三十七話 すう、うつむく
すみません、遅くなりました
ダンジョンで稼ぐための方法を地神が力説する中、すうはちょっと興味がそがれかけていた。
稼げると言われたが、期待していたほどでもなかったのだ。
羽を四つ集めると百円とはいうが、魔物を一体狩るだけで五百円。いちいち拾うより走り回っている方がたくさん稼げる。
気になったのは五階層のゴーレムぐらい。
ドロップアイテムが高値な上に、魔物も寄ってくるならちょうどいい。でも魔物を意図的に寄せつけるのはダメなのだったか——。
そんな風にぼんやりと考えていたすうは。
「キミは知識を持っているか?」
地神に見下ろされた瞬間、びくりとその身を固めた。
頭上にある目から感じるのは身が竦むような圧力だ。
体格が大きいからというわけではない。存在そのものが押しつぶしてくるような強大さを持っている。
それは小兵に感じたものと等しい威圧感。
答えを待つように地神は目を細める。だがすうは目をそらすことも口を開くこともできなかった。
「おい」
そこに割って入ってきたのは小兵だ。
前に立つ小兵により地神の視線から隠され、圧力が減った。
ふんと地神が息を吐く。
「答えられんか。ならば、キミは落ちるということだ」
すうが答えなかったのを知識がないからだと思ったらしい。
ただすうはそれを悔しいとも思わず圧力を感じなくなったことに安堵していた。
ただ小兵は気分を害したらしい。とげを感じる声で言い返そうとする。
「好き勝手言ってくれるな。そもそもこの子は——」
「おっと、電話だ」
「聞けよ」
鳴り響いた携帯に構わず小兵は文句を続けようとするが、地神は耳に栓をして電話の相手と話をしていた。
やがて地神は電話を切って踵を返す。
「仕事が入った。俺はここで失礼しよう」
「言うだけ言って帰るな!」
「そこのキミ、今回はダメでも次がある。知識をつけて出直すことだ」
期待している、と大して感情のこもっていない声で言って、地神は去っていった。
その間、すうは小兵の後ろでうつむいていた。
「あのクソデブ……! すうちゃん、気にするなよ。あいつ誰にでも嫌味と罵倒交えて話すんだ。……すうちゃん?」
すうはうつむき、胸のあたりを握りしめていた。
もやもやするのでも、むずがゆいのでもなく、胸のあたりがじくじくと痛む。傷がついているわけでもないのに。
『キミは知識を持っているか?』
地神の言葉が頭に響く。
さっきは答えられなかったが、実際すうにドロップアイテムの知識はない。地図も作れない。口を開いていたとしても「もっていない」としか言えなかっただろう。
魔物を倒すだけではだめなのだとしたら、できることはないのだ。
これから覚えたとしてもそれでどうにかなるのか。
「んん……」
すうの胸に嫌な不安が刻まれていた。
するとぽんと頭に手が置かれる。小兵だ。
「大丈夫だ。さっきも言ったけど、あいつの言うことは話半分に聞いておけ」
「……」
「そもそもの話としてな」
小兵は呆れたような表情になる。
「あいつはすうちゃんの存在が規格外なことを知らない。一日で二百体も魔物を討伐する特例探索者なんかいないからな? いくら試験が厳しかろうが、それができる子を落としたりなんかしないぞ」
「お、おお」
ぐいと顔を近づけてきて小兵は断言した。
のけぞりつつすうは頷こうとして……だが、素直に肯定できない。
言っていることはわかる。すうだって他の探索者をスライム時代に知っている。
二階層の探索者には魔物を倒せず逃げたものもいた。それぞれ実力に開きはあるが、一番下はそれぐらいということだ。
だが。
「りん、にも、できない?」
すうが気にしているのは凛たちだ。
魔物に囲まれても突破できるだろうと小兵は認めていた。
そんな彼女らとすうは勝負をしている。
試験に受からないのは困る。
しかしそれよりも賭けに負ける方が嫌だった。
「あー、あの子たちか。……そうだな、ドロップアイテムを回収する時も選別してたし、魔物の知識はちゃんと持ってそうだが」
もしもドロップアイテムの選別や運び方の数で勝負することになったなら、凛たちに勝てないのでは。
それがすうにとって一番の不安だ。
「あくまで試験は探索者の実力を見る。競い合いにはならないだろうし、それでも合格者が一組しかでないなんてことは……けど、地神だからな」
小兵も歯切れが悪い。
「……」
珍しくすうは弱気になっていた。
それは地神の圧力を受けたからというのもあるだろう。
地神の強さは恐らく小兵と同格なのだと、すうは感じ取った。そんな相手に真正面から否定されて委縮しているのだ。
「まあでもすぐに試験の内容は出るだろう。それを見てから対策するのでもすうちゃんなら間に合うだろうし——」
小兵は励ますような言葉を口にしていたが、すうの頭にはあまり入ってこなかった。
不安を抱えつつも門限が迫り、すうは検査施設へと送り届けられた。
松ノ木が会いに来てくれて少し安心を取り戻したものの、試験のことを考えるとまた気分が落ち込む。
その日、すうは初めて晩御飯を心から楽しめなかった。
食べている最中に試験や凛との勝負が心をよぎって味わいきれない。
ごはんに夢中になれなかったことはなによりすうをへこませた。
そして、翌日。
検査施設の真っ白な部屋のベッドで、すうがのっそり体を起こす。
いまだに心へのしかかる重みで体が鈍い。ごはんを食べたいが、昨日のように楽しめなかったらどうすればいいのか。
「……むぅぅ」
すうが頭を抱えた、その時。
メギィ! と。
恐ろしい音と共に部屋のドアが破壊された。
「!?」
「よー! おはよう、すうちゃん!」
捩れるように壊れたドアからひょいと小兵が入ってくる。
安全だと思っていた部屋へ猛獣が乗りこんできたような状況に、すうは悩みが吹っ飛びベッドの上であとずさる。
「な、なな、なん、で……!?」
「試験の内容が発表されたぞ。——すうちゃん」
すうの混乱も無視し、ずかずかとベッドへ近づいてきた小兵がにっこり笑った。
「ボスを討伐しよう」




