四話 スライム、鍛える
そうだ、探索者を襲おう。
スライムの思考はそれに集約した。
普段のスライムでは辿り着かない結論。飢えに狂ったと言っていい考え。
だがそうするしかないのも事実だった。
二階層の探索者は食べ物をほとんど落とさない。一階層には戻れない。
ならば二階層で、食べ物を持つ探索者からどうにか奪うしかないのだ。
かといってスライムも今すぐ探索者に襲いかかろうとはしない。そもそも力でかなわない相手だ。
走り寄って食べ物だけを盗むにしても、スライムの速度は二階層だとありふれている。
方針は決まった。
探索者を襲う。そのために戦い方を覚え、速度を上げなくてはならない。
スライムは探索者を観察し始めた。
二階層の探索者は自前の装備を持っていることが多かった。とはいってもオーダーメイドではなく店売りのものではあるのだが。
ただ画一的なレンタル品と違い、その形は様々だ。
剣や槍、斧、ハンマーに盾、遠距離なら弓矢に銃など。
逃げ隠れしながら動き回り、様々な人と武器とその扱いを学んでいく。
そして次に模倣だ。
スライムは腕のように突起を生やし、その先に今まで見た武器の形を再現した。
人間がそうしたように、腕で武器を持って振るう。しかし造り出した剣は四足歩行を始めた時のようにへにゃりと崩れてしまった。
武器を振るうのと走るのは違う。スライムの本能が、体の一部を別物のように振り回すことへ違和感を覚えている。
全く異なった感覚に慣れることはなかなかできない。
しかしスライムは腐ることなどない。飢えに飢えたスライムが、食べ物を得るために必要な行為を嫌うわけがない。
一応武器としての形を崩さなくなったころ、実戦へと突入する。
相手は探索者ではなく他の魔物だ。基本的にお互い干渉し合うことのない魔物へと、スライムは自ら挑む。
巨大なダンゴムシへ剣の形の体を打ちつけ、それを合図に戦いが始まった。スライムの剣には刃がない。ただ勢いをつけて鞭のように叩くだけだ。
ダンゴムシの体に大した傷は与えられず、そして当然、攻撃までされれば魔物側も反撃する。
ダンゴムシはくるりと丸まり、転がってぶつかってくる。攻撃を避けるのに慣れないスライムは、四足と剣を同時に扱えずもろに体当たりを受けてしまった。
体が弾けて飛び散り体積が減っていく。ダンゴムシは少し距離を離して、再び転がっての体当たりをしかけてくる。
スライムは思考し、自身の体を球体に丸めた。
そして転がって移動し、ダンゴムシの体当たりを避けたのだ。
スライムの体はどんな形にも変化する。
飢えから来る思考の加速が、変化する体を自在に扱う。それこそがスライムの武器だ。
転がりながらスライムは自身の体に剣を生成する。
腕を生やすのではなく剣の刃だけを。
そして転がって加速した勢いで叩きつけた。あまりの勢いにスライムの体も少し飛びちり、だがめきりと砕けるような音が響く。
ダンゴムシが嫌がるように体をくねらせた。
初めてのダメージだった。
スライムは理解する。必要なのは武器だけで、人の体ではないのだと。
そして速さをもって叩きつければ威力が出るのだと。やはり速さは正義だった。
学習し続けるスライムと、本能のまま動くダンゴムシ。
勝敗は明らかだった。
やがて動かなくなったダンゴムシを喰ってスライムは体を補充する。
そして休むことなく次の標的へ向かった。
いくつもの足で天井や壁に張りつき、毒液を吐くムカデ。飛膜によって宙を自在に移動し、噛みつき体液を吸うコウモリ。スライムとは違う形の粘ついた液体生物は、その場から動かず罠のように人の体をからめとっていた。
魔物との戦いによってスライムは手札を増やしていく。
もはや一階層で駆けまわっていただけのスライムではない。
自在に形を変えて相手を翻弄する超スライムが爆誕したのだ。
探索者に抗う術は手に入れた。食べ物を奪う算段はついた。
もし想定以上に強くとも逃げ切るだけの速さも手に入れた。
スライムはとうとう探索者を襲うことに決めた。
スライムは洞窟の天井を音もなく進む。かぎづめを持つ足をいくつも生成し、ムカデの如く這っていた。探索者の意識は天井にあまり向かないとスライムは知っているのだ。
人数が少なく油断しているものをスライムは探す。
やがて見つけたのは三人の少女だった。彼女たちは声をひそめて会話をしている。
「やっぱり二階層はまだ早かったですかね」
「でも二階層以降じゃないと稼ぎなんてないも同然」
「あのムカデ、今度会ったらとどめさしてやるわ……!」
洞窟に座り込む彼女たちは傷が多く、武器も貧弱。天井に全く注意を払っていない。
さらにその手には夢にまで見た食べ物が握られている。
一階層で何度も見た『ダンジョン・カロリーブロック』だ。
スライムは慎重に接近する。少女たちの首元には大した装備がなく、そこに狙いを定めていた。
剣を生成してスライムは刃を細かに振動させる。振動が切れ味を与えることも学習した。
そして一気に飛びかかろうと体に力を込めた時だ。
少女たちの一人がこう叫んだ。
「はーっ! こんなカロリーブロックもう食べ飽きた!」
スライムはぴしりと固まった。




