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ダンジョンで現代の味を覚えたスライム、人の姿でいざファミレスへ ~お金が必要? じゃあダンジョンで稼ごう~  作者: 海山 鍬形


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十九話 小兵、確信する

 私こと小兵こひょう佳奈かなは、『神迷』において最も深い層に辿り着いた探索者だ。


 日本でもトップクラスとよく言われている。

 ダンジョンはそれぞれに深さも特性も違う以上、あまり比べる意味もないと思うけど。とはいえ大抵、浅い階層では苦戦しない程度の実力はある。


 そんな私は今、『神迷』の一階層の草原にて佇んでいた。

 数歩離れたところに目をやれば、長い白髪を持つ曰く付きの少女——『すう』がいる。


「なぜ……」


 彼女はなぜかああして遠いところを見つめている。ダンジョンに降りてからどころか、受付前で会った時からずっとだ。

 私と距離を縮めようとせず、見ようともしない。きっと警戒しているのだろう。

 それは私が探索者だからだろうか?

 それとも……何かを察しているのか。


 なにせこちらもまた彼女を警戒している。



 ——アレは魔物だ。



 これまで二度顔を会わせて、私はそう感じていた。



 一度目の邂逅はダンジョンの階段前だった。


 探索ライセンスを持たないもの(たいていは魔物)がダンジョンに出入りすると起動するアラーム。

 それが鳴り響く中、三度目の『迷宮災害』すら覚悟していた私の前に、小さな女の子が現れた。

 黒い布を纏い、長い白髪を引きずるその子は、その時には人間のようにしか見えなかった。


 アラームが鳴った以上、探索者ではないのだろう。魔道具を使った転移テロなんかの可能性もあるが、相手が魔物じゃないなら探索者(わたし)の出番ではない。

 気絶した彼女はダンジョン課に保護され、探索者がよく出入りする病院へ搬送された。

 最後に「ごはん」と呟いていたのが少しだけ記憶に残っている。



 二度目に会ったのはその病院の中だ。


 少女は腕が取れていて、年下の友人である松ノ木から助けてあげてほしいと懇願された。

 腕の方に気を取られて件の少女だと気づかず、ダンジョンへ連れていってまで助けてしまった。


 だがよく見れば少女は探索者になれる年齢に見えない。

 私もそうだろと言われて一瞬キレかけたが、まあそれは些事だ。……些事って小さいって意味じゃないか? は?


 いや、それはともかくダンジョンに潜ってもいないのに体が崩れることなどない。しかもその崩れ方には覚えがあった。

 『迷宮災害』時、魔素のない場所に来た魔物が崩れたのと同じだ。


 その時点で疑うどころか、排除した方がいいという結論を私は出しかけていた。

 松ノ木から電話がこなければ……人目につく一階層であっても、首をはねていたかもしれない。


 だがどうも松ノ木たちダンジョン課、というかその上の人間は彼女を利用したいらしい。

 病院……その地下にある『迷宮研』の施設へと、彼女は送られていった。

 『迷宮研』はダンジョンや魔素、魔物のメカニズムの解明に明け暮れ、あらゆる実験を行っていると噂に聞く。


 もうその時点で二度と会うことはないだろうと思っていた。

 いた、のだが。


 なぜか今日、三度目の出会いが起こっている。


「なぜ……」


 つい呟いてしまった。

 いや経緯はちゃんと覚えているのだが。


 きっかけは昨日の松ノ木からの連絡だ。


 松ノ木は少女の姿をした魔物に情を抱いているようだった。その子が連れて行かれたとなれば、しばらく心の整理が必要だろう。

 そう連絡を控えていた私に、あの子はいきなり電話をかけてきてこう言ったのだ。


『すうちゃんの同行者になっていただけませんか』


 意味がわからなかった。

 いや特例探索者への同行者の斡旋はダンジョン課の仕事だ。それはわかる。ただすうちゃんって誰だ。


『小兵さんがダンジョンへ連れて行ってくださった子です』


 衝撃の答えが返ってきた。

 なぜ『迷宮研』から出てきているのか。しかも特例探索者になっているだと。

 固まっている間に松ノ木はさらさらと話を進めていく。できれば明日から都合をつけてほしいだとか。食事を大事にしてるから気を遣ってほしいだとか。ファミレスに行くのが目標だとか。そんな話はどうでもいい。


 たまらず私は言い返した。

 あいつは魔物だろう、子供に見えるからってほだされるな、と。


 だが返ってきたのは情にほだされたような甘い言葉ではなかった。


『いいえ、『迷宮研』が否定しました。すうちゃんは魔物とは違います・・・・・・・・


 携帯の向こうに鋭い眼光が見えるかのような、理性的な断言。

 『迷宮研』が否定したという事実。

 さらに、少女を特例探索者に認定したのは上の人間だそうだ。


 松ノ木の独断ではなく、関わった専門の者たちが魔物ではないと言っている。

 あの崩れた体もダンジョンで産まれた故の特異体質ではないかと。


 まだ、納得がいかない。

 私の——十五年、魔物と戦い続けた私の勘は、あれを魔物だと言っている。

 それに気になるのは、魔物とは違う・・・・・・という曖昧な言葉。人間である、とは言わないのか。


 確かめるしかない。


 私は同行を受けた。

 ダンジョンの中で、あの少女を見定めるために。




 そうして私はすうと共にダンジョンへ潜った。

 態度はなるべく気さくに、柔らかく接することを心掛ける。呼び方もあまりしない「ちゃん」付けだ。


 ひとまず同行者としての仕事はこなしていく。


 目標を聞けば、すうは特例の卒業を目指しているらしい。

 まあ当たり前の話だ。ただ今の私には、監視が付くと不都合だと感じているように思えてしまう。

 疑念は表情に出さず抱えておく。これから確かめていくのだから。


 確かめることは二つ。


 同じ魔物を倒せるか。

 そして、階段をくだれるか。


 魔物は同じ魔物を倒そうとしない。

 巻き込むぐらいならともかく、積極的に狩ることがないのだ。

 例えば馬の魔物を獅子の魔物の前に置いた人間がいれば、その馬が弱っていても獅子は人を襲う。


 例外は死体ぐらいだ。死んだ魔物は他の魔物に食べられることもある。

 ただ生きている魔物を襲うことはない。

 魔物には栄養補給が必要ない。水を飲んだり木の実を食べたりしていたとして、それが無くなっても死ぬことはない。


 階段をくだれるか、についてはもっと簡単だ。

 魔物は基本的に産まれた階層へ留まる。

 例外は『迷宮災害』だ。これが起こった時、魔物の全ては一塊に地上を目指し、地上へ出てからは目についた生き物を殺し続ける。


 全ての魔物がそうする。自分の意思などないかのように。

 その無機質さが魔物の不気味なところだ。


 教える手順をいくつか飛ばし、魔物を倒す実力さえあればいいと断言してすぐに戦闘へと入らせた。


 これで少しでも躊躇うことがあれば——なんて考えていたのだが。


「ふんっ」


 すうは普通に思いっきり剣を振り下ろした。躊躇いとか全くない。

 いや、だがその剣の狙いは明らかにスライムから外れて地面を叩いた。


 これは、どっちだ。わざと外したのか、たんにドへたくそなのか。

 あのわちゃわちゃした動きが演技だと脅威なんだけどな。


 しかもその後はすっころんだうえに、スライムから思いっきり体当たりされていた。

 ……ああ、これも一応魔物が魔物を攻撃したことになるのか。

 まさかする側じゃなくされる側で疑いを晴らすとは……。


 いや、しかし巻き添えになった魔物が、巻き込んできた側へ反射的に攻撃することはありうる。まだ保留だ。



 ただそれからずっとすうは魔物を倒さなかった。


 疲労困憊で倒れる姿も、少し煽ると拗ねる姿も、人間らしくはある。

 だが「ドッペルゲンガー」や「真似鏡」のように、人間の振る舞いをコピーする奴もいる。


 私の中で、すうは魔物であるという疑いが強くなっていく。


 そしてすうが拗ねて草をかじり始めた時、自分の空腹に気づいた。

 そういえば今日は朝から何も食べていない。

 すうに話しかけながら、『ダンジョン・カロリーブロック』を取り出す。


 すると、すうは箱を開けた瞬間に飛びあがるように振り向いてくる。左右に動かせば、それを目で追っていた。今までにない反応の良さだ。


 そういえばすうは食事を大事にしていると、松ノ木が言っていた。

 ファミレスに行くのが目標だとか。


 だから反応を引き出すため、その言葉を口にした。


「ファミレスにはいけないけど、代わりにな」



 ——その瞬間。

 向けられたすうの目に、私はその場から下がりそうになった。



 殺意、恨み、怒り、悔しさ、虚無、恥——その目に宿ったものを、なんと言えばいいのか。

 あらゆるものがないまぜになった巨大な奔流は、一つの言葉で言い表せはしない。

 ただ。

 それは、感情と呼ばれるものに違いなかった。


 無機質なのが、魔物だ。

 どんな魔物も死ぬ間際にだってこんな目はしなかった。


 目が離せないでいると、すうは手を引っ込めて踵を返す。

 私はつい聞いていた。


「食べないのか?」


 少し間を空けて。


「たべたい、から、たべたくない」


 やはり複雑な情動を抱えた言葉が返ってきた。


 そして剣を握ったすうは、少ししてスライムを一体討伐した。

 直前に、「おなか、すいた」と呟いて。


 それからは見違えるように動きが良くなっていく。

 大カタツムリを一瞬で潰し、今度は走りながらにスライムを切り捨てた。


 はっと我に返り、すうを追いかける。

 止まることなく一階層の魔物を蹂躙したすうは、不満げな顔をしたかと思うと、ギラギラとした目を二階層の階段へと向ける。

 一階層には素人が降りないよう見張るものがいるが、止めようとした彼もするりと抜けて行く。


 見張りに断って階層を降りれば、先に降りていたすうの叫びが聞こえてくる。


「もっと、もっと……!」

「食べる……食べて、やる……!」

「おまえらの、いのち、が、ファミレス、だッ!!」


 私は――思わず笑っていた。


 確信した。

 すうは魔物ではない。


 魔物を倒したからではない。

 階段を降りたからではない。


 あの目と、感情を爆発させたような声が、私の疑念を綺麗に拭い去った。


「ははは——あんな魔物がいるか!」


 二階層を駆け始めたすうへとついていく。

 食事を大事にしているという松ノ木の言葉は本当だったようだ。


 きっかけはファミレスについて話に出した時なんだろうが、どれが地雷に触れたのか。


「あとで謝らないとなぁ」



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