四十六話 すう、腕輪を手に入れる
すうの! 異形トカゲ☆評価!
トカゲ(ホームガード)について。
☆☆☆☆
やはりおいしい。ぬらりとした皮は生臭さが強いが肉だけなら我慢できる。肉は血と一緒に食べた方が生臭さはマシで、いっしょにしっかり味わうとたまにチキンが顔を出すのが最高。
コウモリ(メリディエス)について。
☆☆☆
薄い翼の部分しか出てこなかった。噛むたびにむにむにした食感があって食べ応えはあるが、肝心の味が獣の匂いが強くて吐きそうになる。でもなぜかたまに味噌汁を思い出す風味があったのでまあいい方。
蜘蛛(スピア・スパイダー)について。
☆☆☆☆☆
脚がうまい。ちゃんとうまい。外側さえ割ってしまえばほろっと崩れる肉らしきものが出てきて、その味は今まで食べたことのないなんかすごいやつ。でも小さい方の蜘蛛を食べた時の味とは違う気がする。魔素が多いほどドロップアイテムの質がいいことを考えると、魔素の量は味にもつながるのかも。
ムカデ(サプライズムカデ)について。
☆☆
まずい。全身がくまなくまずい。苦労して斬った断面からはどろっと黄緑色の液体が垂れ、それがものすごい臭さ。脳をがつんと殴られたような気分になる。液体が無い部分も舌がビリビリ痺れるばかりで本能が食べてはいけないと警告してくる。でも外側の殻の薄いところはカリッとしていて苦みもなかったので、塩をかけるといけるかもしれない。
スライム(ネスト・スクライム)について。
―
飛び散った粘液に口をつけたら取れなくて死ぬかと思った。味もない。本当にない。なんのために産まれてきたんだお前は。誰もお前を愛さない。「すらいむ、って、なんの、やくにたつ、の?」。
凄惨。あまりにも凄惨な光景だった。
全身から血を滴らせたすうが、笑いながら白髪をなびかせ異形のトカゲを刻み、喰らっていく。これはこの世の地獄なのか。
変幻自在の魔素を読めなかったすうはもういない。一つ一つを食べ物として見たすうの集中力は尋常ではなく魔素の動きを完全に見切っていた。斬れぬものなど今のすうにはないのだ。
異形のトカゲは最初こそ暴れていたが、生きたまま噛みちぎられた辺りから逃げ出そうとしていたように見える。
しかし空腹なすうは目の前の食材を逃がさない。
だがその食事……もとい攻防は無限に続くわけでもなかった。
すうは気づいていた。異形トカゲの体の魔素は刻んでいくほど少なくなっていくのだ。さっきまでは魔素を感じないようにしていたためわからなかったが、ちゃんと体を削った分だけ弱ってはいたらしい。
ちょっと惜しく思っていたすうだが、もう空腹を感じない程度におなかは満ちてきた。
そして空腹のスパイスがなくなった魔物の体は結局あまりおいしくない。スライム時代より味がはっきりしている分マシというだけだ。
そろそろちゃんとしたごはんが食べたい。
「たおす、か」
倒せば出られるかは定かではない。だが倒さない意味もない。すうの剣から容赦がなくなった。
食べるために一部を削ぐのではなく、効率的に体を切り落としていく。腕、足、首、剣の通りやすい部位から順に。
【gaぎゃぎああああぁぁ……!】
異形トカゲのはかない絶叫が円形広場へと響き渡った。だが閉じられたこの場に助けに来るものなどいない。
そして数分後。
全身を切り取られた異形トカゲは、断末魔も残さず横たわった。
誰かが見ていたら、その顔がどこか安らかなものだと感じたかもしれない。
異形トカゲは解放されたのだ。
それは死んでなお戦わされた地獄からか、生きたまま喰われ切り刻まれる地獄からか。たぶんどっちもだろう。
異形トカゲの体を見張っていたすうは、ダンジョンへ接している部分がどろどろ溶け始めたのを見てようやく警戒を解いた。もう再生はしないようだ。
「おわっ、た……」
すうはけふ、と息を吐いておなかをおさえる。
浮かぶ表情には満足感が表れている。ただ警戒と一緒に緊張も解けたのか、体はふらふらと揺れ始めていて立っているのもやっとという有様だった。
「うゔぁー……」
いくら空腹がおさまってもすうは傷だらけだ。特に左腕は折れていて動かず、叩きつけられた時に打った頭がぐらぐらする。さっきまで動けたのは、痛みも疲労も食欲で塗りつぶしていただけにすぎない。
見下ろせばレンタル装備は防具も剣も完全に壊れていた。最初から防具はあまり役に立っていなかったが。
「ぼうぐ、だいじ」
すうは痛感した。少なくとも攻撃を受けた瞬間に壊れるようなものではだめだ。
ただその反省も返れなければ意味がない。
「だっ、しゅつ、し、ない、と……」
すうは倒れ込みそうな体をどうにか支え、どこか開いていないかと魔素を読み取ろうとした。
だが疲労の溜まった頭では集中できない。つい魔素の集まっている異形トカゲに意識が向いてしまう。
「じゃま……」
異形トカゲの体は大きい。それを分解するための魔素も大量だ。そんな量が常に動き続けているせいでうまく読み取れなかった。
しかも異形トカゲそのものの魔素もさっきから凝縮されていっている。
それはアイテムをドロップする時の動きだ。
魔物が死んだ時の魔素の動きは三つに分かれる。
ダンジョンに分解される、倒した者の体へ流れ込む、そして凝縮されアイテムとなる、だ。
「しゅうちゅう、できな、い」
異形トカゲ自体の魔素もボスの威圧感を思い出す程度には多いのだ。そんな動きがいくつもあってどうしても集中が乱されていた。
だがようやく魔素の凝縮は収まってきている。アイテムができようとしているらしい。
「アイテム……なにに、なるんだ、ろ?」
ただ異形トカゲのドロップはなんになるのか。すうは首を傾げた。
あらゆる魔物の部位を生やしていただけに、それぞれ別のものになるのか。それとも元のトカゲの何かを落とすのか。
乱れた思考でぐるぐる考えていると。
やがて、からんと硬質な音が響いた。
「?」
予想と違う音に目を開ければ、異形トカゲの体の横にドロップアイテムが落ちていた。
それは小さな腕輪だ。
筋のある白く硬そうな……骨を削ったような質感に、トカゲの皮を被せたようなもの。
体の部位どころか、加工された装飾品が出てきた。
「なんだ、ろ?」
すうは異形トカゲの死体へと近づき、骨と皮でできたらしき腕輪を拾い上げる。
小さな形でありながら恐ろしいほどの魔素が流れていた。よくわからないが、少なくとも価値がないことはないだろう。
価値、という言葉で太った嫌味な男を思い出してしまい、すうは眉を寄せた。
「んん? ……!」
そして、それと同時に魔素の流れが変わったのを感じとる。
探ってみてすうはぱっと顔を上げた。
「でぐち……!」
魔素の流れの中に外へと続くものができていたのだ。
場所は広場の端。
すうはふらつく足取りでそこに向かった。
出口は壁に出現していた。
すうの身長を二つ重ねたような高さで横幅も広い、大きな穴だ。少し覗けば遠くに二階層の洞窟内が見えた。
「あー……そうだ。こひょうの、とこ、もどらない、と」
この隠し部屋を出て終わりではなかったのだった。
だが結構な時間が経ったように思えるし、小兵も探しに来てくれているかもしれない。
すうはため息をつきながらその出口へ入ろうとして。
『——!』
なにかが聞こえ、ふと足を止めた。
いや、聞こえたのだろうか。ただの錯覚だった気もする。広場の中には何もいないし、この隠し部屋の外の魔素にも変わったところはない。
ただどうも気になる。
すうは出しかけた足をひっこめて、反対の方を見た。
なぜそっちを向いたのかはわからない。ただなんとなくだ。
異形トカゲを越えて向こう側の壁へと視線をやる。そこはすうがもともと倒れていた場所だった。
『——! ——』
「きこえ、た」
今度は錯覚ではない。
これは、きっと。
「こひょう、の?」
呟くと同時。
——ドォン! という轟音と共に広場全体が揺さぶられた。
地面が震え天井から突き出た岩が崩れてがらがらと落ちてきた。すうの頭上からも。
悲鳴を上げてその場から飛びのくすう。そして恐ろしい光景に確信した。
「こひょう! ぜったい、こひょう! この、おおざっぱ!」
多分すうを探しに来たのだ。そして隠し部屋に入ったとわかって、ダンジョンの壁ごと崩そうとしているのだろう。
だがこのままだと中にいるすうまで潰されてしまう。
というか、そもそもすうはもう出口を見つけているのだ。
早く避難するべきか、と出口の方を振り返り——すうは、気づいた。
「……ちが、う?」
出口の向こうに見える景色が、違う。
知らない。
すうはこんな道を見たことがない。
「!?」
さっきまで出口として見ていた穴が急におそろしいもののように映る。
まるで得体の知れないなにかに手招きされているような。
「……わな!」
すうは出口から飛びのき、反対へと走る。
再び衝撃が走った。今度はさっきよりも大きい。壁にぴしりとヒビが入った。
そしてしっかりと声が聞こえてくる。
『すうちゃん!』
「こひょう!」
『! 生きてるな!? 離れてろよ! ぶっっ壊す!!』
その響きは頼もしいながらものすごく不穏で。
すうは顔をひきつらせ無理やり横へと方向転換して必死に駆ける。異形トカゲを相手にした時よりも必死に。
そして壁際の岩陰に飛び込んだ、次の瞬間。
爆発したような衝撃と共に岩壁一面が吹き飛んだ。
結果としてすうは隠し部屋から脱出できた。
ただ異形トカゲとの戦いよりなにより死を身近に感じたという。




