三話 スライム、飢える
ダンジョン・カロリーブロックと二度目の邂逅を果たしてから、どれだけ経ったか。
スライムの速度はもはや亀の走りから犬の走りへと進化していた。
這って動く魔物しか出ない一階層ではあまりに異質な姿だ。
探索者からも目をつけられ、一度は捕まったこともある。
幸運だったのはその探索者が動画のネタ目当てな駆け出しだったことだろう。隙を見て逃げ出すことができ、それからスライムは探索者へ迂闊に近寄らなくなった。
走り出すのは辺りに人が居ない時と決め、スライムは普通に這うことも多くなった。
食料を見ても探索者がいる時なら近寄らないという知恵をつけていた。
だがスライムは飢えに狂うことはなかった。
速度を上げてから発見できる食料が格段に増えたのだ。
とはいっても大抵はカロリーブロックやせんべいの欠片だけだ。ピクニック気分で来た者が魔物にびっくりして落とした、ということがなければ量は確保できない。
だがスライムにとっては食べられるならそれでいいのだ。
こぼれた欠片は少量を楽しみ、たまの落とし物は丹念に溶かす。そうして満足していた。
特に気に入っているのはカロリーブロックだ。
一階層に来る探索者に人気なカロリーブロックは、スライムも定期的に食べられる。繰り返すうちに好きになっていた。
しかしそのまま平穏を享受することはできなかった。
スライムはその日、ふと気づく。
しばらく走り回っているのに食べ物の欠片すら見当たらない。どころか人そのものが少ない。
本能が嫌なものを感じ取っていた。
それもそのはず。
その日はダンジョン課主導の一階層殲滅が行われる予定だった。
発端は、爆走するスライムの動画が大きく流行ってしまったことだった。
浅い層にしか行かない探索者は動画配信のネタとして喜ぶだけだ。
しかしダンジョンに危機感を覚えている者たちは違う。
市役所のダンジョン課にて。
「不審な動きをする魔物が一階層へ現れたそうです」
「すぐにダンジョンを封鎖し、駆除を行おう」
そんなやり取りが、動画が公開されてすぐなされた。
一階層の出入りが制限され、そしてまだダンジョンへ残っている探索者には、配布している端末に通知を飛ばし避難させ始める。
その後は腕利きの探索者により魔物を殲滅する予定となっていた。
元から『迷宮災害』を起こさないため定期的な殲滅は行われている。
持たされる携帯端末へ告知された避難通知にも、多くの探索者は大人しく従い、会話をしながらも一階層の出口へ向かっていた。
「なんか避難って表示されてんだけど! これヤバイ奴!?」
「定期の階層殲滅ちゃうか。今日は予定やなかった気ぃするけど」
「これ前に見たスライムの動画が原因でしょうか。でもスライムぐらいで役所が動きますかね」
「魔物相手に油断しないの! ……えっ!? 『ヴァローレ・フープ』の小兵さんが来るんだって! 中に残ってたら会えたりしない!?」
「どの口で油断とか言った。さっさと帰る」
そんな会話がされていても魔物たちは慌てない。人の言葉など聞き取れないからだ。
周囲の様子が変わろうとも自分に害がないなら気にしない。一階層の魔物はそんなものばかりだ。
だがもしも危機感を持ち、人の言葉が聞き取れる魔物が入れば、どこかへ逃げ出していただろう。
その日、殲滅は滞りなく終わった。
ただ変わった動きをする魔物はおらず警戒が続けられることになったという。
一階層の殲滅が行われたころ、スライムは二階層へと降りていた。
人の会話から危険を察知して難を逃れていたのだ。
一階層の草原を駆け回り続けたスライムはもはや一階層を完全に把握していた。二階層へ続く階段も見つけ出して、避難する場所として記憶していたぐらいだ。
階層の完全な把握はダンジョン用語で『踏破』という。
一階層を『踏破』して二階層へ進むスライムの姿は、まるで探索者のようだった。
ただスライムは『踏破』の用語など知らない。
求めるのはただ人の食べ物だけだ。
どこでも同じようにスライムは落ちた食べ物を探し、這い始める。
二階層は草原とうってかわって、いかにもダンジョンらしい洞窟となっていた。
地面から天井までごつごつした岩肌に囲まれ、巨大な虫や蝙蝠が飛び回る。薄暗い道は迷路らしくぐねぐねと曲がっていて、しっかりと地図を見なければ現在地がわからなくなるだろう。
草原と変わらないのはその広大さだけ。
『二階層からが本番』
探索者間ではそう囁かれる場所だ。
複雑な道も相まって、浅い階層でありながら『踏破』には時間がかかったという。
スライムも流石に未知の場所は警戒する。
ただ同じ魔獣であるからか、蝙蝠や虫はスライムに興味を示さなかった。そうと理解すればいつも通りスライムは食べ物を探す……つもりだったのだが。
ここに誤算があった。
食べ物が落ちていないのだ。
一階層に多くの食べこぼしや落とし物があったのは、誰でも入れる場所だからである。
だが二階層からは違う。一階層でノルマの魔物討伐をこなし続け、二階層以降へ進む許可をダンジョン課から貰った者だけが進めるのだ。
二階層へ来る探索者は約五割。半分ほどだ。
そして二階層やその先で精力的に活動しようとするものはその中の五割。
活動し続ける者は全体の三割に満たないのだ。
逆に言うとその三割は実力がある。
休憩中に魔物が近づいてくることなど許さないし、ぽろぽろと食べ物をこぼしたりもしない。
中には食事をした後でも掃除と落とし物の確認をかかさない者もいる。
スライムが食べ物を見つけることは少なくなった。
スライムは再び飢えた。
食べ物を見つけられず、探索者は油断のない者が多い。
二階層はスライムにとって地獄だったのだ。
一階層へ戻ろうにも、警戒は続いているのが探索者の会話からわかってしまった。
さらに階段には降りる時にはいなかった見張りが交代でついている。そこを通り抜けることはできそうにない。
飢えて飢えてスライムは再び思考を回す。
スライムは一階層で満足な食事ができていた。必要のない味覚すらも備え始めていたほどだ。
だからこそ今度の飢えは一階層で覚えたそれより強烈。
思考もまた今までの比ではないほどに回り続ける。
そしてスライムの思考は今までなら有り得ない方向でまとまりを見せる。
そうだ、探索者を襲おう。




