四十一話 すう、おなかが空く
魔素からダンジョンの道筋を読み取る。
そんなすうの挑戦は難航した。
魔物の奇襲は続くし、どうしてもダンジョン全体の魔素の流れも掴めない。
どちらが浅く、どちらが深いか。流れを読んでもどこかでかならずぐちゃぐちゃに乱れる。
何度繰り返しても、何度繰り返しても。
あまりに膨大な情報量にすうは疲弊してきていた。
しかし、そこに劇的な変化が起きる。
——すうのおなかが鳴ったのである。
「おなか、すいた」
ぐうと鳴るおなかに、すうは目を閉じたままうずくまって地面に手をついた。
今はまだ昼には遠い時間だ。ダンジョンへ降りた時点でも八時だった。慣れないことをしているとはいえ空腹を覚えるほど時は経っていない。
ではなぜおなかが鳴ったのか?
「……あさ、ごはん」
そう。
今日のすうは——朝ごはんを食べていない!
起きてすぐ小兵に連れ去られ、食べる暇がなかった……というわけではない。
昨日の夕飯をすうは楽しめなかった。それにショックを受けたすうは「あさごはん、いらない」と検査施設側に言っていたのだ。
「……おなか、すいた」
だが今は後悔していた。
試験に受からないという不安は小兵のおかげで解消したのだ。あの時に食べていればよかった。
今回は『ダンジョン・カロリーブロック』も持ってきていない。食べたものはせいぜい口に入ったムカデの体液だけ。
すうは悔やむが、ふと考える。
本当にそうだろうか。自分が食べることを忘れるだろうか。
本当は不安が残っていて、だからまだごはんが楽しめないと思ったのではないだろうか。
試験に受からないという不安は小兵のおかげで解消した。ボスを倒せばいい。
しかしボスを倒せるのかという不安があったのかもしれない。
そして今は辿り着けるかわからないという新たな不安も生まれていた。
今すぐに目を開ければ小兵のところへ戻れる。ごはんを食べに地上へ行けるだろう。
だが戻ったところで結局はまた不安を抱えるだけ。
そうだ。不安だ。不安がすうを縛っている。
ではどうすればいい。
「まそ、ながれ、つかむ」
べたりとすうは地に伏した。目を閉じ、耳を塞ぎ、全身の感覚ですうは魔素を感じる。
すべて、すべて感じる。頭がくらもうと脳の奥が痛もうと閉じた目の裏にちかちか光が瞬こうと鼻から血が垂れようと。
おなかがすいたおなかがすいた。
意識するのは空腹と膨大な流れのみ。
掴むのも難しい流れがどんどん鮮明に理解できていく。限界を超えた感知は今までの比にならないほど広い範囲を捉えた。うごめく魔物たちが、どこかで倒されたことまで。
そしてすうは気づいた。
倒された魔物の体が、魔素によって分解されている。
イメージしたのは咀嚼か、あるいは消化。
まるでごはんだ、とすうは思った。ごはんを口に入れて噛んでいるかのように、体がそれを吸収するかのように、魔物の体は溶けていく。
「うら、や、まし、い」
嫉妬が口から漏れた。自分は食べられないのに、なんでダンジョンは食べているのか。
食べているところを見ると魔物の体すら美味しそうに思えてしまう。
ダンジョンへ溶けたあとの魔素が流れていく。食べられたものが喉を通るように流れるそれをすうは追った。ひたすらにひたすらに。
やがて、その魔素が三階層への階段に辿り着くのを感じて。
ああ、これが魔素の流れなのだと、すうは理解した。
……そして、もう一つ。
三階層の、いや、それよりもずっと奥、はるか深い底の方から。
——何かが、見ている。
「はっ!」
硬い地面に寝ていたすうはバッと起き上がった。
魔素の流れへ集中しすぎるあまり、いつの間にかすうの意識は飛んでいたようだ。
顔を上げると同時にぼたぼたと鼻血が垂れ、頭が痛んだ。
「……?」
ただそれよりも、すうはさっきまで見ていた夢の内容を思い出そうとしていた。
何かとても大きく……懐かしいものを感じた気がする。
そこは、そこに。
かえらなければいけないような。
しかし、ぐう、と。
お腹が鳴った瞬間にぼんやりした意識が一気に覚醒した。
「おなか、すいた……!」
そして目覚めてしまえば夢の内容など吹っ飛び、今までやっていたことを思い出す。
「まそ、ながれ」
すうは再び目を閉じる。
意識が飛ぶ前、たしかにすうは掴んだ。
魔素の流れがどこから来て、どちらへ流れるのか。
意識を集中すれば、わかる。
ダンジョンを循環する魔素の流れ、その規則性。
ぐちゃぐちゃに巡っているものの、辺りの魔素は大きく一定の方向へ動いている。
「さんかいそう、から、にかいそう、へ」
ダンジョンの深い方から、浅い方へと多くの魔素は動いている。
そして魔素は基本的に、すうたちが通る道に沿って流れるようだ。
例外は倒された魔物の魔素を取り込んだ時だ。その時だけ深い方へ魔素が巡っていく。それが流れを読もうとするとぐちゃぐちゃになる原因だったらしい。
「たべて、のみこむ、みたいな」
先ほど感じたことをすうは言葉にする。
ダンジョンも魔物を食べて生きているのか。親近感を覚えるが、今はただただ羨ましいとしか思えない。
「おなか、すいた。……かえれるか、ためす」
魔素の流れは理解できた。
後は流れに沿って階段までちゃんと行けるかを確かめなければいけない。
ちょうど小兵が三階層への階段の前にいるのだ。そこまで戻れたら、今回の試みは成功だ。
「じかん、こえて、ない……よね?」
小兵との約束は二時間だったが、今どれぐらい経っているのか。
というかもしも超えていたらどうなるのか。小兵が物凄い速度で探しに来たりするのか。
だとしたらちょっと怖い。
なんとなく不安になってすうは少し目を開いた。まさか目の前まで迫ってきていないだろうか、と。
だがそこはただの広い洞窟、ではなく。
円形の巨大な広場だった。
「……?」
隠し部屋まで含めて二階層の全てをすうは知っている。だからわざわざ目を閉じて。初攻略のつもりで歩いていたのだ。
そしてここは二階層のはずだ。薄暗く、壁や床から岩が突き出ている。
感じる魔素も変わらない。
だがこんな場所に見覚えはない。
「ここ、どこ……?」
謎の場所にすうはいた。




