二十一話 すう、いざファミレスへ(前半)
長くなったので分割します。
後半は20時に。
病室の中で一人、すうは病衣から日常で着る服へと着替えていた。
簡素な長袖Tシャツに首をくぐらせ、スカートに足を通して腰の高さでとめる。
ついさっき、松ノ木に買ってきてもらった服だった。
お金が減るのは嫌だったものの、普通の服が無ければ外に出られない。ファミレスへも行けない、ということで泣く泣く頼んだのだ。
ダンジョンへ潜る時には検査施設の服をそのまま使ったのに、なにが違うというのか。
愚痴るように考えながらも、すうは教えられた通り服を身につけていく。
最後はパーカーを上から着て準備は終わりだ。
防具とは違って頼りない。これが必要なのか、疑問に思いながらも袖を通し始める。
だが。
これさえ着れば、ついに。
人となって。
ダンジョンに潜り、お金を稼いで。
かつて、ダンジョンで現代の味を覚えたスライムは——。
「いざ、ファミレス、へ……!」
一歩を踏みだした。
とはいってもそこから移動する必要はあるのだが。
退院手続きを済ませ、すうは松ノ木、小兵と共に町へと出る。
すうの足取りは浮かれていた。浮かれすぎて危ないので松ノ木に手をつながれたぐらいだ。小兵がついてくるのも今は気にならない。
行く方角はダンジョンの反対側だ。
ダンジョンの近くにあるのは探索者用品の専門店や病院、いくつかの店ぐらいで、ほとんどは離れた場所にあるらしい。
そんな説明を聞きながら、やがて目当ての場所に辿り着く。
「ここがダンジョン前ショッピングモールです」
「ふあー……!」
病院やダンジョン前の受付よりも、ずっと大きく横に広い建物だった。
自動ドアをくぐれば中は照明で輝き、様々な店が立ち並ぶ。ただ食べ物が並んでいるようには見えなかった。
きょろきょろと探すすうの肩へぽんと手が置かれた。
「真横だよ」
ぐるりと右を向けば、そこに一つの店があった。
オレンジの壁に、緑の看板。
看板にはロゴと共に赤い文字の店名が飾られている。
——ウマイゼリヤ、と。
「相変わらず自信のある店名だなぁ」
「実際おいしいですから」
平然と話す二人に対し、すうはただただその場に佇んでいた。
これが、ファミレス。
求め続けていたもの。
感じているのは衝撃なのか、圧倒なのか。
いざ目の前にすると固まってしまったすう。だがその手が軽く引かれる。
松ノ木が先に立って、ウマイゼリヤを手で示していた。
「入りましょう」
「……ん」
ぎくしゃく頷いて開け放たれているドアをくぐる。
同時に、外とは違う雰囲気がすうを覆った。
オレンジ色の壁に覆われた店内には、カンカンカチャカチャと器具や食器がぶつかり合う響きに、人同士の話し声が混ざって満ちている。
席は一杯ではないものの半分近く埋まっているようだ。
人の多い場所は未だに緊張するすう。しかし今はそれよりも遥かに重要なことがある。
「いい、におい」
食べ物に関してすうの鼻は敏感だ。
その嗅覚が空間に広がる多種多様な香りを、お腹を満たすように吸い込んでいた。
どれもこれも嗅いだこともないものばかりで全く詳細がわからない。
ただ、おいしそうだと想像を刺激する。
すうのお腹が鳴った。
「すうちゃん、こっちです。席へつきましょう」
周りに気を取られている間に手続きがあったらしい。
店の人間に案内されてすうたちは奥の方にあるテーブルへと移動した。
松ノ木が奥へと行き、すうはその隣に座る。小兵はすうの前だ。
「はいメニュー表。なにを頼む?」
小兵がテーブルの上にあるつるつるした紙を手に取りすうへ差し出してきた。
「おぉお……!」
そこに描かれているのは、見ているだけでよだれが垂れそうな素晴らしいごはんたち。
商品の下の値段は、来るまでに教えてもらっているのである程度は理解できる。
そしてだからこそ、ここにあるものをどれだけ頼んでもいいのだと、すうにはわかってしまった。六万円とはそれだけの価値があるのだ。
すうのお腹が鳴る。
「ぜんぶ——」
「全部はやめておいた方がいいです、すうちゃん」
全てを手に入れようとしたすうを松ノ木が阻止した。
なぜ。すうは必死な目で松ノ木を見上げる。ただ強行しようとはしなかった。
お腹がすいたすうはあらゆる障害を打ち砕こうとするが、松ノ木の言葉にはそれを一瞬でもとどまらせる効果があったのだ。
「栄養は今日ぐらい無視するとしても、まずテーブルに入りきりません」
「じゃあ、すこしずつ」
「そして——もしお腹がいっぱいになって、注文したものを食べきれなかった場合」
松ノ木の声が低くなる。
「残った料理は捨てられることもあります」
「!!?」
「さらに追加のお金を払わなければいけません」
「!!!??」
「なので、食べきれる量を把握するためにも適量を注文しましょう」
「——わかった……!」
自分のせいでごはんが捨てられる。さらにお金を取られる。
最悪の未来を提示されたすうは、改めてメニュー表を凝視する。
そんなすうの横で小兵が声を潜める。
「持ち帰りとかもやってるだろ?」
「すうちゃんは食べ物に関して暴走しやすいようです。お金も食事も、ひとまず常識的な量を学んでもらうほうがいいかと」
「ああ」
食事に関する一言で二階層を蹂躙したすう。
それを間近で見ていた小兵は深く納得した。
「む、むぅぅ、ぬぐぐ……!」
すうは葛藤する。
どれもこれも食べたい。一つに狙いを定めると他のものがいい気がしてくる。
お腹が空いているし、食べれるのに、決められない。初めての経験だった。
ただ、やがて見覚えのある名前に目がとまる。
それはかつて『ダンジョン・カロリーブロック』を飽きたといった探索者が、食べたいと言っていたもの。
別のメニューに大きく書かれているその商品を、すうはビシッと指さした。
「ハンバーグ……!」
肉汁たっぷりのハンバーグ。
すうは今日、これを食べるのだ。
「はい、ハンバーグのランチセットですね」
「あと、この店で有名なのはこれか。それにドリンクバーは頼んでると飲み物に困らないな」
「じゃ、じゃあ、それも」
小兵に言われるがまま頷けば、松ノ木が携帯を操作して注文が終わった。
すでにちょっとすうは疲れていた。ドッと椅子にもたれかかる。
しかし小兵から腕を引かれて立たされた。
「な、なに」
「じゃあ頼んだものが来るまでに、飲み物と——ランチスープを取りに行こう」
「??」
すうは首を傾げる。
飲み物はドリンクバーというやつで困らないらしい。多分そのことだろう。
だがスープとはごはんの一つではないのか。
すうは頼んでいないはずだ。
「まあまあ、とりあえず行くよ」
どこかいたずらげな笑みを浮かべる小兵に、すうは連れていかれた。
テーブルの間を通ると色んなごはんが目に入って、お腹の鳴るのが止まらない。その度に人からちらっと見られるのもむずがゆい。
飢えによる集中力を発揮しても今は時間が長く感じるだけだ。
小兵と一緒でなければ誰かに襲いかかっていたかもしれない。
ぐるぐる考えていると、すうはやがて何かの機械が四つ並んでいるところに出た。
「さっきドリンクバーってやつ注文しただろう。あれはここでいろんな飲み物を飲む許可が貰える。ダンジョンのライセンスみたいなものかな」
「みず、とはちがう?」
「甘かったり苦かったり、色々味があるよ」
小兵がコップを下に置いて光っている部分を押した。
すると赤茶色のしゅわしゅわ音を立てて液体が出てきた。
「!?」
想像していた水とは全く違う物体にすうは一歩下がる。
音を立てる不可思議な飲み物に警戒する。だが直後すうの鼻が甘い香りを捉えて、それをおいしいものだと判断した。
「これ、なに?」
「コーラだな。他にも色々あるよ」
機械を改めて眺め、すうは戦慄する。
光っているボタンはまだいくつもあるのだ。これを全て、いくらでも飲んでいいというのか。
「で、こっちがランチスープ」
すうの様子を楽しむように、小兵はもう一つの機械の方へ歩く。
その姿にすうはまさか、と口元をおさえた。
「ランチセットを頼めば、こっちも無料でいくらでもおかわりできる」
「そんな……」
すうは検査施設の時と同じく、餌を与えられすぎた猫のように小兵を警戒する。
そんなことがありえていいのか。騙されているんじゃないか。
ごはんはお金を払わないと食べられない――いや、ランチセットとドリンクバーでお金は払っているのか。じゃあ無料ってなんだ。おかわりできることか。
あまりの事態を処理できず、席につくまですうの意識が戻ってくることはなかった。




