二十話 すう、お金を手に入れる
はっ、とすうは目を覚ました。
「……?」
ぼんやりと真っ白な天井を眺める。
瞬きをいくつかしたころ、目を丸くしてすうは跳ね起きた。
周りを見てみれば、そこは見慣れた病室だ。
どうして自分がここにいるのか。混乱するすうはこうなる直前の記憶を思い返す。
魔素を感知したことで体の動かし方を把握し、二階層へ飛び込んだ。そこは覚えている。
飛び込んだ後は床から天井まで駆け回りながら魔物を蹂躙した。
二階層は慣れたものだ。あらゆる魔物の動きも弱点も見切っている。傷一つ負うことなく、すうはただひたすらに奥へ奥へと駆けていった。
スライム時代の記憶を頼りに、魔物が集まっている場所を見つけて潰した。一匹も逃がさずひたすらに。
岩の陰にあって見つけにくい道や、壁に擬態した魔物に隠されている部屋は狙い目だ。探索者が訪れていないからか魔物が多く生息しているのだ。
そうして駆けて、駆けて——途中ですうの記憶は途切れていた。
気づいたら病室の中だ。
「……ゆめ?」
まだぼーっとする頭ですうは呟く。
人間は眠る時に現実みたいな景色を見るらしい。自分にもその現象が起こったのか。
だとしたら一体どこまでが夢なのか。
魔物を狩ったのは? 探索者となったのは、小兵とダンジョンに潜ったのは?
松ノ木の存在はどうなのか。それもなかったのか。
ぞわりと背筋を震わせたその時だ。
カラカラ、と。
ドアのゆっくりスライドする音がすうの耳に入った。
目をやれば静かにドアが開けられていく。
入ってくるのは見慣れた看護師なのか、それとも松ノ木か。
やがて開いたドアからそっと顔が覗いた。
何度も見た馴染みのある——。
「ああ、起きたのか」
小兵の顔だった。
「ぅゔぁっ」
すうはとんでもない悲鳴をあげて後ろへ転びそうになる。
なぜ一番苦手な人間だけが現実にいるのか。
「そこまで怯えなくても」
「無理をさせすぎたからではないでしょうか」
頬をかく小兵の後ろからまた声が聞こえてきた。
今度こそちゃんと望んでいた人間のものだ。
「おはようございます、すうちゃん」
「松ノ木、さん」
優しい声音と、無表情。
変わらないそれにようやくすうはほっと息をついた。
いつかと同じく医者に問題ないと言われた後、松ノ木と小兵は部屋に残った。
「無事でよかったです、すうちゃん。気を失って運ばれた時は何があったのかと」
椅子に座り胸をなでおろす松ノ木にすうは首をかしげる。
「たおれた?」
「小兵さん、説明を」
松ノ木が横の小兵に目をやった。鋭い眼光はいつも通りだが、普段よりも切れ味が増している気がする。
小兵はその視線から目をそらしている。
「あー、すうちゃんはどこまで憶えてる?」
「……にかいそう、で、とうばつ」
「うん、四時間ぐらいずっと走り続けてたな。それでまあ、多分疲れに限界が来たんだろう。すうちゃんはいきなり倒れたんだ。それを私が回収して地上に戻った。一応ポーションは使ったが、本当に無事で何より。……倒れた時、頭から岩壁に突っ込んでたからな」
どうやらすうの記憶は正しかったらしい。いきなり途切れているところまで含めて。
この体はスライムの時と違い、動き続ければ倒れてしまうらしい。もしも小兵がいなければ魔物にやられていたかもしれない。
すうは反省する。
「ありがとう、ございます」
「いや、こっちとしては謝らないといけないことだ」
おっかなびっくり感謝を言うと、小兵はなぜか気まずそうに頭を下げてきた。
「同行者として、様子がおかしいあなたのことは止めるべきだった。つい私も気分が昂って、あなたがどこまで行けるかを確かめてみたくなってしまった」
「そうですね。偶発的な事故であればともかく、特例探索者の二階層強行を見逃すのは問題です。すうちゃんも無茶をしてはいけません」
いつもより雰囲気が鋭いのはそういう理由だったようだ。
松ノ木に目を向けられすうは身を固くする。小兵もいつもより小さくなっていた。
「ごめんなさい」
謝ると松ノ木は静かに言葉を紡ぐ。
「探索者の方々に守っていただいている身で言うことでもないでしょう。ですが命を軽く捨てるような無茶は、しないでほしいんです。すうちゃんも、小兵さんも」
頷けば松ノ木の視線が和らいだ。といっても表情は変わったように見えないが。
「ああ、それともう一つ」
そこに、小さくなっていた小兵がすうへ向き直った。
「……ファミレスについては悪かった。私は軽率に、言っちゃいけないことを言ったな」
何に謝られているか、すうはすぐに理解する。
『ダンジョン・カロリーブロック』をファミレスの代わりといったことだろう。
思い出すともやっとしたものが胸に溜まる。
だがすうは首を横に振った。
何より許せなかったのは、すう自身もそう考えていたかもしれないことなのだ。
「だいじょう、ぶ」
小兵の目を見返せば、小兵は納得がいったように頷いた。
理解されたことにすうは驚く。
ただ小兵へ感じる苦手さが少し緩んだ気がした。
同時に、ファミレスの話題が出たことですうは本来の目的を思い出す。
「おかね、は!?」
倒れるほど暴れたのはファミレスのためだ。
だが今までの話だと、特例探索者が二階層へ降りるのはよくないと言われているようでもある。
「そうですね。それについても話しに来たんです」
緊張するすうに対し、松ノ木は下に置いた鞄から何かを取り出して見せてきた。
光沢のある手の平サイズのカードが一枚。
それと茶色い封筒。
すうの疑問の目に、松ノ木は最初にカードの方を差し出してくる。
「まず、これはすうちゃんの特例探索ライセンスです。お返ししますね」
「出入りの時に私が預かって、提示した。勝手にで悪いが規則だからな」
ダンジョンに入迷する際は必ずライセンスを提示しないといけない。
誰かが気絶していると他の者が提示するのは当然のことだった。すうもそれに文句はない。
なにせこのライセンスこそが、魔物の討伐数を記録する装置なのだから。
探索ライセンスはダンジョンから産出された特殊な鉱物でできている。
この鉱物は魔素を溜め込む性質があり、近くで魔素の塊——魔物を倒すと、わずかに魔素の内包量が増えるのだ。
それを魔導具で加工したことで、『何階層の魔物を』『何体討伐したか』が正確にわかるようになっていた。
そしてその換金はダンジョンの出入りの度に行われる。
つまり、すうがいくら稼いだかはもう判明しているし、お金も払われている。
期待するすうへと、松ノ木が両手で封筒を差し出してきた。
「こちらが、すうちゃんが今回の探索で稼いだお金です」
震える手で受け取ってすうは中身を見る。
お札が七枚と、硬貨が三枚入っていた。
「一階層での討伐数、八体。一体二百円で、千六百円。そして二階層での討伐数——」
松ノ木は一度、喉を鳴らした。
「——一二五体。二階層からは一体五百円になりますから……計、六万千八百五十円になります」
六万円以上。
松ノ木は無表情ながら驚きをあらわにし、小兵は拍手している。
その金額にすうは口を開け——。
「それって、いくら、ぐらい?」
疑問を口にした。
一応お札とかはわかるが、いくらぐらいかはよくわかっていないのだ。
とにかくファミレスへ行けるかどうかが最重要だった。
松ノ木たちが頭に手をやった。呆れているような、楽しんでいるような顔だ。
「えぇと、そうですね。とりあえずファミレスなら……頼む量にもよりますが、六十回ぐらいはいけるのではないかと」
「——!」
ファミレスへ、行ける。
行けるのだ、とうとう……とうとう!
茶封筒を両手に掲げるすうへ、小兵は笑いながら言う。
「何なら今から行けるぞ。もう退院はしていいらしいし、これから昼時だしな」
「!!?」
「確かに。お着換えしたら行ってもいいかもしれません。……どうしますか?」
「!!!!」
すうは全力で頷いた。
ついに――ついに。
ファミレスへ行けるのだ。




