者は初めてだ。魔物自体が嫌というならわかるのだが。

 二階層の探索者にしろ凛たちにしろ、傷を負って泣くことはあっても戦いたくないというのは見たことが無い。

 すうにとって少女は未知の人間だった。


 そもそも怪我もないのに——と少女を見て、その脚からかなりの血が流れているのに気づく。


「ふむ」


 多分違うだろうが、痛いから泣いているだけという可能性もある。

 すうはバッグからポーションを取り出した。


「のんで」

「えっ? な、なに……」


 周りの三人の上から、戸惑う少女へとポーションを突きつける。

 すると少年が血相を変えた。


「ポーション!? そんな高いもの、もらっても返せないよ!?」

「べつに、いらない」


 すうはさっさと先に進みたいのだ。

 だが泣いている人間を放って進むのは人間としてどうなのか、という想いがある。だから傷が治って泣き止むならそれでいい。


「え、えっ?」


 しかし少女は戸惑ってポーションの瓶とすうを見比べている。

 面倒になってすうは少女の口へ直接ポーションを突っ込んだ。


「んんんっ!?」

「こぼすな」

「んーっ!」


 吐き出さないよう口を塞ぐためと、飲み込ませるため、すうは少女の顎をくいと上げた。

 まるで小兵のような強引なやり方をしていることに複雑な感情を抱きつつも、少女にポーションを飲みこませた。その瞬間、即座に足の怪我が治っていく。


「あ……痛く、ない」


 少女が泣き止んで自分の足をぺたぺた触り始める。

 まさかの処置成功だ。本当に痛みが原因だったというのか。

 すうは驚きつつも唖然とする四人へ背を向ける。これで先へ進める。


「あ、あの!」


 しかしまだ少女が呼び止めてきた。

 いい加減じれったくなりつつ振り返る。


「なに?」

「お、お名前は?」

「すう。……あ、それと」


 ついでに最後に一つ言いたいことを思い出す。


「なやんでる、なら……ダンジョン()、にいくと、いい」

「……い、いや」

「でも……ダンジョン課は相手にしてくれなかったって、先生が」


 凛たちと同じようなことを言う。

 本当にダンジョン課へ行ったのだろうか。その先生とやらに不信感を抱きながらもすうは今度は断言する。


「まつのきさん、なら、だいじょう、ぶ。ぜったい」


 それだけ言い残してすうは近くの岩場へ跳んだ。


「すう、様……」


 そんな少女の呟きは聞こえていなかった。




「だいぶ、じかん、かかった……」


 四人と別れた後、すうは岩場と小川の部屋を抜けて通路を駆けていた。

 まだまだ先は長いのにこんなところでてこずってはいられない。


「さっさと、おりる」


 すうはダンと床を蹴って加速し、【異形器グロテスク】を維持したまま、一気に一階層を走り抜けていく。


 次の部屋は青い水槽が壁のように立てられた迷路だった。浮遊する魚と、水槽を自在に通り抜けるクラゲが不意を討とうとしてきたが、魔素を感知し全てを切り伏せて最短ルートを駆け抜けた。


 次は足を取られる砂浜の道と、それを挟む海。海から回転しながら飛び出してくるカメと様々な魚の背を足場に飛び、砂浜を無視して通過した。


 そして間違ったルートを選ぶと多種多様な魚が出てくる部屋、色とりどりの魚が泳ぐ中を普通に通り抜けるだけの部屋……。



「さかな、おおすぎ……!」


 足は止めないまま、すうは叫んだ。


 数が多いし、種類も多い。

 魚とひとまとめにしてはいるがどれもこれも形や攻撃方法が違うのだ。

 宙に浮いて突撃してくる奴、水の中から突撃してくる奴、水を吐いてくる奴、水を操る奴、小型中型大型……とにかくほとんど魚。


 種類だけなら『神迷』よりずっと多かった。

 ただ、それが地神の狙いなのだろうとも小兵は言っていたが。


 数も種類も多い魔物たちから戦う相手を選び、ドロップアイテムを選別する。たしかに一階層だけでもかなりの難易度かもしれない。

 しかし一階層は一階層なので、危険性は少ない。その辺りも地神は狙ったのだろうか、とすうは考える。

 ……あの少女たちはそんな一階層でも苦戦していたが。


 一応特例探索者になるためには実力を認められなければいけないはずだ。

 どうやって先生とやらを認めさせたのか。


 疑問に思うすうだが、しかしそれらの事情はすうに関係ない。

 集中すべきはボス討伐のみである。


 ようやく一階層も突破したのだから。


「やっと、ついた」


 すうは二階層へ降りる階段へと辿り着いていた。

 寄り道を除けば恐らく最短距離だ。


「じかん、は」


 バッグから時計を取り出して見れば、かかった時間は三十分ほど。


「もっと、はやく」


 呟き、すうは二階層の階段……ぐにゃぐにゃと曲がった手すりが両側についた急なスロープを駆けおりる。


 二階層へ着地すると、ばしゃんと水の飛び散る音がした。


「にかいそう、は、みずまみれ」


 小兵からの情報をすうは繰り返す。


 目の前に広がるのはほの暗い迷路だ。人が扉へと走る姿を描いた緑のライトがそこらにぼうと灯っている。

 左右の壁が水槽で構築されているのは今までと似ている。だがその水槽はどれもこれもひびがはいるか、砕け散っていた。


 水槽からちょろちょろこぼれる水で廊下は水浸しになり、滑りやすい。さらに端には海藻や貝が佇んでいる。

 あれらも魔物の擬態の可能性があるわけだ。


「あっち」


 だがすうには迷路も擬態も通用しない

 魔素を探っていたすうは再び走り出した。魔素の節約のためオフにしていた【隠れ蓑ハイド・コート】もここからは使う。


 相手からは感知されづらく、すう側からはいつでも見つけられる。

 そんな状態ですうは駆けて、駆けて——ふと疑問を覚える。


「まもの、いな、い?」


 しばらく走っても魔物が出ない。一階層と比べて少ないとかではなく、全くいない。


「……わなでは、ない、はず」


 魔物の配置が偏っている時は変な場所に誘導されている可能性もある。

 二階層にそんな罠は出ないはずなのだが。


 不安になって、すうは走りながらも目を閉じて魔素感知センサーに集中する。


「みちは、まちがって、ない」


 しかし魔素は今の道を行くにつれて濃くなっている。

 たまたまか、とすうが目を開こうとした時、前に微弱な魔素を感じた。


「む」


 魔物か何かかと開いた目ですうは前を見る。

 そこにいたのは——。


「は?」


 人間の、男だった。

 角を曲がってきたその男は、すうの方を見て目を丸く開いている。


「!!??」


 すうは無理やりブレーキを掛けようとする。しかし全力で走っていた体は止まろうとしても止まれず。

 結果、すうは地を蹴った勢いのまま相手の顔面に着地・・してしまった。


「なべぼっ!!」


 ごしゃあ! と最悪な音が響き、男が吹き飛ばされて後ろの壁に叩きつけられた。


「あ、わ、あわ……」


 今度こそ床へと着地したすうは、とんでもない衝突事故に顔面蒼白だ。


 ——ころして、しまった、のでは!?


 ポーションを使うという発想すら頭からトんであわあわとなるしかできないすう。

 なぜこんなところに人がいるのか。自分より早く二階層へ辿り着いた特例探索者がいるのか。


 焦燥にかられるすうがなにか行動しようとした時、角から二人の男が飛び出してきた。


「た、太一郎兄貴―っ!?」

「て、てめぇ!? よくも兄貴を!」


 その男たちは一人が吹き飛ばされた男へ駆け寄り、一人がその背丈と並ぶほどの長大な大剣を突きつけてきた。

 すうがあわあわする間に、男は泡を飛ばして叫ぶ。


「兄貴ほどの人が一撃でやられるなんざ……てめぇまさか、試験の監視員かなにかかぁ!?」

次郎太郎じろたろう兄貴! 太一郎兄貴は無事だ!」

「よぉし! いまこいつぶっ倒して仇を討ってやるぜ!」

「いや無事だって! ま、まあいいか! どのみちこのマークをつけてる奴ら以外はぶっ潰せって言われてんだ! やっちまえ兄貴!」


 そういって後ろの男が出したのは、青く輝く石で作られた丸いバッジ。

 あの少年少女たちがつけていたのと同じものだ。


 だがそんなことより、すうは彼らの言っていたことを整理する。


 彼らはおそらく特例探索者を潰そうとしている。

 しかも年齢は明らかに十四歳ではない。いや小兵を筆頭に人の年齢はよくわからないが、他の特例探索者にこんなのはいなかったはずだ。


 つまり?


「つまり、てき……! せーふ……!」


 すうのやったことは特例探索者を狙う人間を潰しただけ!

 しかも死んではいないらしい! 結果オーライ!


 そして物騒な相手に対し、すうは人間として正義の心を燃やし、ついでにあせらされた怒りをこめて、小兵の教えの通りに拳を握る。


「なぐる!」

「うおぉぉぉ!!」


 すうは男とぶつかりあう。問題がうやむやになった安心を心の片隅に抱きながら。


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