五十話 すう、境遇を聞く
ケーキを賭けて勝負をしている三人組が、コンビニへとやってくるのが見えた。
一番最初にすうへ気づいたのは先頭の小笠原凛だ。「げっ」と顔をしかめている。
「うわ」
すうもつい眉をひそめ呟く。
そんな声を聞き取ったのか、小兵と他の二人、和伊庭杏子と風上潤も気づいたようだ。
「あれ、あの子たちは」
「小兵さん!?」
「え!?」
二人が小兵の名を叫んでようやく凛もすうの隣を見た。
三人そろって遠くから慌てたように頭を下げている。だがすうの方へ目を向けると、少し気まずそうにしてコンビニとは別の方に行こうとした。
凛は睨むように眉を寄せていただけだが。
しかしそこに小兵が声をあげる。
「おーい、一緒に食べないか!」
「え」
「えっ!?」
困惑するすう。驚き慌てふためく三人組。
三人は顔を合わせて「気まずい」「でも小兵さんと」とひそひそ相談していたが……やがて、全員がおずおずとこちらへ歩いてきた。
「好きに選んでくれ」
「あ、はい……あ、お金払います」
「別にいいのに」
色々な種類のカップラーメンを入れた袋から、各々が好きな物を手に取っていく。
すうももう一つ食べるのを勧められ、お金を払ってカップ焼きそばというものを選んだ。
選ぶ時、カップラーメンがラーメンという料理であることや、他にもいろんな種類があることを学ぶという一幕もあったりしたが。
凛はラーメンのカレー味。
杏子はてんぷらの入った緑色のそば。
潤はラーメン……なのだが、『ダンジョン味』という何が入っているのか謎なものを貰って騒がれていた。すうからしてもパッケージに描かれた「?」は不吉である。
小兵が取り出したポットで全てにお湯を入れ、待つことに。
結果、カップラーメンを持った少女五人(一人は大人)がコンビニの前で横並びするという絵面が完成した。
「なんか、すごく目立つような」
「まあ迷惑にはならないだろ」
周りを気にする杏子の心配は小兵に雑に投げられた。
そしてその会話を最後に沈黙が訪れる。
気まずい空気だった。
当然といえば当然だ。すうと三人はケーキを賭けて勝負をして、対抗心をくすぶらせたまま別れた。しかもそんな三人に声をかけた小兵が口を開かない。
さらにすうとしては、凛からちらちらと険のある視線を投げられているのがうっとうしい。
そんな感情をそのまま言葉にしようとした時、ようやく小兵が動いた。
「あなたたちはさっきの話からしてダンジョン帰りか?」
「あ、はい! そうです」
返事をしたのは凛だ。
「試験の内容が発表されたんで、『神迷』でルールに合った練習を。『水族館』に行けたらよかったんですけど、無理だし」
試験の内容という言葉にすうはちら、と凛へ目をやった。
凛たちがどんな練習をしているのかはどうしても気になる。
「試験が発表されてからは対象のダンジョンには入れないしな。しかし、ドロップアイテムの収集と探索が主になって戸惑っただろう。前までは魔物討伐の方に注目してたし」
「あ、まあ、少し。分担も変えましたし。でも、同行者にもアドバイスもらったし……負けないから」
最後だけはすうを睨んで言い切ってきた。
すうもふん、と鼻を鳴らして視線を受け止める。
間に挟まれた杏子たちが微妙に気まずそうだ。
「同行者、か……前は会えなかったけど、あなたたちの同行者はどういう人なんだ? ちょっと聞きたいな」
「え、えーと、小兵さんみたいな実力者ってわけじゃないですよ?」
「いや、同行者としてどういう行動をしてるのか聞きたくてな。……今日、ちょっと失敗してすうちゃんが怪我をしてな。他のところだとどういう風に動いてるんだろうか、と気になったんだ」
「しっぱい……けが?」
心当たりがなく、ついすうは呟いた。
ただすぐに隠し部屋に絡んだあれこれを思い出す。
まさかあれを失敗と捉えているのだろうか。そして、それを聞くために三人を呼び止めたのか。
隠し部屋もその中の魔物がすうと相性最悪なことも、予想できるものではないのに。
すうは驚きつつ、心配されていたことにむずがゆさを感じる。
そこで凛がちょっと呆れたようにすうを指さした。
「ダンジョンで怪我とか当たり前じゃないですか? いくらこいつが強くても、ダンジョンなんて予想できないことの方が多いんですし気にしなくてもいいんじゃ」
正論だし、気にするようなことじゃないというのはすうも言おうとしていた。
だが凛に言われてしまうと素直に同意しづらい。
「まものに、かこまれ、てた、くせに」
「あ?」
ぼそっと悪態をつけば凛が一歩踏み出した。
「はいはい、やめましょうね」
「二人とも落ち着け」
間の二人にすうたちは押さえられ、杏子がぽんと空気を変えるように手を叩いた。
「すうちゃんが一人で行動した時に怪我をしたということでしょうか。それで他の同行者がどんな風に指導しているか聞きたい、と?」
「そういうことだな。情報を聞き出すような真似して悪いが」
「それは大丈夫ですけど……でも、やっぱり探索に怪我はつきものですよね。ある程度は仕方ないような」
「意外と過保護」
興味深そうな視線に小兵は頬を搔いている。実際はある程度などというものではなく、死にかけだったのだが。
「まあ、うちの同行者も過保護だけど」
「あー」
潤に同意するように他二人が頷いた。
「魔物が二体以上現れたら絶対に一匹になるまで倒したりね」
「少し離れたりすると毎回注意されてた」
「他の探索者には気をつけろって何度も念を押されたりしましたね。まあ、あの時の私たちが弱かったというのもあるでしょうけど」
懐かしそうに語る三人。
ただすうにとって意外な言葉が一つあった。
「弱い? あなたたちが?」
小兵も同じように感じたらしい。眉をあげている。
だが三人はそろって頷いた。
「一か月ぐらい前、二階層で同行者なしで行動してたらボロボロにされましたよ」
「まともな探索できなかった」
「今ならなにがどんだけ来ても返り討ちだけどね!」
そういえばすうは弱っていた彼女たちを知っている。
おそらくムカデにやられたのだろう三人を襲って、『ダンジョン・カロリーブロック』を奪おうとしていた時のことだ。
あれは一か月前のことだったらしい。
「一か月でそこまで強くなるのか、すごいな。なにかきっかけがあったのか? やっぱり悔しかったから?」
小兵の驚きと褒め言葉。
三人は喜び出すかと思ったが……一様に押し黙ってしまった。
「?」
すうが疑問に思っていると、やがて凛が忌々しそうな顔で口を開いた。
「早く、あの施設を出たいからです」
「——そうか」
小兵は察したように目を細める。だがすうはなんのことかわからない。
施設と言われても検査施設のことぐらいしか思いつかず、小兵と凛たちの間で視線を行ったり来たりさせるすうへ、そっと小兵が耳打ちをしてくる。
「子供たちを保護する児童養護施設のことだ。まともなとこも多いが、子供へ酷い扱いをする職員もいる」
素早く説明して、すぐ小兵は凛たちと向き直る。
すうはとりあえず、あの検査施設の職員や松ノ木のような人間を想像していた。
「言うこと聞かなきゃ怒鳴るとか殴るとかは当たり前です。そういう目で見られたことはないですけどね。逆らったら閉じ込められたり、ごはん抜かれたり」
「!?」
ごはんを抜かれる。
検査施設ですらそんなことはなかった。
あそこの職員たちは愛想はよくないが殴ってきたりはしない。すうは絶句し、凛たちをじっと見る。
ぎし、と隣の小兵が拳を握ったのが聞こえた。
「酷いなんてもんじゃないな……知り合いに相談するか。特例探索者が相手ならダンジョン課も動くだろう」
恐らく相手は松ノ木だろう。今すぐ電話をしようとする小兵に、だが凛は首を横に振った。
「それは……いいです。もうどっちも相談したけど、動いてもらえなかったんで」
ギリギリと歯を噛みしめる凛たち。だがその目に燃えるような意志はなく、ただ沈んでいた。
激情で言葉に詰まる凛から杏子が引き継ぐ。
「施設も数が少ないから、もう引き取れるところもないそうです。しかも……魔素に浸っている被災者は引き取りも少ない、とか。そんなことを言われたようで」
「ダンジョン課も福祉課も、そんなもの」
すうは、凛たちにどろりとへばりつくようなものが見えた気がした。
そんな様子を見ているとおなかの底から、空腹とは違うものが湧き上がってくるが——ただ、ダンジョン課が対応しないというのには内心で首を傾げる。
果たして松ノ木がそんな対応をするのだろうか。
規則でどうにもならないことはある。だが突き放すような言い方がイメージに合わない。単に松ノ木以外の職員なのか。
「……魔素を嫌がる奴は確かに多い、が」
小兵もまた違和感を覚えたのか、威圧するような雰囲気が弱まっている。
やがてはっと気づいた凛が無理な明るい声を出す。
「あー、でも、大丈夫ですよ。今回の試験に受かったらもう解決すると思うので」
「うん? 独り立ちするってことか? まあ探索ライセンスがあれば一人暮らしもできなくはないが」
「いえ、同行者の探索者が動いてくれるらしいんです」
「……試験に受かったら、動く? どういうことなんだ」
「えっとですね。探索ライセンスを持ったら、その人たちのパーティーに正式加入できるんで。特例の時には相手にされなくても、正式な探索者としてなら対応してもらえるだろうって言われてるんです。そしたら施設自体も監査が入るだろうって」
凛は初めて見るような、柔らかい笑みになる。
「その人たちのパーティーって、あたしたちの恩人なんです。十年前の『第二次迷宮災害』で私たちを救ってくれた人で。避難所の近くに出てきた魔物たちをどんどん倒していって」
「それを見て、私たちも探索者になろうと思ったんですよね」
「施設にいた時も、探索者になって見返してやろうって、誘ってくれた」
「そうか……いい人なんだな」
「はい!」
小兵の問いに凛は誇らしげに答える。
話が終わったころ、カップ麺は伸びてしまっていた。




