二十四話 すう、試験について聞く
『ダンジョン・カロリーブロック』を堪能して、すうは満足げに息を吐いた。
「もくひょう、たっせい」
ファミレスには行った。
『ダンジョン・カロリーブロック』も食べられた。
すうが地上へ出た目的は達成されたのだ。
ただこのままダンジョンに帰ろうとはもう思わない。新たな目標を既にすうは抱えている。
「ファミレスの、メニュー、ぜんぶたべる」
決意を新たに、晴れやかな気分ですうは笑みを浮かべる。
と、そこで小兵の存在を思い出した。
小兵はいま離れた場所にいる。『ダンジョン・カロリーブロック』を食べる際、「重要なことなんだろう」と言って一人にしてくれていた。
一階層で起きる問題など容易に対処できるというのもあるだろうが。
もう目的は達成したのだ。あまり待たせてもいけない。
すうは草の中から立ち上がって辺りを見回す。
やはりすぐ見つけられるところに小兵はいた。すぐにそちらへ向かおうとすると、後ろから人の声が聞こえてくる。
「腹減った。ちょうど昼だし、ファミレスとか行く?」
「ファミレスなんてヤだよ。安っぽいのじゃなくてちゃんとしたレストランがいい」
『ファミレスなんて』。
『安っぽい』。
小兵が隣にいれば頭をおさえそうな言葉——だがすうはふ、と笑う。
ハンバーグを食べても、お腹がいっぱいになっても、すうにとって『ダンジョン・カロリーブロック』はおいしかった。
だが人によっては飽きるし嫌う。
そう。好みは人それぞれだ。すうは人生において重大な学びを得ていた。
ただ人生とはつまり人の生という意味なので、魔物の姿に戻ったりしたら襲い掛かってしまうかもしれない。
なんなら今も拳を作っていたりする。でも殴りかからなかったからすうの勝ちだ。なにに勝ったのかはわからない。虚構の勝利を握りしめる拳は震えていた。
ともかく笑顔だけは保って、すうは再び歩き出した。
しかし人の声に敏感になっていたのか、今まで気づいていなかった周囲の声を拾ってしまう。
「カレーにしようカレー」「かつ丼食べたい~」「日替わり魔物定食チャレンジ行くか」「うどんか、そばか」「崩壊圏で五鈴パンがお店出すって!」「元中華街の豚まん買っていこう」「今日はダンジョンの中で食用虫を食べていきまーす」「またカップラーメンだ」
ちょうど今は昼時だった。
すうたちは少し早く向かったが、他の人は今からごはんに行こうとしている。食欲から来る呟きが洪水のようにすうの耳へ入ってきた。
美味しそうな響き、美味しそうな店、よくわからないが食べ物らしき何か。
気になる食べ物がまだいくらでもある。
そのことにすうは気づいてしまった。
そして気づいてしまえば食べたくなる。さっきまで満腹だったことなどもう忘れた。
だがさっき聞いたごはんだけでも、食べるのにどれぐらいのお金が必要になるか。店に入るならその中のメニューも全て食べたい。手持ちだけでは足りない。
——たりない、なら、ダンジョンで、かせぐ。
決めるが早いか、すうは小兵のもとへと走り寄り叫んだ。
「いまから! にかいそうに! もぐる!」
「うわ速!? ……え、二階層? 今日は戦わないって言ってなかったか?」
「おおくの、ごはんが、まって、いる……!」
「あ、あー……そうか、ちょうど昼か。周りの会話を聞いたんだな」
耳をすませた小兵が納得し、頭をおさえた。
「まあ、いいよ。今日は予定も入ってないしな。ああでもちょっと待ってくれ」
小兵が頷くやいなや走り出そうとしたすう。だが小兵に肩を掴まれて止められた。
体を制御できるようになったすうでも絶対に振りほどけないとわかる力だ。
苦手意識が緩くなったり、一緒にごはんを食べに行ったりで慣れていたすうは、小兵の恐ろしさの一端を味わって大人しく足を止めた。
「一つ伝えておきたい」
「な、なに?」
「これから、私はもう同行者としてつけなくなると思う」
すうは首を傾げた。
倒れたのを助けられた感謝もあるとはいえ、まだ苦手な小兵が離れるのはすうにとって悲しむことではない。
ただ同行については「忙しいけど問題ない」と言っていたはずだ。
「ちょっと予定が変わってな。……大きな調査のメンバーとして声を掛けられているんだ」
「ちょうさ」
「これでも『神迷』のトップ探索者だからな。それですうちゃんには悪いが、同行者は別の人間へ代わることになった。代行じゃなくて、数日後には完全に交代することになる、んだが」
腰に手を当て、小兵は笑う。
「どうせならそれまでに卒業を狙おうか」
特例探索者を卒業すれば、正式な探索者として活動できて同行者は必要なくなる。
「ん」
すうは迷うことなく頷いた。
同行者が小兵で無くなっても、新しい人間が小兵より良いとは限らないのだ。
魔物だとバレる可能性がある以上は人と二人きりになどならない方がいい。
「よし。まあ実力に関しては大丈夫だろう。あとは知識と道具を揃えて——試験を突破する」
試験。
定期的に開催されるもので、特例探索者が同行者なしでダンジョンに挑み、ダンジョン課から出された任務をこなすことで卒業となる。
「試験の内容は地域やその時の状況で変わるけど、この辺なら『神迷』の三階層に既製品の地図なしで辿り着くとか、別の場所にある浅いダンジョンでボスのところまで行って倒す、とかだろうな」
「『しんめい』の、ほうが、いいな」
「ああ、すうちゃんは二階層で暮らしてたんだったか。松ノ木に聞いたよ。確かにあんな速度で走り続けて一度も行き止まりに入らなかったな。見逃しやすい隠し部屋まで見つけてたし」
「かくしべや?」
「魔物や岩壁で隠されていた場所だ。ただ発見してもあまり手は出さないほうがいい。宝箱のある当たりもあれば、強い魔物がたむろする外れもあるからな。二階層はもう『踏破』されてるからそんな心配はないが」
「……たからばこ」
そういえば三階層にも魔道具の入った箱があった。
目当ての魔道具でなければ捨てて行ったすうだが、今思うとあれもお金になるのではないか。
しかし特例探索者が潜っていいのは二階層までだ。
早く三階層へ行かなければ。すうは卒業への意欲を高める。
「ただ他のダンジョンでもそう心配はしなくていいだろう。基本的に魔物の強さは『神迷』とそう変わらないし、地図の書き方や迷った時の対処法は教える」
「おねがい、します」
「それと最後に道具なんだが、それもまあ簡単に……あー」
小兵が初めて言いにくそうにした。
何か問題があるのか。すうは警戒するように身構える。
「基本的に、試験を受ける時の装備は自前で用意しないといけなくてな。それに……結構、お金がかかる」
「……おかね」
すうはなんだか嫌な予感がした。
「ど、どれぐら、い?」
「すうちゃんが持ってるその剣の、刃を潰してないやつで——最低でも五万か六万だな」
「ごっ」
全財産とほぼ同じだ。
「あと防具も込みでしっかりしたものを買うなら十万~二十万。しかも試験が三日後だから……お金を貯めないといけないな。しばらくファミレスとかはいけないかも」
「にかいそう、まもの、ぜんめつ」
すうは据わった目で断言した。
——金を稼がなければいけない!




