三十八話 すう、立ち上がる
試験の内容考えてたらこんな時間に……!
大変お待たせいたしました。
「試験の内容が発表されたぞ。——すうちゃん、ボスを討伐しよう」
ドアを破壊して入ってきた小兵が、そう言ってベッドの端に腰かけた。
答えを待つように小兵はじっとすうを見つめてくる。
だがすうは答えるどころではない。昨日の地神に見据えられた時のような威圧感はないが、単純に驚愕して頭が回っていなかった。
しばらく呆然と固まっていたすうはようやく口を開く。
「な……なんで、どあ、こわした、の?」
それが本当にわからない。
普通に職員に開けてもらえばよかったのだ。すうはここのドアにカギをかけていない、というか、かけられないのだから。
なぜわざわざ壊すのか。そしてなぜ検査施設内が騒ぎになっていないのか。
「いや、昨日の様子だと色々悩んでそうだったからな。衝撃的な登場をしたら驚いて悩みも吹っ飛ぶかと。ちゃんと直すの前提で許可は取ったぞ。『あのドア古かったんでちょうどいいです』って言ってた」
小兵はあっさりと答えた。
ふざけんなびっくりしたぞという気持ちと、実際に一瞬吹っ飛んだなぁという気持ち、ばかじゃないのという気持ち。
すうは複雑な感情に顔を歪めて、ため息と共にそれらを吐き出し、小兵と改めて向き合った。
「しけん、で……ボスの、とうばつ、っていった?」
「ああ、まずボスは知ってるか?」
「ん」
すうは頷く。スライム時代に探索者の話で聞いたことがあった。
ボス。
ダンジョンにおいて、三階層ごとに現れる強大な魔物のことらしい。
すうも一度戦ったことがある。
人の姿になる魔道具を求め、『神迷』の三階層から四階層へと降りようとした時だ。階段の途中に巨大な扉があり、中に入ると火を吐いてくる巨大なトカゲがいた。
三階層の魔物たちとは比にならないほど強く苦戦を強いられたのを憶えている。
それぐらい強い奴を試験で倒す、という話のようだが。
「……まもの、とうばつ、と、ちがう?」
すうが落ち込んでいたのは、地神が重要視するドロップアイテムの選別や地図作成ができないからだ。
ボスだって魔物は魔物。それを討伐することに意味があるのか。
疑問をぶつけるすうに小兵が携帯を取り出す。
「それが違うんだな。まあとりあえず試験の内容を見て行こうか」
携帯の画面には試験の詳しい内容が映っていた。
小兵の解説と並行して、すうはそれを読んでいく。
「最初の挨拶とかは飛ばすぞ。見てほしいのはこの辺からだ」
小兵が指さしたのは試験が行われる場所だ。
指定されているのは『神迷』ではなく、別のダンジョン。
神戸市須磨区ダンジョン。
「『水族館』だ。面倒なところを選ぶな。制限時間は八時間か」
「すいぞく、かん?」
「あー、魚とか、海の生物を観賞する場所、かな? このダンジョンが出現した場所は元々水族館のあった場所でな。その影響かは知らないけど中もそれっぽいんだよ。だから通称『水族館』」
小兵は次へと画面をスクロールさせる。
「問題はここだな。評価される点だ」
そこには三つの項目が並んでいた。
・地図作成
・ドロップアイテム回収
・魔物討伐
地図やドロップアイテムという単語にすうは顔をしかめる。昨日の問答を思い返してしまった。
「項目自体は一応変わってないな。今までもこんな感じだったはずだ。ただ地神が言っていた通り、ドロップアイテムと地図の項目に評価の対象が増えてる」
「たいしょう」
「まず、地図作成。これで見られるのは、ざっくりいうと『正確さ』『範囲』『丁寧さ』だな」
地図作成の項目の下に書かれた例を小兵はそう訳した。
「『正確さ』はダンジョンの構造をしっかり地図に描けているか。『範囲』はどれぐらいの広さを探索できたか。……『丁寧さ』と正確さの違いってなんだ? ああ、描いた地図を他人が見てどれぐらい理解できるか、か。ややこしいな」
「……どれも、できな、そう」
探索者がやるのを見てはいても大して記憶に残っていないのだ。
すうが再び俯きかける。
「そう落ち込まなくていい。私にもあんまりできないから」
「えっ」
思わず顔を上げた。なぜか小兵は指を二本立てて自慢げだ。
「とっぷ、の、たんさくしゃ、じゃ」
「いや、そりゃある程度はできるぞ。でも基本的には一緒に潜る他の奴に任せてるし……それに、今まではこんなに細かく採点されなかったんだ。特にこれ」
眉を寄せて小兵は『丁寧さ』の部分を叩く。
「多分今回初めて追加されたぞ。地図師ぐらいの専門職ならともかく、普通の探索者ならせいぜい自分で作った地図で帰ってこれたらオッケーってぐらいだったはずだ」
「それで、だいじょうぶ、だった、の?」
「現役の探索者でもそれぐらいアバウトな奴はよくいるよ。……丁寧さの部分は正直私も自信が無い。私が描いた地図は独特らしくて、他の奴に見せると首を傾げられる」
なんとなくイメージができる。
口には出さず、すうは心の中で頷いていた。
「で、次にドロップアイテム回収。こっちは『量』『質』『価値』と」
再び小兵がざっくりと解説してくれる。
「『量』は言わずもがな。『質』はドロップアイテムの状態の良さ。『価値』は現在高値で売れるかどうか。……これも、『質』は前に無かったな。しかもだいぶきつそうだ」
「きつい?」
「戦闘しながら荷物を守るのは難しい。荷物運びを専用で雇うんでもないとな。なのにどうも『質』が良くないと減点の幅がでかくなるって書き方をしてるように見える。慎重に探索して、戦いもそこそこにしないと……ふぅん?」
「どうし、たの?」
疑問を覚えたような小兵にすうが訊ねる。しかし「なんでもない」と言われ次へ進んだ。
「最後に魔物討伐。これは『数』『強さ』とシンプルだな。要するにどれぐらい強い奴を、どれぐらい倒せたかってことだ」
「でも……ひょうか、きびしそう」
「明らかにこれだけ減点要素が強いな。怪我が酷いと減点。武具の損傷も評価に関わってくるし、事前に持ち込んだ消耗品の減り具合も見られる。ふむ」
何かに納得したように小兵が頷き、もう一つの項目を飛ばして、画面をスクロールする。
「そして何より、『制限時間以内に帰れなければ著しく評価に関わる』と」
「……」
ここまで見てすうはなんとなく気づいたことがある。
地神の嫌味な顔を思い出し、この感想が合っているかわからないと思いつつも、すうは口に出す。
「あんぜん、だいいち、って、かんじ」
そういえば地神は地図にしろドロップアイテムにしろ、ずっと命や体を守ることを説いていた気がする。
「そうだな」
あっさりと小兵も同意してきた。
すうはついちらりと小兵を見た。地神と嫌いあっているように感じた小兵だ。「そんなやつじゃない」と否定されるかと思っていたが。
「だが、そんな中に一つ異質なものがある」
小兵はさきほど飛ばした項目へと戻ってきた。
それは魔物討伐の中の、一番下に書かれている。
「『ボス討伐』。これには怪我や消耗の減点はない。しかも討伐したら最高クラスの評価を得られる、ときた」
「なんで、これだけ」
すうは疑問に思う。
他は安全な探索を推奨しているようなのに、危険だろう『ボス討伐』は推奨されているように感じる。
「ボスを倒せるレベルの実力があるなら、それは即戦力だからな。才能を発掘するのが譲れない奴がいるのさ」
どこか遠くを見るような小兵。
だがすぐに気を取り直したのかカツンと画面を叩いた。
「この『ボス討伐』を目指すのはどうだ、すうちゃん。正直、この内容だとただ魔物を倒すだけじゃ不安が残るのも確かだ。だがボスは倒せたらほぼ確実に合格だ。そして、すうちゃんなら必ず倒せる。私の見立てではな」
「……かくじつ」
「もちろんすうちゃんの意思が一番重要だ。死ぬ危険はそこらの魔物の比じゃないし、未知のダンジョンだからな。安全なのは今回で試験を体感して、次までに合格を目指すこと。次の試験は三か月後だ、すうちゃんなら絶対確実かつ安全に突破できるだろう」
「……」
「賭けに負けるとしても……あおった私がいうのもなんだが、命が一番大事だ」
小兵の目は真剣だ。
すうがボスを倒せると確信している。だが安全な方を選んだとして馬鹿にされることもないだろう。
きっと、どちらでも笑って受け入れる。
大雑把でもそこは信用できる。
だから後はすうの気持ち次第だ。
ドロップアイテムや地図の知識を今から覚えるか。
不確実でも魔物をただ倒し続けるか。
それとも——ボスを倒すか。
かつてのトカゲは強かった。だがそれはすうの攻撃が固い鱗に通りづらかったからだ。
今のすうなら魔素の流れを感じれば弱い部分は見つかる。
武器も新しくすればもっと楽に戦えるだろう。
それでも危険は危険だ。
ボスを倒すのはなんのためなのか。
地神を見返したいという気持ちもある。
凛たちに勝つのも重要だ。
でも。
……すうの中で、一番重要なのは?
やがてすうはベッドの上から立ち上がった。
「ボスを、たおす。……それで」
「……それで?」
「——ぜったい、おいしく、ごはんを、たべる……!」
それこそが、すうにとって一番重要だった。
昨日のごはんに夢中になれなかった。
試験に落ちると言われたからだ。地神の威圧感に怯えたからだ。凛たちに負けるかもしれないと思ったからだ。
だがそれらは全て、試験にさえ合格してしまえば問題ない。
負ける心配はなくなりファミレスへ行き、ケーキが食べられる。地神の威圧感などケーキの前にはきっと全て忘れられる。
そして、それに——いつまでも地神や小兵に怯えていられない。
強くならなければいけない。
ボスへ挑むのは、そのための一歩でもある。
すうはおいしくごはんを食べたい。
なにも気兼ねなく。
だから、ボスを倒して、絶対に受かる。
もうこれ以上ごはんを楽しめないことなどあってはならないのだから——!
「うーん、すうちゃんはやっぱりそれが一番なんだな」
小兵は笑い、バッと立ち上がる。
「よぅし、それじゃあ行こうか」
「……? どこ、に?」
「ボスを倒すには武器が必要だろう」
「武器屋へ行くぞ」




