四十四話 すう、異形に出会う
死んだはずの巨大トカゲは異形へと変貌した。
ムカデの胴体を首のようにし、何本もの蜘蛛の脚を右前足から生やし、左の後ろ足と尻尾からは粘液が噴き出て体を支えている。
異形トカゲはずるりと這いだした。その目はずっとすうだけに向けられている。
【kjggいkiwろloo!】
耳障りな雄叫びと共に異形トカゲが再び突撃してきた。
蜘蛛の脚ががちがちと地面を踏み、ムカデの首が上下する。元よりずっとバランスが悪い体を強引に動かしているような状態。
だというのにさっきまでの巨大トカゲよりその動きは速く、一瞬で目の前まで迫ってくる。
「ぬぐ……!」
困惑しつつ、痛むおなかを押さえながらすうは斜め前へと跳んだ。
巨体とすれ違うよう、必死の回避で異形トカゲの進路からは外れる。
だがすれ違った直後、わさわさと動く蜘蛛の脚の一本が急に動きを変えた。
「んぎっ!?」
硬い脚の先で槍のように鋭く突いてきたのに、すうは剣を合わせた。ガキン! と火花を散らして弾かれる。
地面を転がりつつ、さっき吹き飛ばされたのはこの脚によるものらしいとすうは理解した。
すぐに立ち上がれば、異形トカゲは広場を駆け続けていた。
さっきまでと同じく止まることはできないのか。そのまま壁へとぶつかりそうだ。
「ついげき……!?」
壁に衝突したところを叩こうと駆け出したすうは足を止める。
異形トカゲは突進の速度そのままに壁を登り始めたのだ。
がちがちべたべたとあらゆる脚で壁を掴み、天井にまで張り付いてさかさまになる。
二階層のトカゲとして見ればある意味でいつもの光景。だがその巨体と異形のせいで、だらりと垂れた頭が地面へとくっつきそうだ。
【kwおcxkggぎti】
ぶらぶらと頭を揺らしながら異形トカゲが迫ってくる。
「きもち、わるい!」
驚きの連続だが、さすがにすうも立ち直った。迎え撃とうと避けるのではなく剣を構え……しかし悩む。
「どう、たおそ、う?」
首をはねても復活してきた相手だ。頭を潰しても死ぬのか。心臓を貫くか。
しかしそもそも天井へ張り付いているせいで体に攻撃は届かない。いや、届いたとして斬ったところから別の体が生えてきそうなのだが。
そして迫ってくる相手に悩み続ける暇もない。
「……いったん、くび」
とりあえず首として使われているムカデの胴体を切り落とすことにし、駆けた。
【ssmokkぎrobぼごぼ】
天井へ張りつきながら走ってくる異形トカゲは、すうが近寄ったからか岩肌へ爪を突き立て無理やりに停止した。
反動でぶら下がっていた頭ががくんと前へ飛び出し、勢いをつけたその口から黄色い液体が吐き出される。
「しってる」
だがすうは同じ攻撃をもう見ている。魔素による予測もできる。地を蹴って液体を回避した。わずかに服の端がかすり、じゅっと嫌な音を立てる。当たったら全身が溶かされそうだ。
しかし当たらなければいい。すうは跳びあがるまま垂れ下がる首へと刃を振るう。
そして、ガキンと硬質な音を立てて弾かれた。
「!?」
【burrるllkぐぅ】
斬れはしなかったがダメージはあったのか。ぶるんと振り回された首を蹴ってすうはその場から離脱した。
宙に跳んだすうの顔には驚きと、困惑。
「きれな、い?」
巨大トカゲから生えたものだからか、ムカデの胴体も相応に大きく硬いのだろう。だがすうは魔素を読んで斬れる場所を見定めたはず。
だが刃がムカデへ触れる直前、魔素が急に変な動きをしたような。
【vaggがrlaあl!】
すうが着地すると同時、異形トカゲが尻尾を振り回した。
ただそれはすうへと迫ってこない。半分以上が粘液で作られた尻尾はびたびたとその液体を辺りにまき散らし始めたのだ。
「ふぐっ!?
飛んできた粘液を反射的にかがんで避けた。
地面へ叩きつけられた粘液はべたべたとしていてくっつくと取れなさそうだ。周囲に溶け込むような透明さといい、まるで二階層に出てくるスライムのようだった。
自分の体を伸ばして、そこにひっかかったものを捕らえて襲うというやつだった。ネスト・スクライムという名前だ。
「んん」
そんなことを思い出している場合じゃない、とすうは首を振る。
「また、わからなかっ、た?」
すうは魔素の流れを読んで戦う。
だからこそ刃を潰したレンタル装備であっても、魔素の薄い部分を探して魔物を斬れる。奇襲は通じないし、初めての行動にも対応できた。
だがそれが異形トカゲに通じない。
首のムカデを斬れなかったし、尻尾を振るうのも予測できなかった。
「なん、でっ!」
粘液を巻きながら異形トカゲが噛みついてきたのを避ける。かと思うと蜘蛛の足が伸びて薙ぎ払ってきた。
「ふ、くっ」
距離を取りながらどうにか対応するものの、避け切れていない。体勢が整わず反撃ができない。
ムカデの胴体や蜘蛛の脚は好きに伸び縮みできるらしい。あらゆる場所から攻撃が来て厄介なんてものじゃなかった。
そうして戦ううちにすうは気づく。
「まそ、が、おかしい……!」
異形になる前からトカゲの魔素の流れはつぎはぎだった。
だが今はそれ以上にバラバラ。
ムカデ、トカゲ、粘液、蜘蛛。違うパーツごとにほとんど独立している。
魔素の流れが同じ体の中でちゃんと循環していない。
体の中で別々の魔物がいるわけではない。体にはつながっているのに、他の魔物の体へ魔素が巡った瞬間、別の動きをしだすのだ。
見た目どころか魔素すらも異形。
「ふつうじゃ、ないっ、あっ!?」
動揺した瞬間、ばら撒かれた粘液を踏んでしまった。
持ち上げようとしてもぎちゃっと音を立てるだけ。全く動かない。
【gicぎhdい】
それを見た異形トカゲの動きは速かった。がっちりと掴んでいた天井を離し、体を広げて押しつぶすように落ちてくる。
すうは咄嗟に靴を斬り、脱ぎ捨てて地を蹴った。
ずどん! と巨体が叩きつけられるが、すうはギリギリでその場から逃れている。さらに異形トカゲは背中から落ちたことですぐには起き上がれないようだ。
「……っ!」
すうは即座に走り、うねる異形トカゲの体を切り裂いた。
他の魔物の部位ではなくまだ残っているトカゲの胴体だ。そこだけなら魔素の流れは読めるし刃も通った。
胴体を切り開き、見えた心臓へと剣を突きこんで、離れる。
普通の魔物なら例えボスであっても殺せただろう。だが異形トカゲはあっさりとひっくり返った体をもとに戻し、通常の体勢に戻る。
【hhakばgあrlla】
さらにその体がびくんと痙攣し——やがて、背中を突き破るように羽が生える。
コウモリのような翼と、羽虫のごとき羽。
心臓を潰しても効果が無い。
しかも新しい部位のせいで、また魔素の流れが読みづらくなった。
「……」
すうはぎゅ、と剣を握る。
その手には冷汗が伝っていた。
ここは巨大な円形広場。
脱出はできない。
小兵に、助けを求めることもできない。
死。
その一語がすうの頭をよぎる。
……ああ、おなかがすいた。




