十七話 すう、かつてを取り戻す
ファミレスへの道を阻まれたすうは、頑張った。
かつてを思い出すように、体がどう動くのか意識する。そしてひたすらに剣を振るい、ひたすらに転んだ。
そのうち小さい子が何かやっていると、周りから探索者が集まってきたりもした。
『かわいいー!』
『ちっちゃい!』
『がんばれー』
『なんかあの子、見たことあるような』
『ちっちゃい子二人だ』『は?』『すみませんでした』
彼らがすうに危害を加えようとしていないのはわかる。
だがそれでも人に囲まれるのは緊張するのだ。
しかも失敗を見られるたびに胸の奥がむずがゆい気持ちになる。松ノ木に感じたものよりも強烈だ。全身を掻きむしりたい。
そしてすうは頑張って頑張った。本当に頑張ったが結果は出ない。
魔物は一体も倒せず、すうの疲労は限界に達した。
「ぬぐぐぐぁ……!」
草原の端っこでぜえはあと息を切らし、すうは倒れ込んでいた。
なぜ人は二本足で立ったのか。なぜ腕を二本もぶら下げてバランスを保てるのか。四本足でいいじゃないか。ごはんを作るためか。なら仕方ない。
乱れる思考は疲労のあらわれだ。スライム時代には存在しなかった疲れの概念がすうを蝕んでいた。
腕も足も力が入りづらい。そんな事態も初めてだ。
「なかなか苦戦してるな」
倒れるすうの横へ小兵が座る音がした。
今までなら距離を離すところだが、今は変に動く元気もない。すうはのそりと顔を上げる。
気づけば囲んでいた人がいなくなっていた。どうやら小兵が何かしたらしい。
まだ遠目にちらちらと見られているのが気になるが、小兵は慣れているのか、そちらに意識は向けていない。
ただすうをじっと見てきた。
「それにしても、たしかすうちゃんは二階層で暮らしてたんだろう。よく生きてこれたな」
暗に「こんなに弱いのに」と言われた気がして、すうは口をへの字に曲げた。
ただスライムの姿ならなどと口走る訳にもいかず顔を逸らす。
「ああ、ごめん。バカにしてるわけじゃないんだ。ただこれだとすぐに卒業とはいかないな?」
「……むぎぎ」
わかっていることを改めて言われると、腹の底に押し込んだ言葉がそのまま出てきそうになる。
口を開く代わりにすうは近くにある草をギリギリと噛んだ。
「ダンジョンの草は食べない方がいい、酷いことになるぞ。何か食べたいなら、これがある」
頭の後ろでバコッと箱の開けられる音がした。
その音は――とても、聞き覚えがある。一階層でその音を聞くたびにすうは近くへと寄っていったのだ。
反射的に体を起こし、振り返っていた。
小兵は、それを手に持っていた。
紋様の描かれたオレンジ色の箱に、銀色の包装。
包装を破けば、中から四角いブロック型のクッキーが出てくる。
『ダンジョン・カロリーブロック』。
すうの好物である。
「ダンジョンならやっぱりこれだろう」
目が釘付けになる。鼻が香ばしい甘さを捉え、香りの元を追うようにすうの体が前のめりに傾いた。
「うわ、そんなに好きなのか?」
小兵が驚いたように身を引く。
手に持つ『ダンジョン・カロリーブロック』が移動し、それを追ってすうの目も動いた。
「……」
小兵が右に手を動かす。すうが追う。左に動かす。すうが追う。
遊ばれているのはわかるが、腹を立てるよりぐうと鳴る方が早かった。
小兵が顔を抑えて笑い声を漏らす。
「ごめんごめん、どうぞ」
カロリーブロックを持っている手を差し出された。
すうは飛びつくようにそれを受け取ろうとして。
「ファミレスにはいけないけど、代わりにな」
——その言葉に、手を止めた。
「………………かわり」
「?」
小兵は首を傾げている。
自分がなにを言ったかなど気にしていないようだ。
「——」
すうは『ダンジョン・カロリーブロック』を受け取ろうとした手をゆっくりと引っ込めた。
そしてその手で、剣を握る。
小兵に背を向けてすうは草原へ戻る。
後ろで小兵が声を上げた。
「食べないのか?」
すうは立ち止まり、少し考えて、振り返らず答える。
「たべたい、から、たべたくない」
その時、ちょうど少し先の草が揺れた。スライムがまた出たのだ。
どういう意味だ、と問い返されるより早くすうは駆けた。
そのままスライムへと突撃する。転びそうになりながら剣を振るった。
だが当たらず、大きく空振りバッと草を散らす。当然だ。狙いをつけてすらいなかった。集中しなければいけない。
ぶんぶんと剣を振り回す。
魔物を相手にしながら、それでも頭にあるのは『代わり』の一言。
違う。
『ダンジョン・カロリーブロック』はすうの好物だ。
美味しいから食べたいのだ。
美味しいから好きなのだ。
代わりじゃ、ない。
ゴッと地面に剣を叩きつけてしまい、衝撃で手から柄がすっぽ抜けた。じんじんとした痺れに気を取られ、またスライムから体当たりをくらってしまう。
草の上に転がされたすうは、自分のお腹に手をやる。
ぐう、とお腹が鳴った。
痛みよりなにより、最初に気にしたのは空腹だった。
「……」
お腹が空いた。
だけど『ダンジョン・カロリーブロック』は食べない。
すうが目の前の食べ物に手を出さなかったのはこれで二度目だ。
一度目は『ダンジョン・カロリーブロック』を飽きたと言われた、あの時。
襲えば奪えた『ダンジョン・カロリーブロック』を見逃した。
悔しいから食べなかった。
今も同じだ。
美味しいから食べたい。
……美味しく、食べたい。心から味わって、ただそれだけに集中して。
こんな気持ちで好きなものを食べたくない。
何より嫌なのは自分も『ダンジョン・カロリーブロック』を代わりと思っていたかもしれないことだ。ファミレスの前に食べるものだと、考えていたのかもしれない。
そもそもファミレスへ行きたいのはなんでだったか。美味しいものを食べたいからだ。だけど『ダンジョン・カロリーブロック』がバカにされた悔しさもあった——。
また、お腹が鳴った。
「……おなか、すいた」
おなかがすいた。
おなかがすいたおなかがすいたおなかがすいた。
地上へ上がってからすうは空腹を覚えたことがなかった。
毎日三食。検査の施設にいた時ですら守られていた食事。拒絶する理由などなくすうも享受していた生活。
今も食事自体は用意されている。
ただ自分の意思で食べないことを選んだ。
ダンジョンを出ておよそ十日。
久しぶりの飢えがすうを襲った。
——かつての感覚が戻ってくる。




