二十七話 すう、因縁に出会う
異様な気配を放つ小兵にすうは思わず足を止めた。
『あああっ、もうっ!!』
『これ、もう無理じゃ……っ!?』
だがどこかから人の悲鳴が聞こえてきたと同時。
「なんだ?」
小兵の気がそれ、にじみだしていた威圧感が消えた。
——よかった。
すうが安堵と共に額の汗を拭っていると。
『分断されました……っ!』
『持ちこたえて!』
再び追い詰められたような声がかすかに響いてくる。すうたちの進む先からだ。
普段通りの気配に戻った小兵はそちらを見て目を細める。
「探索者だな。たぶん魔物に襲われてピンチになってるんだろう」
「……たすけない、の?」
探索者がピンチだと言いつつ小兵は腕を組んで動かない。その姿にすうは疑問をぶつける。
なんなら魔物であるすうの方は足を踏み出していたというのに。
「いや、助けには行く。ちょっと様子を見てただけだ。……一応聞くけど、すうちゃんも助けたいってことでいいな?」
「ん」
人間なら人間を助けるものだろう。
そんな考えで頷けば、小兵は組んだ腕をほどいて駆け出した。ただその速さはすうが全力でなくても追いつける程度だ。
小兵は前を向いたまま忠告をしてくる。
「すうちゃん。ダンジョンの中で悲鳴が聞こえてきた時、助けるかどうかは慎重に判断しよう。トラブルに発展することも少なくないからな」
「とらぶる?」
なぜ人を助けに行って問題が起きるのか。
「色々理由はあるけど、戦っているところへいきなり飛び込むと、魔物と間違えて攻撃されることがある。追い詰められてると興奮して周りが見えなくなってることも多い」
「なるほど……」
納得しつつ、すう自身が魔物なせいで間違いとも言いきれないのがややこしかった。
「あとはまあ、助けても魔物を横取りされたって逆ギレしてくる奴もいる。命と一緒に金もかかってるからな」
「わかる」
お金は重要だ。ごはんを食べるために。
検査施設へ帰ればごはんは出るすうと違い、自分で稼がなければ食べられないのなら、怒る気持ちは理解できた。
あと助け方によっては文句を言いたくなるのもすうはわかってしまう。実際に口にするかはともかく、心の中でもうちょっとなんとかならなかったのか、と言ってしまうのだ。大雑把に腕をくっつけられたりしたら特に。
「それと……元から助けにきた人を襲う目的の奴らもいる」
「……? なんで?」
「魔道具やドロップアイテムを奪うためだ」
「……なんで?」
答えを聞いても疑問は晴れなかった。
——なぜ、わざわざ助けに来てくれた相手を襲うのか。すうにとっての、松ノ木や小兵を。
率直な疑問を込めたすうの声に小兵は苦笑していた。
「その気持ちは大事にしてほしいが、人によって色々事情もある。まあ魔物を倒した数は探索ライセンスでわかるから、変にドロップアイテムが多いとバレたりもする。抜け穴はあるけどな。……でも、そういう奴らへの対処法が一つある」
耳を傾けるすうへ小兵はぐっ、と握った拳を見せた。
「殴る」
「なぐる」
「因縁つけてくる相手はとりあえずぶっ飛ばしていけ。しらばっくれとけばダンジョン内のことは確かめようもない。……さて、そろそろだ」
とんでもないことを言い放った小兵が曲がり角を指さす。
その向こうから確かに声が響いてきている。かなり切羽詰まっているように聞こえるが、小兵はすぐに飛び出したりはせず、叫ぶ。
「助けはいるか!?」
少ししてから声が返ってきた。
「お願いします!」
「よし!」
曲がり角を出る。
そこにあったのは、通路一杯に広がる魔物の群れと、それらに襲われる三人の少女という光景だった。
すうはその光景に違和感を抱いた。
「おおい、し、バラバラ……?」
二階層の魔物が群れることは少ない。羽虫が何匹か一緒にいるぐらいで、コウモリもトカゲも一体か二体でいるのが基本だ。だからすうは走り続けて探しているのだ。
だというのに、ここに集まる魔物は大量で、しかも種類が違っていた。コウモリもトカゲも羽虫も入り乱れている。
共通するのは探索者を襲っていることだけだ。
探索者もまたバラバラだった。手前に二人、奥に一人と分断されている。大量の魔物に囲まれて身動きが取れないようだ。
「手前は私がやる。すうちゃんは奥を」
「ん」
疑問は後回しに、すうは地を蹴った。
岩を蹴り、壁を駆け、飛びかかってきた魔物を叩き落として少女二人の横を通り抜ける。
そして奥側の少女の状況を目にした。
少女は素手で十数体の魔物に囲まれている……いや、違う。手と足に厚い甲を装備し、徒手空拳で魔物の相手をしていた。
飛びかかってきたトカゲを蹴り飛ばし、宙を飛ぶコウモリへぶつけて落とす。他の魔物を牽制しつつ落ちてきたコウモリをトカゲごと踏みつぶしていた。
囲まれてはいるがすぐに割り込まなければいけないわけではない。
そう判断したすうは天井へと駆けた。
「さきに、ムカデ」
天井にはムカデがやはり何匹も這い、少女の真上に集まっていた。剥がれ落ちるように落下しようとしている。
すうは壁を蹴って天井の近くへ跳び、斬るのではなくムカデの関節へと剣を突き刺した。
ギチギチ音を立ててムカデが体を振る。すうはその体を足で挟んでがっちり背中に張りつく。
天井からぶらさがるような形で、ムカデが体を振る動きを利用しながら、他のムカデを斬り飛ばした。
最後に張りついているムカデの頭を潰し、下を飛ぶコウモリを踏み(ついでに斬り殺し)ながら地上へと降りた。
それと同時。
「っぎゃーーっ!!? ムカデ……っの死体!? は、なんで!? うわべったべた!」
「あ」
すうが斬り殺したムカデが少女に降り注いでいた。
体液でべたべたになった少女は、それでも魔物を殴り倒してはいるものの、その動きは精細を欠いている。明らかにすうのせいだ。
「ご、ごめん」
すうは慌てて少女を囲む魔物を斬り飛ばす。
その後、すうたちは危なげなく魔物を倒していった。
すうにとって二階層の魔物は相手にもならないが、少女も相当なものだったのだ。
あのまま戦っていても勝てたのではないか。すうがそう考えるほどだった。
「おわ、り」
最後のトカゲへ止めをさし、辺りに動くものがなくなったのを確認し、すうは力を抜いた。
「あんた、なに?」
同時に少女の方から声をかけられる。
相変わらずその体はべたべたで、すうを睨んでいる。
それに申し訳なくなりつつ——だが。
すうは、その声に気を取られた。
どこかで、聞いたことがあるような。
「助けに来た、なんて思うんじゃないわよ……!」
少女の声、姿、言葉遣い。
それを間近で見て、すうは一人の人間を思い出した。
それは、その人間は。
「あのね、あたしはあれぐらい一人で——!」
「うぬぁーっ!!」
「は!? ちょっ、ええええ!?」
全てを悟ったすうは、全力で少女へと殴りかかった。




