三十六話 すう、知識を得る
「キミは、落ちるな」
太い指をいきなり目の前に突きつけられ、すうは鼻白む。
「人を指さすな」
だが次の瞬間、小兵の手刀が地神の指を叩き落とした。べきりと指が変な方向に曲がったように見えたが、地神も小兵も気にした様子はない。
「というかいきなりなんだ。落ちる? すうちゃんが?」
「彼女の問題というよりはお前の問題だがな、小兵」
「あ?」
「どうせダンジョン探索は魔物を倒せればいいとでも教えているんだろう?」
「当たり前だろ」
地神は額に手を当ててふうと首を横に振った。
そしてごきごき拳を鳴らす小兵へ指導をするように指を立てた。折れていたはずの指はいつの間にか治っている。
「違うな。今の探索者に必要なのは力ではない、知識だ。迷わないための知識、そして稼ぐための知識!」
「かせぐ……?」
魅力的な言葉にすうが反応する。
「すうちゃん、こいつの言うことは話半分に聞いておいた方がいい」
「いいやしっかりと聞いていけ。そこの突撃猪からはけして出てこない話だ」
「なんだとコラ。私だって知識が必要なことぐらいはわかってる。そのうえで魔物に殺されないために力が一番欲しいだろうが」
「そんなものは安全策をとればいいだけの話だな」
小兵の言葉を鼻で笑い、地神は語り出す。
「いいか、力などダンジョンに潜り続ければそのうちつくものだ。魔素はそこにいるだけでも体に浸透してくるのだからな」
「魔物を倒した方が大量に取り込めるだろ」
「それで死ぬ危険をわざわざ上げるか? ダンジョン探索を繰り返すだけでも強くなるのだから、最も重要なのは生きて帰ってこられること。そしてそのために迷わない知識——つまり、地図の作り方やダンジョン内での安全な道の選び方が必要になってくる。では、安全な道とはなにかわかるか?」
いきなり話を振られ、すうは慌てて思考を働かせる。
安全な道。ダンジョンの中で安全……?
元スライムのすうとしては、一番安全なのは探索者の居ない場所だった。
そして人の姿になってからは一階層での戦い以降で危険を感じたことが無い。
経験が特殊すぎて口に出せない。
「わ、わかん、ない」
「わからなくても案は出せ」
「上司か。さっさと話進めろ」
「ふん、ダンジョンが危険なのは、人を襲う魔物がいるからだ。つまり魔物と合わない道が安全というわけだ」
そんな道はないのでは。すうが疑問に眉を寄せる。
「当然、全く合わないのは不可能だろう。しかし斥候ができる人員がいれば道の先に魔物がいるかがわかる。魔物の情報を調べていれば、それが危険なものかもわかる。そして撤退する際に地図を描いていれば迷わない。つまり無駄に魔物と遭遇する危険が減らせる。迷わないための知識は生存率を上げるぞ。そこの全身腕力人間のように魔物の群れを突っ切れるものばかりではない」
「突破できるならそっちの方がいいだろ」
「んー……」
言っていることは理解できた。
ただすうは今のところ二階層で苦戦した覚えがないため実感はできない。地図がなくても道はわかるし魔物はむしろ現れてほしい。
聞きたいのはもう一つの方だ。
「そして次に稼ぐための知識だ」
「!」
すうは身を乗り出す。
横の小兵からは静止の言葉がかけられている。だがさっきの理論も納得はできたのだ。
仲が悪いらしい小兵が納得できなくてもすうは聞きたい。
興味津々なすうを見てか地神がにやりと笑った。
「探索を安全なものとするためには様々な道具が欠かせない。装備を揃え、手入れし、食料や水を買い込み、ポーション等の薬品も用意しなければならない。そのために必要なのは——そう、金だ」
地神の指が太い丸を作った。
「便利な魔道具など買おうとすれば金はいくらあっても足りない。そこで必要なのは魔物を討伐する強さよりも、高値がつくドロップアイテムを判断し、選別して持ち帰る鑑定眼!」
「おお……!」
「ドロップアイテムの全てを持って帰ろうとすると、膨れ上がった荷物で階段をのぼれなくなる。どこかのバカのように」
「いちいち私を引き合いにだすのやめろや!」
「おやおや、俺はバカとしか言っていないが? おやおやおや?」
小兵の一撃が地神の腹へと直撃した。
地神の巨体が浮く。しかしどんと着地した地神は平然とまた話を続ける。
「特例探索者は二階層までしか入れないが、その中で最も高価なドロップアイテムはなんだと思う。ああ、魔石はなしだ。アレが高価なことは誰でも知っているからな」
「……とかげ、の、どれか?」
「ふん、ホームガードか」
トカゲの正式な名前を口にし、地神は笑う。
「その名を挙げた理由を当ててやろう。強かったからだな?」
「!」
その通りだった。
今のすうからすればどれも変わらないが、スライム時代に戦い始めたばかりのころトカゲは、二階層だと一番手強かった。
「だが違う。魔物の強さとドロップアイテムの値段が釣り合うとは限らない。二階層の魔石と三階層の魔物の一部では、たいてい魔石の方が高い」
「まそ、おおい、から?」
「それもあるが、必要のないものは売れんということだ。ドロップアイテムに値段をつけるのは人間だからな。ホームガードの体は大して使い道がない。二階層で最も高く売れるのは、羽虫の羽だ」
小兵がつまんでいた羽をすうは思い出した。
「あれはシャロウ・ポーションの素材になる。効果は弱くとも、傷を雑に治すポーションは大体の人間が求める。二対四枚で百円だな」
「……あんまり?」
「安いか? だが魔石より遥かにドロップ率は高く、羽は軽いし崩れてもいいため持ち運びに気を遣わん。逆に買い取り額が高くとも労力に見合わんものもある。五階層や六階層にいるゴーレムから取れる金属は、一キロで二十万と浅層としては高い。だが重くて持ち運びに苦労する上に、鉱石を喰う他の魔物からつけ狙われる。そういった知識をつけておけば、どんな魔物を狙うかのあたりをつけやすい。無駄に命を張らなくて済むというわけだ」
地神は一気に語り、すうを覗き込んできた。
その目には小兵にも似た圧力が宿っている。
「今回の試験ではそういった知識を採点する。魔物を討伐するだけではいけないというわけだ。キミは知識を持っているか?」




