二十六話 すう、ドロップアイテムを学ぶ
「ごほん。さて、ドロップアイテムについてだが……」
何かを誤魔化すように咳ばらいをして、小兵が解説を始めようとする。
ただその先が続かず沈黙が続いた。
どうしたのかとすうは振り返る。
「つづき、は?」
「あ、このまま話すのか。止まらないんだな?」
すうはずっと走り続けているままだった。
「おかね、かせぐ」
「おお……了解」
振り向き断言するすうに小兵は引き下がる。
すうの目には尋常ではない熱意が宿っていた。
三日後の試験を受けるためには自前の装備が必要で、その装備は高く、ごはんのためのお金が削られる。
食べたいものを食べるため魔物は大量に狩らなければいけない。
まだ今日は三匹、千五百円しか稼げていないのだ。足を止めている暇などないのである。
「じゃあそのまま聞いてくれ。ドロップアイテムは魔物を倒した時に落ちるものの総称だ」
話に耳を傾けつつ、すうは少し先の天井にいる巨大コウモリをロックオンする。
足に力を込めてまた壁を駆け上ろうとし——ひゅ、と鋭い音を立てた何かが顔の横を通った。
それが刃渡りの大きなナイフだと気づいたのは、ドゴンとナイフが巨大コウモリの顔面に突き立ってからだった。
すうが振り向けば、腕を振り切った小兵が走りながら平然と話を続けている。
「その種類は大きく言うと二つに分けられる。地球に元からあるものと、なかったものだ。例えばあのコウモリ……エッジバットからドロップしたのは、あいつの体の一部。地球にはなかったものだな」
呆然とするすうを軽い足取りで追い越し、小兵は巨大コウモリの横に落ちている牙と、投げたナイフを拾った。そしてすうの横にぴったりつきながら牙を見せてくる。
「ただの牙に見えるけど、魔物の体は地球の生物のどれとも遺伝子だかなんだかが違うとか。あと一番の違いは魔素が含まれているかどうかだな。地球のものなら、ダンジョンからドロップしても魔素は含まれてないらしい」
「……なる、ほど」
頷きつつもすうは自分が倒せなかったコウモリの方に気を取られていた。
すうはもっと先の魔素を感知し、岩陰に隠れたトカゲを見つけ出す。
だが駆け出そうとした瞬間にまたナイフが飛び、岩からはみ出ていたトカゲの頭を爆散させた。そして小兵がナイフとドロップアイテムを回収しにそちらへ走る。
「むぅぅ……!」
「あと、ドロップアイテムは魔物の体とは別に出る。あのトカゲの頭は弾け飛んでたのに、ドロップした舌は綺麗なものだろ? 欲しい部位を壊して手に入れられなくなる心配はないってことだ」
すうは今度こそと先に魔物を見つけようとする。
だが感知するより早くナイフが放たれた。薄暗闇に消えたナイフが、何匹かの魔物を蹴散らす音が響く。
「ただ、今みたいに体をバラバラにした結果、どれがドロップアイテムかわからなくなったりもする。それも見分け方があって——」
「ふぐあーーっ!!」
すう、キレた!
隣を走る小兵へ拳の一撃! あっさりと避けられる!
「うわっ、どうしたすうちゃん!?」
「わざと!? わざと、やってる!? わたし! まもの! ぜんぜん、たおせない!」
「あ!? ごめんつい良い教材があると思って!」
「つぎ! わたし! たおす!」
「了解!」
涙目で頬を膨らませるすうに小兵は敬礼を返してきた。
「えーと、それで見分ける方法なんだが。ドロップアイテムは落ちてもしばらくダンジョンに吸収されないんだよ。魔物の体が溶け切っても残ってるから、わからなくなった時は待つといい」
説明を聞くうちに体がバラバラになった羽虫の魔物の姿が見えてきた。
羽虫たちの体は溶けていっているが、中でも薄く溶けやすそうな羽は綺麗に残っている。これがドロップアイテムなのだろう。
「なるほど。ありが、とう」
気分を落ち着かせてすうはお礼を言う。説明してもらえるのは助かるのだ。
「いや、同行者としての仕事だからな。……前に説明飛ばしちゃったし」
何かボソッと言われた。だが小声かつあまりの早口で、隣にいるすうにも聞こえなかった。
ただすうにとって何を言われたかは気にならない。
「でも、なんで、ませきは、高くな、る?」
そう、問題はそこだった。
ドロップアイテムの話が始まったのは、魔石が高く売れると聞いたからだ。
「おしえて、こひょう」
「魔石はちょっと特殊で……え? いま呼び捨てにされた?」
すうの中で小兵への敬意は薄れていた。助けられているとしても小兵は大雑把なのだ。
ファミレスにいった時、いちいち反応を面白がられていた恨みも思い出し、すうは人の名前を初めて呼び捨てにした。
「とくしゅ、って?」
「あ、そのまま続けるんだ。まあいいか」
小兵は大雑把だった。
「魔石も地球に存在しない種類のドロップアイテムだ。魔物の素材と違うのは——それそのものが純粋な魔素の塊であること」
コウモリの牙と魔石を、小兵はそれぞれの手に持つ。
牙はすうの手のひらほどの大きさ、魔石はすうの指先程度だ。
「この二つを比べた時、魔素の量は魔石の方が数十倍多い」
「まそが、おおい、と、ねだん、たかい?」
「それもある。魔素は生物や物を強化するからな。ダンジョンは深く潜るほど魔素は濃くなり、ドロップアイテムの質も高くなって、高値で売れる。だが魔石に関しては質——『純粋な魔素』であることが重要だ。例えば、これ」
小兵はさっきから投げていたナイフを掲げる。
「これは魔道具なんだ。魔素を溜め込んで、消費することで硬く重くなる」
「いりょく、が、ましたり……?」
「ん? そういう機能はないけど」
つまり恐ろしい勢いで飛んでいったのは小兵の腕力によるものらしい。
「魔道具はどれも魔素を溜め込む機能がある。ただ消費すると補充までに時間はかかるんだ。高い威力を出すようなものは消費も激しくて、基本的に何度も連続で使うことはできない——だが、魔石があれば」
小兵がナイフの柄の部分にある凹凸を見せてきた。
「変換器を使うことで魔素を魔道具へ移し、何度も連続で使うことができる。探索にも大助かりだ。これは魔物の素材からじゃ効率が良くない、らしい。よく知らないけど不純物があるからとか」
「だから、高い」
「そういうことだ。とはいっても、魔石の需要は探索者より一般人の方がずっと高いけどな」
「? なん、で」
一般人がどうして魔道具に必要だという魔石を欲しがるのか。
すうの問いに、小兵の目が一瞬、鋭く光った。
ただ次の瞬間には平然とした表情に戻っている。
「『迷宮災害』で大打撃を受けた人類は、ドロップアイテムや魔道具で急速に復興したんだ。特に魔道具の比重はデカい。でも魔道具は魔素が無いと動かないから、魔石が大量に必要ってことだな」
「ほじゅう、まてない?」
「待てないというか、そもそも一般人が暮らすような場所には魔素が全く無い」
「ない?」
ダンジョン以外でも魔素はある。
病院や、ショッピングモールにもだ。すうの体に補充されないだけでずっと魔素は感じていた。
それが全くないなど、すうには想像がつかなかった。
「ダンジョンの近くにいると驚くだろ。でもないんだ。この辺りには魔素が残っているらしいけど、それは魔物が侵攻してきたからでな。……でも、一人の探索者がそれを止めた」
小兵は笑いながら語る。
「魔物の侵攻を止めるために、その探索者は魔道具で壁を作って、そこから先に魔物をいれないよう死ぬ気で討伐したんだ。だから、壁から先には魔素がない。……普通の人は、魔素がある場所に住みたがらない。魔物の痕跡を嫌がって。でも魔道具は必要だから使う。探索者が持って帰ってきた魔石を使って、かつての防壁の向こうで」
ぎしり、と。
辺りの空気が軋んだ気がした。
小兵は歯を向いて笑みを浮かべ、気配が鋭くなっていく。
これ以上はまずい。
何がまずいのかわからないが、とにかく語らせてはいけない。
そう感じたすうは咄嗟に何か言おうとして。
『あああっ、もうっ!!』
『これ、もう無理じゃ……っ!?』
そんな悲鳴が聞こえてきた。




