四十八話 すう、非常食(召喚獣)を手に入れる?
身につけた腕輪に、小さなホームガードがぺたりと張りついていた。
『ぎゃ?』
「な——」
きゅる、と首を傾げるような動きをするホームガードにすうは目を見開いた。
だがすぐにハッと勘付いて素早く手を引っ込める。
同時に頭上からひゅっと鋭い音。さっきまですうの手があったところを小兵の手刀が恐ろしい勢いで通り過ぎた。
停止した手刀がぶわっと風を巻き起こしてすうの髪を乱す。
「あ、あぶない……!」
魔物を見た小兵はすうの手を巻き添えにしてでも潰してくるだろう。
そう考え腕を引っ込めて正解だった。すうの額に遅れて冷汗が浮かんでくる。
「逃がしたか? いや……」
小兵はすうの腕や部屋の床に目をやりつつ警戒心をあらわにしている。
実際、あの魔物はどこに行ったのか。
自分が持ち込んだなどと思われたら大変だ。慌てて辺りを見回していると、小兵がふと口を開いた。
「すうちゃん。その腕輪、もう一回つけてみてくれないか。発動はさせずに」
「うで、わ?」
そういえばトカゲ柄の【雑器】は、さっき手を引っ込めるのと一緒に外していた。
まさか、これが原因だというのか?
「……また、たたいたり、しな、い?」
「なんか人聞きの悪い言い方だな……しないしない、大丈夫。ちゃんと離れておくから」
両手を上げて部屋の隅にまで移動する小兵。
だが狭い個室の中だとそれぐらいは一瞬で移動してくるだろう。微妙に信じ切れないきもちになりつつ、すうはそっと【雑器】を身につけた。
『ぎ……』
すると腕輪の陰から、ちょっと警戒した様子のホームガードが顔をのぞかせた。
「また、でた」
「やっぱりか。それがその【雑器】もどきの効果なんだろうな」
「うわっ」
いつの間にか小兵が目の前にきて、腕輪のホームガードをまじまじと見ている。やっぱりこの程度の距離などないも同然だった。
「え、と? ばすたーど、もどき?」
「普通の【雑器】にそんな効果はないからな。この腕輪は召喚獣を使役するタイプなんだろう」
「しょう、かんじゅう」
「獣や霊だったり、ゴーレムや人形だったり。そういう魔物みたいなのを何もないところから呼び出して戦力にするんだ」
「……こんな、ちいさいの、を?」
「普通は戦闘ができるぐらい大きいか、特殊な能力があるんだけどな。小さくても魔術を使うようなのもいるし」
魔術と聞き、すうは手元に目をおろす。
「まじゅつ、できる、の?」
『ぎゃ?』
だがホームガードはきょとんと見上げてくるだけだ。
何もわかっていなさそうな顔である。
「うーん、命令してみるとわかるかもだが、さすがにこんな場所で魔術はな。……ふむ。すうちゃん、これを落とした異形相手にどんな戦い方をした? それで魔道具の機能がわかるかもしれない」
「たたかいか、た?」
「実はな。ボスを倒した時にドロップする魔道具は、ごく稀に討伐者に合った変化をしたものが出てくるんだ。これはその類だと思う」
すうは目を見開いた。
「そう劇的に変わるわけでもないけどな。大体は所有者の動きに合わせて元の能力が尖ったりするぐらいだ。所有者以外には使いにくいことが多い。だからすうちゃんに合った能力だと思うんだが」
「わたし、に」
すうは異形トカゲとの戦いを思い出す。
あの戦いの中で自分に足りないもの、あるいは自分が得意としていたもの。
「わかる、かも」
「お、どんなのだ」
すうは腕輪を目の高さにまで持ち上げ、ホームガードと目を合わせる。
あの戦いからわかる、すうに合った能力。
そう、それは。
「ひじょう、しょく」
「は?」
『ぎゃっ!?』
トカゲが愕然とすうを見返してきた。
今日、食べ物の美味しさだけでなく、重要さもすうは痛感した。
今回の空腹は油断していたせいだ。美味しく食べられないならと朝食を抜き、『ダンジョン・カロリーブロック』なども買ってこなかった。
しかしこれからのダンジョン探索で食べ物が切れることもあるだろう。
そんな時、この小さなホームガードでも食べ物があることは精神的にとても心強い。異形トカゲを生きたまま食いちぎった戦い方とも合致する。
「ひとくち、さいず、だし」
「ぎゃー!?」
ホームガードは悲鳴のような鳴き声を上げて腕輪の陰に隠れた。
だがすうはくるりと手を返して再びホームガードをじっと見る。もしや味も美味しくなっているのか、と。
ホームガードは震えながら小兵の方へ振り向いた。さっきまで警戒していた相手なのに、縋るような視線だ。
「……ないとは言えないのが怖いところだな」
『ぎゃぎゃっ!?』
「いや、でもまあやめておいた方がいいんじゃないか。変な扱いをして壊れたらアレだし、さっきも言ったが、小さくても魔術を使って役に立つ奴もいるから」
やんわりと止めてくる小兵にすうは頷く。
「いまは、いい。たいりょう、に、たべたし」
「食べた?」
小兵が眉を寄せる。そういえば異形トカゲと戦ったとは言ったが、食べた話はしていない気がする。後で話したほうがいいのかもしれない。
ただそこでふと考える。
——これ、ぶきとして、つかえ、る?
この腕輪はホームガードを召喚した。だが問題は【雑器】としてちゃんと使えるのかどうかだ。
つけるだけでは発動しないのか、腕の半ばにはまりこんだ腕輪は特に変化していない。
すうはとりあえず体が剣になるイメージをしてみた。
「ん? すうちゃん待て、もしかして使おうとして——」
小兵が何か言うのを遮るように、右腕がバキバキと骨が砕け肉を潰すような音を立て始めた。手が鋭くながくなっていく。
痛みはない。だがたしかに自分の存在そのものが変化するような感覚だ。
五階層で手に入れた魔道具を使った時と似ている。ただ違和感はあちらの方が遥かに酷かった。やはり全身を変化させたからだろうか。
これはスライム時代に体を武器にした時とそう変わらない。すう的にはちょっと懐かしい程度のものだ。
やがてすうの手はレンタル長剣と同じぐらいの長さの剣となった。
「む?」
「なんだこれ……」
だが、出来上がったのはイメージした普通の剣ではない。
それは、一言でいうなら『爪』だろうか。
透明感のある刀身は、異形トカゲの爪を鋭く長く、そして両刃にしたような形。どくんと脈打つ血管が流れ、手に近い部分もトカゲの皮のようになっている。
剣と生物を合体させたようだった。
すうは首を傾げ、小兵を見た。
「これ、ふつう?」
「……一応【雑器】のデザインが変わるのは見たことがある。有名な配信者、『Monster』のシンっていう奴がいくつか使ってた。ただここまで生物的なのは見たことないな」
小兵はぶつぶつと考え込み始めた。
まあ変化すること自体はあるらしい。
ならいいか、とすうは軽く剣を振ってみた。いい感じに重く、切れ味もレンタル装備と比べ物にならないのがわかる。
これなら三階層のボス相手にも通用する。試験でも役に立つだろう。
すうは思わぬ報酬に笑みを浮かべた。
『ぎゃ』
「む」
軽く振った後に眺めていると、ホームガードがいつの間にか剣身に張りついている。
さっきまで怯えていたのが嘘のようにその目は静かだ。
すうを見つめてくるホームガードから、何かを伝えられている気がして——。
「いや考えてる場合じゃない。すうちゃん、いったん外そうか」
通じ合うような何かを感じた瞬間、バッと腕輪が外された。
バキバキと一気に手が戻ってしまう。ホームガードも消えた。
「な、なに?」
「害はないようだけど一応調べてから使った方がいいだろう」
「さっき、つけさせた、のに」
「あー、それはごめん。ただ、魔物が人について地上に出たなんてことになったら大事件だからな」
「ああ……」
自身が魔物なすうは曖昧に頷いた。
そこにちょうどノックの音が響いてくる。
『すみません、小兵さん、すうさん。新しく発見したという隠し部屋についてお聞きしたいことが』
「わかった。ちょっと待ってくれ」
扉の向こうからの声にそう返し、小兵はすうへと向き直った。
「とりあえずこれから色々話しをしないといけないな。すうちゃん、体は大丈夫か?」
「ん」
「じゃあ行こうか。……で、その後にご飯を食べにいこう」
ごはんと聞いてすうはベッドから飛び出した。
「ごはん!」
「何食べる? 今すぐもらえなくても高額の報酬が決まったようなもんだ。ケーキは後においておくとしてもなんでも食べに行けるぞ。ちょっと高いものでも」
すうは少し悩んで、食べたいものを口にした。
「カップ、ラーメン!」
「安い! それでいいのか!?」
「たべたい、ものを、たべる!」
昨日は地神と会ったせいで結局カップラーメンを買えていない。
魔素の流れがわかったことで地図は必要なくなった。
武器も【雑器】が手に入った。
抱えていた問題が解決してすっきりした今、食べたいという欲が湧き上がってきたのだ。
「じゃあせめて大量に色々食べようか」
「ん!」
すうはうきうきと扉へ歩いていく。
「はなし、すぐ、おわらせ、る!」
「最低でも一時間はかかるかなぁ……」
「!?」




