二十二話 すう、いざファミレスへ(後半)
「はっ」
気づけば、すうは席に戻っていた。
その目の前にはスープと飲み物が置かれている。夢ではない。
横では松ノ木が「あまり面白がらないで下さい」と小兵へ鋭い目を向けていた。
松ノ木へとおそるおそるすうは問う。
「これ、ほんとに、のんでいい?」
「大丈夫ですよ」
「じゃあ、いただき、ます」
すうは安心と共にスープへと手を伸ばす。
口の前に持ってくれば香りに食欲が刺激される。すうはたまらず一口すすった。
熱い。カップ越しでも伝わってくる熱がすうの口内に侵入してくる。
だが探索者の頑丈さでそれを気にせず、すうはしっかりと味を感じる。
濃い、というのが最初の感想だった。
病院や検査施設の食事と違い、舌をぐいぐい押してくるような濃い味だ。ただピリピリする刺激はなく、飢えたすうの舌を落ち着かせる。
ごくりと呑み込めばお腹に少しずつスープがたまっていくのを感じた。
ただ、飲み込んだ後も口の中に風味が強く残っている。
それがもう少し飲みたいとすうに思わせ、再びスープに口をつける。
そのまま少しずつ、だが一気にすうはスープを飲み干してしまった。
「……おいしい」
ただ物足りない。空腹というだけでなく、もう少し飲みたい気持ちになる。
しかしそれだとお腹がいっぱいになるかもしれない。
「ジュースも飲んでみてくれ」
小兵が飲み物を指しながら言う。
スープに夢中になっていたが、そういえばドリンクバーの方も入れていた。
「刺激があるので気をつけてくださいね」
松ノ木から心配そうに言われてコップを取る手が一瞬止まった。
しゅわしゅわと音を立てる赤茶色の、甘い香りの飲み物、コーラ。
口に含むのを躊躇いつつも、食べ物と判断した自分の本能を信じ、すうはコップを傾けた。
「!!?」
途端、じゅわっと弾けるような響きと共に、舌へバチバチ痛みが走った。
立ちのぼった空気が鼻から抜けて染みる。痛みだけでなく生理的な涙を浮かべ、すうはぎゅっと目をつむった。
しかしすぐに痛みや衝撃は収まり。
次に強烈な甘さが襲いかかってくる。
米のそれとは性質も濃度も全く違う。人の姿で初めて味わう糖分は、すうの頭をがつんと殴りつけるようだった。
未だにぴりぴり続く痛みも無視してすうはコーラを飲み込んだ。喉を過ぎてもまだ刺激がわかる。
だが甘さにつられてすうはまたコーラへ手を出す。
再びの刺激。だが甘い。そして甘い刺激が癖になり始める。
ただスープと違って一気に飲むとせき込んでしまいそうだ。
じっくりちびちびと、すうは真剣にコーラを飲んでいく。
そして飲み干してからようやくコップを置いた。
「けふ」
意図せず息が漏れてすうは口をおさえる。
そして周りの視線に気づいた。松ノ木は無表情に、だが優しい目をしていて、小兵は満面の笑みだ。
「……もう、いっかい。とってくる」
むずがゆくなったすうは、視線から逃れるようにドリンクバーへ行こうとする。
「いや、私が行く。ほら——料理が来たぞ」
ハッとすうは自分の隣へ人が来たことに気づく。
見上げれば店の人間がトレーを抱えていた。
そこに、いくつもの料理が乗っている。
「お待たせいたしました。こちらランチセットの……と、…………」
店員は料理名を述べながら料理をテーブルへ置いていく。
だがすうにその言葉はもう聞こえていない。
テーブルへ最初に置かれたものへ全ての神経が集中していた。
——ハンバーグ。
黒い鉄板の上に鎮座するのは、肉だ。肉の塊。
これがハンバーグらしい。
少し甘い匂いのソースがたっぷりかけられていて、見るだけで喉が鳴った。垂れたソースは鉄板に触れてじゅうじゅうと沸き、香ばしい。
それだけではない。周りには黄色い粒と野菜が供えられ、よく見るとハンバーグの下にもなにか敷いてある。
横にごはんがつけられたのを目にいれながらも、すうは何をおいてもまず肉を食べようと決めた。
そして、もう一度手を合わせる。
「いただきます」
いつの間にか握っていたフォークをぐ、とハンバーグへ突き刺す。
ただそのまま口へ運ぶには大きすぎた。落ちそうだ。
仕方なくフォークを入れた部分から割って、小さくしてから改めて突き刺す。
割れたハンバーグからは肉汁がじゅわりと滴る。
その様子に釘付けになりながら、すうは大口を開けてハンバーグを迎える。
「——」
すうは自然と目を閉じていた。
口に含んだだけで濃厚な味がいっぱいに広がった。
塩気も深い風味もある。だがまず肉だ。
これが肉なのだと、他の肉をほとんど知らないすうがつい言い切ってしまいそうになった。
一口噛む。肉汁が舌を包み込んだ。もう一度噛めば、ぎゅっと噛み応えのある感触が楽しい。楽しんでいるうちに口の中が空になり、再びハンバーグを割って口へ放り込む。
次はごはんと一緒にだ。
ハンバーグの後にごはんを食べれば、ごはんのほのかな甘さと肉の味が溶けあっていく。
こってりした肉汁が受け止められて少し味が柔らかくなった。
いくらでも食べられそうだ。
次は黄色い粒と、野菜と――。
すうはひたすらに様々な味を楽しみ、食べ続ける。
もはや『ダンジョン・カロリーブロック』のことは頭にない。
そして、それでいい。
美味しいから、食べる。食べたい。
ただ心から、すうはハンバーグを味わった。




