三十三話 すう、コンビニへ行く
地上へ出た時に纏っていた魔道具、【隠れ蓑】。
その名を思い出してすうは声を上げた。
それに小兵は一つ瞬きをして、手を叩く。
「ああ、あれか! 完全に忘れてたな」
すうも同じく忘れていた。
今まで魔道具に興味など持っていなかったうえに、地上へ出てから一度も手元に戻ってなかったのだ。
だが今は違う。
魔道具は高価であるらしい。
ならば、アレも高値で売れるかもしれない。そうすると食費が大助かりだ。
どこまでも食に貪欲なすうは勢いこんで小兵へと詰め寄る。
「あれ、どこいった、の!?」
「え、えーと。たしかダンジョン課の方で預かってるはずだ」
「とりに、いく!」
「ちょっと待て、落ち着け。特例探索者が普段から魔道具を持つのは認められてないぞ」
肩を掴まれながらそう言われ、すうは驚愕と共にぐるんと振り向いた。
「なん、で?」
「うわぁ首大丈夫なのか……なんでと言われると、魔道具は危険だからな。解析して再現された日用品ぐらいならともかく、【隠れ蓑】みたいな探索向けに分類されるものは悪用されると被害がでかいんだ」
危険だから、持たされない。
「……つまり、うれない?」
「え、売るつもりなのか!?」
「え、うん」
逆に食費にする以外なにがあるというのか。
そんな疑問を持って見返せば小兵が目を覆った。
「いや、単に持ち歩けないだけで所有者ではあるからな。売ることはできる……けど」
「けど?」
「防具として使った方がいいと思う。ダンジョン内なら同行者が許可すれば使えるから」
「……ぼうぐ」
「お金も浮くし、十万ちょっとで店売りを買うより魔道具の方が性能もいい」
あまりの盲点にすうは目をみはった。
お金に目がくらんで装備の購入を忘れていたわけではさすがにない。
【隠れ蓑】は基本的に布だ。あの薄さでレンタル装備のような防御性能があるのか、それが疑問だった。
すうの表情から疑問を察したのか小兵が解説する。
「魔道具は魔素を溜め込むって言っただろう? 基本的にそこらの金属より頑丈なんだ。ものにもよるが、三階層までの魔物の攻撃なら十分防げるぞ。まあ【隠れ蓑】はマントみたいな形だから要所の守りは必要になるだろうけど、それでも三分の一ぐらいには抑えられる」
「なる、ほど」
お金が浮くのは素晴らしい。
しっかり使えるのなら残しておくのもいいだろう。
「……ちなみに、うったら、いくら?」
それはそれとしてどれぐらいの値段になるのかすうは気になっていた。
「まだ売る気なのか……浅層で出るとはいえ【隠れ蓑】は一応需要も高いからな。五、六十万ぐらいか? 今日の収入の四倍ぐらい」
「!? ……」
「悩むな悩むな。いやすうちゃんのものだから最終的に自分で決めればいいんだが。もし後で必要になって買い戻そうとすると、最低でも百五十万はするぞ。それに防具は性能が高い方がいい。けちると命にかかわる」
「……にかいそう、ぐらい、はだかで、も」
「異論はないけど、松ノ木が悲しみそうな光景だ」
裸で走り回る自分を見て、無表情ながら悲しむ松ノ木の様子を想像してしまった。
なんならちゃんとした防具でなければ心配をかけそうだ。
「……やめとく」
「うん。ダンジョン内でも公序良俗は気にしような」
売るのをやめるという意味だったのだが。
本気で裸で駆け回ることを心配されているようだ。すうは両手を振り上げ抗議した。笑いながら小兵も同じく手を振り上げてきた。怖かったのですうは矛を収めた。
「そんな怖がらないでも……あー、お金は浮いたわけだし、明日もファミレスに行くのか?」
話を変えた小兵にすうは首を横に振る。
「おかねういた、から、ちがうの、たべる」
ファミレスのメニューを制覇しようと思っていたが、一階層で聞いたごはんの中に気になるものがあったのだ。
いくらになるかわからないため手を出せなかったが、数万円も余裕ができたなら食べられるだろう。
「そんなに高いものなのか?」
すうはぐ、と拳を握りしめてその名を紡ぐ。
「かっぷ、らーめん」
「百円ちょっとで買えるよ」
「!?」
あれほど美味しそうな響きで!?
「なんなら門限まで時間もあるし売ってるところに寄っていこうか。ほら、あそこ」
啞然とするすうに対し、小兵が前方を指さした。
カップラーメンが売っている場所、という言葉に反応してすうはバッと指の先を見た。
あったのは、緑と白と青で彩られた看板。
その下には同じ色の屋根を持つ建物。
名を、『Fighting Mart』。
「ファイマ。コンビニだな」
「?? なまえ、どっち?」
「あー、コンビニはコンビニエンスストアって言って……うん、まあどっちでもいいんじゃないかな。ファイマはコンビニだしコンビニはファイマです」
説明をぶん投げて小兵は足早にコンビニへ向かった。すうも慌ててついていく。
入ると同時に高い音が鳴り、「いらっしゃいませー!」と元気のいい声で迎えられた。
突然の人間に身を竦めるすう。
だがその目はしっかりと店員の横にある食べ物を目に捉えていた。
透明なケースの中に入れられているのは、肉のように見えるが少し違う。薄黄色や茶色で表面がでこぼこしていた。
細い棒に刺さったものもあれば、横たわっているものもある。共通するのは、美味しそうなその姿を見せつけるように置かれていることだ。
「ホットスナックだな。揚げ物だよ」
横から小兵がそう言った。
ホットスナック。揚げ物。聞いたことはないが、漂ってくる匂いがすうの食欲を刺激する。
「カップラーメンはこっち」
ふらりとホットスナックへ引き寄せられかけた時、小兵に腕を取られ別の方向に連れていかれてしまった。
すうはそれを残念——とは思わない。
なぜなら、見てしまったからだ。
ホットスナックを過ぎた向こうに、容器に入ったいくつもの、見たこともない食べ物が並んでいるのを。
それもファミレスのようなメニューに載ったものではない。
実物だ。
あまりの衝撃に残念がるどころではなかった。
そして引きずられていく時にも、間の通路に食べ物らしきものの袋が目に入る。
どうしてこんな量の食べ物があるのか。そんなに無防備でいいのか。
あるいは見間違いなのか。幻術か、幻術なのか。
ダンジョンでもたまにあるのだ。他者の好むものを映し出す真似鏡だとか。スライム時代に食べ物を映し出されて何度騙され、何度叩き割ったか。
空転する思考のまま運ばれたすうは、やがて小兵から肩を叩かれた。
「すうちゃん」
「ふあっ」
どこかをさまよっていたすうの意識が戻ってきた。
「ここがカップラーメンの棚だ」
だが目の前にあるものを見て、再び完結しない思考に引きずり込まれた。
見上げるほどの棚には、すうの頭のずっと上から足元までぎっしりと商品が敷き詰められている。被せられている包装には、カップラーメンの中身なのだろう麺が躍動していた。
全てがカップラーメン。
全てが食べ物。
突如として現れた大量の情報に、宇宙を背景に浮かばせる猫のような顔ですうは固まる。
「どうせなら、コンビニの中も全部まわろうか」
すうの様子に口元を押さえて震えながら小兵が言う。
すうにとってダンジョンよりも遥かに未知な建物、コンビニ。
その探索が始まる——!
たぶん探索はダイジェスト




