四十七話 すう、発見をしたらしい
隠し部屋の壁をぶち壊して入ってきた小兵により、ちょっと死にかけつつもすうは助け出された。
そして現在はダンジョン前の出入場管理施設の中、応急治療室へと運ばれて休んでいた。
応急治療室は病院のような落ち着いた色合いの個室だ。
簡素なベッド、それと椅子が三つほどあるだけの狭い部屋だった。
「しぬかと、おもった……」
すうはそのベッドに横たわりぐったりとした表情で呟く。
横に座っている小兵がひらりと手を振った。
「悪いな。なにせあの部屋の中がどうなってるかわからなかったんだ。とにかく全力でぶち壊して助け出さないと、と思ってさ」
「そこじゃ、ない……それは、たすかった、し」
実際、小兵が強引な手段を選んでいなければ、すうはあの得体の知れない出口もどきに入ってしまっていただろう。
岩壁を砕いて即座に救出してくれたおかげで気味の悪い隠し部屋から離れられたのだ。そこはすうも感謝している。
だが問題はその後だ。
「ん? 他になにかあったか?」
「ちりょう、ほうほう」
小兵の治療は雑だ。
前は局地的な滝かと思うほどの勢いで顔にポーションの中身を叩きつけられた。
そして今回は、折れた左腕にポーションを容器ごと叩きつけられた。
まるで鉄球が直撃したかのような衝撃と痛みだった。それまでの緊張が解けたのもあっただろうが、すうが一時的に気絶したほどである。
「いや、でもあのポーションってそういう風に使うものだから。球状で中身を取り出したりできないし。相手にぶつけて割るのが正規の使用方法だ」
「それはきいた……なっとく、できない、だけ」
普通なら柔らかいしすぐ割れるらしい。小兵は「水風船みたいなもの」と言っていた。
だが小兵の力で投げられたそれは、柔らかくもなければ破裂した衝撃も酷かったのだ。
とはいえその効き目は凄まじく、すうの体にはもう傷跡一つない。なんなら疲労もかなり軽減されている。
だからお礼は目を覚ましてすぐしっかりと言った。そのうえで恨みがちょっと漏れ出したのだ。
すうは大きく息を吐いて、体を起こす。
「あら、ためて。ありがとう、ございます」
「どういたしまして。しかしびっくりしたぞ。まさか二階層で新しい隠し部屋が見つかるとはな」
「え?」
新しい?
「まって、あの、かくしべや……しらない、の?」
「そうだぞ。えぇと、ほら。これが今の地図なんだが」
小兵は自分の荷物から取り出した二階層の地図を広げた。
「三階層へ降りる階段がここ。そこからしばらく移動して、あの隠し部屋があるのが南側の辺り。でも地図にあんな広い空間はないんだよ」
「……たし、かに」
自分の記憶と照らし合わせ、この地図が本当に正確に作られているのだとすうは理解した。
すうのように攻撃しなければ魔物から襲われないということもなく、疲れや空腹もあるだろうに、きっと何度も何度も二階層を往復したのだろう。
だがそんな人間たちが見つけられなかった。
そしてすうも知らなかった。
しかも隠し部屋があるのは、すうが気絶した場所のすぐ近く。
この隠し部屋は、まるで……。
「いきなり、あらわれ、た……みたい、な」
「うん? その言い方だと、まさかすうちゃんも知らなかったのか?」
「ん」
つい頷いてから、すうは二階層に知らない場所はないと豪語していたのを思い出した。
からかわれるかと眉を寄せてちらりと小兵を見る。
「すうちゃんですら、か……ふむ」
だが小兵はわずかに目を細めただけだ。
その表情からは何も読み取れないが、ちり、と空気が震えた気がした。
少し待っても小兵は俯いて何も言わない。なんとなくそわそわして、すうは気になっていたことを訊ねる。
「そ、そう、いえば。どうやって、わたし、みつけた、の?」
隠し部屋と外では、魔物の魔素以外につながりは何もなかったはずだ。
小兵はハッと顔を上げた。
「ん? ああ見つけた方法か。まあ、勘だな」
「かん」
「すうちゃんが二時間経っても戻ってこなかったからな。夢中になりすぎてるのかと思って迎えにいったんだ。すうちゃんの足ならどのぐらいの範囲まで行けるか、地図で確かめつつ確認したんだが……そこら中走り回ってもどこにもいなくてな。おかしいと思ってたら、そのうち壁がなんとなく怪しく見えてきて」
「……なぐった?」
「うん。そしたら殴った感じで向こう側に空洞があるってわかったんでな。呼びかけたらすうちゃんの声も聞こえたし、とにかくぶっ壊そうとしてああなった」
「おお……」
何も言えなかった。どうして勘でピンポイントに隠し部屋を見つけるのか。
あるいは小兵も感覚で魔素を捉えているのだろうか。だが魔素と関係のないただの勘でも小兵なら納得できてしまう。
「というか、すうちゃんはどうやって入ったんだ?」
「む」
逆に問われ、すうは返事を迷う。
そもそもすうにもよくわかっていないのだ。
魔素の流れを把握しようとして気絶し、その間に隠し部屋へ入り込んでいたのだから。しかも魔素がどうとかは説明できない。
「……おなか、すいて……いつのまに、という、か」
朝食を食べていなかったせいでおなかが空いたこと。
もうろうとしていつの間にか入り込んでいたこと。
そして異形トカゲを苦戦しながらも倒し、偽物の出口が現れたこと。
魔素には触れずすうは説明していった。
それを聞いた小兵は。
「すうちゃんはいろんなことに食欲が関わってくるな」
呆れたような顔だがあっさりと納得していた。
疑われもしないのはさすがにすうもちょっと物申したいが、つっこんだら不利になるのは自分だ。
「にしても今回は大発見だ。報奨金も出るんじゃないか?」
「おかね!」
「食いつきが早い。ほら、危険な隠し部屋の発見は後の探索者が挑む時に重要な情報だしな。特に浅い層なら結構な額になるはずだ」
「いくら、ぐらい!?」
「最低でも百万とか? まあ支払いは色々確かめた後になるだろうけど」
「ひゃっ……!」
すうは思考が停止した。
「逆にドロップアイテムや腕試しで挑む奴もいるけど……すうちゃんがあんなになるまで苦戦するんじゃ二階層がメインの探索者は危険かもな。隠し部屋の魔物はボス並みの奴もたまにいるが、はずれに当たったわけだ」
「えっ? あ、うん……うん」
意識が戻ってきたすうは反射的に頷いていた。
ただ話の内容を遅れて理解し、内心でぽつりと「そこまでじゃない」と呟く。
あの異形トカゲはボスより確実に弱い。すうが苦戦したのは、魔素を読む戦闘スタイルが通じなかったためだ。
あるいは凛たちなら、もっと楽に倒せたのかもしれない。
自分で思い浮かべていながら、すうはむ、と口を尖らせた。
「他の部位を生やすならキメラか何かかな」
「きめら」
「そういういろんなパーツが組み合わさった魔物がいるんだ。ただ階層内の魔物限定で生えてくるようなのはいなかったなぁ……二階層に新種か? 調査員が派遣されてきそうだ。ドロップアイテムの情報も更新されるかな」
「ドロップ、アイテム……あ」
ふと思い出し、すうは服に入れていた腕輪を取り出した。
「なんだこれ。腕輪?」
「これ、おちた。とかげの、アイテム」
そう言った瞬間、小兵の表情が一気に変わった。
すうはつい身をこわばらせる。
「……落ちた? 宝箱から出てきたわけじゃなく?」
ずいと迫ってくる小兵へ、こくこくと頷く。
何かまずいことが起きているようだが今更嘘などつけない。
すうが持つ腕輪を小兵はじっと見て、やがて口を開く。
「これは、たぶん魔道具だ」
「えっ」
言われ、腕輪をまじまじと見る。トカゲの皮と骨でできたそれは、魔道具というには少し素朴なような。
というか小兵はなぜそんなに鬼気迫った顔をしているのか。
「だが、それはありえないはずだ」
「ありえな、い?」
「魔道具は宝箱から見つけるか、ボスからのドロップでしか手に入れられない。……隠し部屋の強い魔物がはずれと言われるのは、ボス並みに強いくせに魔道具を落とすことが絶対にないからでもあるんだ」
すうは眉を寄せて首を傾げる。
「じゃあ、これ、は?」
「落ちたのはすうちゃんの見間違いか……二階層の隠し部屋にボスが出たことになるな。今までのダンジョンの常識が覆るぞ」
なんとなく小兵の言いたいことはわかった。
小兵は大雑把だが魔物の動きには敏感だ。だから危機感を覚えているのだろう。
ただ、すうはあまりそれに関心を抱けない。それよりも気になるのは小兵の雰囲気が鋭くて怖いと言うことと、もう一つ。
「つまり、これ……うれな、い?」
「……」
せっかく魔道具を手に入れたというのに、お金にはできない。
いや有用な効果を持つのかもしれないが、選択肢が無くなるというのがもやっとするのだ。
しかも今は、色々と使い道を考えなければいけないだけに。
腕輪を複雑な感情で見下ろしていると、頭上から小さく笑い声が聞こえた。
「すうちゃんはいつもそんな感じだなぁ」
顔を上げれば小兵が笑っていて、雰囲気が和らいでいた。なぜ。
「ま、ここで考えててもしょうがないか。報告しないとな。ひとまず、すうちゃん。その魔道具を隠し部屋で手に入れたっていうのは他の人に口外しないようにな。宝箱から出たとでも言っといてくれ」
「わかった」
柔らかくとも有無を言わさない口調にすうはしっかり頷いた。
「つかうのも、だめ?」
「んん、呪われたりはしてなさそうだが……ああ、でもあれだな、【雑器】っていうのに似てるな。はずれかもしれない」
「え゛」
さらっとはずれと言われ、すうが固まる。
売れないうえに使えもしないというのか。
「ば、ばすたーど、って、どんな、の?」
「効果自体はあらゆる武器へ変化するっていうものなんだが」
あらゆる武器。
その響きにすうは別の意味で硬直した。
しかし小兵は眉を寄せて手を振る。
「いやごめん、変化するというか、変化させるが近いな。——【雑器】は、所有者の体を武器に変えるんだよ」
「から、だ?」
「この腕輪を通した部分から先が、剣やら槍やらに無理やり変えられる。使った人の話しだと、肉とか骨が潰れながら伸びていく感じらしい。痛みはないし一時的なものだけど、自分の体が違うものになる違和感で吐きそうになるんだと。……とりあえず、ダンジョン課へ提出するようには言われるかもしれないし、預けとこうか。そうでなくても鑑定屋には持っていった方がいい……すうちゃん、なんで目を輝かせてんだ」
——すばら、しい!
あらゆる武器に変化する、しかも自分の体を!
それはすうにとってかつての自分の戦い方を再現できるということに他ならない。
そしてデメリットも問題ない。体が変化するなどすうにとっては今更のこと。そもそもスライムから人間になっているのだから。
いや、それでもなにか落とし穴があるかもしれない。
「とりあえず、ためす……!」
「え!? いやまてすうちゃんやめとけ!」
小兵が止めるより一瞬早く、すうはその腕輪に手を通し——それと同時。
腕輪に乗っているものと、目が合った。
いつからそこにいたのか。
しゅるりと舌を出し、丸っこい手でぺたりと腕輪に張りついている、それは——。
『ぎゃ?」
それは、小さなホームガードだった。




