十六話 すう、苦戦する
特例探索者になった経緯と、小兵と潜ることになった理由。
それらに草原の中で思いを馳せていると。
「すうちゃん」
「ひゅっ」
隣から声が聞こえ、思わずすうは猫のように飛び上がり距離を開ける。
後ろにいた小兵が、いつの間にか隣に来ていたのだ。草を踏む音一つなかったというのに。というかいつ名前を知られたのか。
警戒心マックスで威嚇すらしそうなすう。
だが小兵は特に気にしていないようだ。態度に言及してくることなく首を傾げる。
「すうちゃんは特例探索者として活動するのは今日が初めてだな。なにか目標はあるか?」
「も、もくひょう」
言われて、すうはようやく頭を動かし始める。
すうが目指すのはもちろん、小兵と共に行動しなければいけない状況からの脱却だ。
つまり。
「と、とくれい、の、そつぎょう」
特例探索者の同行者は基本的に固定だ。
都合がつかなければ別の人に頼むこともできるが、小兵からは忙しいけど問題ないと言われてしまった。つまりこれからずっと小兵と一緒になるということだ。とんでもない。
しかしすうは希望を見出している。
特例探索者は、同行者に実力が認められれば正式な探索者になれるのである。
晴れて卒業すれば小兵の同行もなくなるのだ。
小兵は軽く頷いた。
「まあ目指すのはそこだろうな。十四歳以下でダンジョンに潜るのを認められるのなんて、大抵は切羽詰まってる。特例どまりで満足するやつはいない」
確かに切羽詰まってはいるが、その原因の一つに言われると微妙な気分だ。
そんな本心を万が一にも口に出さないよう、すうは固く口をつぐんで頷いた。
「特例探索者卒業の条件はいくつかある。ダンジョンの知識のテストだったり、道具を自前で揃えることだったり……すうちゃんはレンタルだからこれは満たしてないな」
すうは自分の体を見下ろす。
今までは病衣だったが、現在は全身真っ黒かつずんぐりむっくりなシルエットになっていた。
白い厚地のシャツの上からごてごてしたベストを着込み、ズボンも頑丈な生地のもの。肘や膝には軽く頑強なプロテクターを装着している。
腰にはレディースで一番小さいサイズの長剣が提げられていた。
防具は衝撃を吸収して頑丈かつ動きやすい。
武器の剣は刃が潰されており、雰囲気にひたりやすく怪我もしにくい。他に棍棒や槍も選べるが、すうはスライム時代に使っていた刃を選んだ。
ダンジョン産の素材によって作られたレンタル装備。
素人でも扱いやすいものが揃った、新人探索者の鉄板ファッションである。
「装備といえば、すうちゃんは髪を切らないのか?」
「きらない」
すうは自分の頭を守るように手をやる。
現在、すうの長い白髪はアップにしてまとめている状態だ。
長い髪は魔物との戦闘では邪魔になるかも、と松ノ木からも切ることも提案された。が、体の一部を無駄に切除するのはスライム的に理解しがたかった。
必要な時に切り離せばいいのだ。囮にもなる。
「そうか。まあ戦えるならいいよ。なにせ卒業の条件は色々あると言ったけど――一番必要なのは魔物を倒せる力だから」
小兵が拳を握りしめた。
みしり、と見た目より遥かに力強い音が鳴る。すうはもう少し距離を取りたくなった。
「知識があっても戦えないと話にならない。道具も魔物を倒せばお金が出るから、それで買えばいい」
「おかね」
すうはその単語に反応する。
小兵に気を取られていたが、すうの根本的な目的はファミレスに行くことだ。
そのためにお金が必要なのだ。
「そう、お金。一階層なら一体倒して二百円ぐらい。まあ月に五体以上倒した実績がないとそもそも換金できないけど」
「にひゃく、えん」
すうにはそれがどれぐらいかわからない。
今までお金を使った経験がないのだ。このレンタル品も借りてくれたのは小兵で、お金は特例探索者ならダンジョン課から払われるという。
ただ一つ理解した。
「まもの、たおしまくれば、おかねが、たくさん」
「そういうこと」
小兵は満足げに笑った。
「ということで、すうちゃんにこれからやってもらうのは魔物の討伐だ。まず一階層の魔物を五体倒す。次は二階層に降りて、そこの魔物も簡単に倒せるようなら実力は十分と判断しよう。流石にそれだけで卒業とはいかないけどな」
「ん」
すうは気合を入れて頷く。
ダンジョンは稼げる。小兵という問題があるとはいえ、お金を稼げるようになった。
たくさん稼いでファミレスへ行くのだ。
「お、さっそく出たぞ」
小兵がすうの後ろを指さした。
振り返れば、少し離れたところの草が少し揺れている。ぱっと見だと風で揺れただけのようにも見えるが、小兵はあれが魔物だと確信しているようだ。
そしてすうもまたあの草の揺れ方に覚えがあった。
自分もあんな風に移動していたから。
草をかき分けて近くに寄っていき、そっと見下ろす。
そこにいたのは草と同じ色のぷるんとした体を持つ魔物――スライム。
人の頭ほどの大きさのスライムは、すうが近寄ってきたことに気づいたのか、ぴたりと動きを止めていた。擬態しているのだ。
だがもうスライムは見つかっている。
すうは剣を抜いてそっと上に掲げた。
かつては同じ姿をしていた同類をすうはじっと見つめる。
すうの自認は人に化けた魔物だ。彼は仲間といえる。しかもスライムは同種である。果たしてすうは同じスライムを自分の欲のために倒せるのか――!
「ふんっ」
すうは思いっきり剣を振り下ろした。そこに躊躇いも罪悪感もなかった。
というかもともとすうは強くなるために二階層で他の魔物を殺して回っていたのだ。自分と似た別のスライムも倒したし、なんなら喰っている。
同族殺しとか今更なのである。
剣は刃を潰されている。
しかしスライムは最も浅い一階層ですら雑魚なのだ。鈍器として潰すには十分だった。
勢いをつけてスライムの体へ剣が迫り――。
――盛大に狙いを外して、地面を叩いた。
「えっ?」
「ん?」
すうも後ろの小兵も疑問の声を上げる。
じっと狙いをつけて振り下ろしたはずだ。なのに、外れた。
すうが混乱する間に、敵へ気がつかれたと判断したスライムがずるずると逃げ出そうとする。
慌てて一歩踏み出しすうは剣を振り下ろす。だが、今度は踏み出した足が軸足に引っかかり盛大に頭から地面へとつっこんだ。
「???」
受け身も取れずびたんと顔を打ったすう。
自分の現状が理解できず、うつぶせになったまま固まっていると、逃げ出そうとしたスライムがちょうど目の前にきた。
するとスライムの全身がわずかに波打つ。
その予兆をすうは知っている。攻撃の合図だ。
スライムはその全身で地面を蹴り、すうの腹へどごんと衝突する。
「の゛ぉっ」
変な声を漏らしながらすうは吹き飛ばされ、草原を転がった。
とはいってもベストの効果で衝撃は逃がされている。吹っ飛んだのもダメージを軽くするための仕様だ。
ただすうは疑問と困惑ですぐには立ち上がれなかった。
剣を振るったはずなのに外れた。普通に走ったつもりが転んだ。
「なんか、バランスが、わるい……?」
考えて、気づく。
そういえばすうはこの体になってから戦闘をしたことがなかった。
魔物からは【隠れ蓑】で隠れていたし、なんなら見つかっても手出ししなければ襲われなかった。
そして人間相手に襲われることも当然なかった。
地上に上がってからもほとんど寝るか歩くかしかしていない。病院は走ってはいけないし、検査の施設では大体拘束されていた。
そのせいで戦う際の感覚がまるっきり違っていると、今まで気づけなかったのだ。
今のすうはかつてのスライムーー一階層の雑魚であった自分よりも弱かった。
気持ち的には魔物を倒せるが、物理的に倒せない。
まさかの障害が立ちふさがった。




