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ダンジョンで現代の味を覚えたスライム、人化を覚えていざファミレスへ ~お金が必要? じゃあダンジョンで稼ごう~  作者: 海山 鍬形


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十五話 すう、思い返す

 なぜ最も苦手な人間、小兵こひょうと一緒にダンジョンへ潜ることになっているのか。

 すうは数日前のことを思い返す。




 病院に戻ったすうたちを出迎えたのは異様な集団だった。

 くちばしが突き出た、鳥の頭を模したような異様な仮面の者たちと、その前には無機質な表情の黒いスーツの男が一人。


 松ノ木が間に立ってくれなければ、その時点で破れかぶれに逃げ出していたかもしれない。

 彼らによって囲まれすうは病院の奥深く、厳重な管理のされた地下へと連行されたのだ。


 やがて辿り着いたのは真っ白な小部屋だ。

 天井から床まで全てが白で構成され、端に同じく白いベッドと机が一つ置いてあるだけの空間。

 病院のベッドも白かったが、こちらは無機質さばかりが目立っていた。


 白部屋にすうは隔離された。

 行き詰まるような空間の中、ここからもう出ることはできないのだろうと、すうは諦めと共に考えていた。


 だがその三日後。




「すうちゃん! 今日からあなたは解放されることになりました!」


 いきなり白部屋に飛び込んできた松ノ木が、勢いよくそう告げてきた。


「……えっ、はやい」


 言われた言葉を咀嚼そしゃくして、すうの口から出てきたのはそんな感想だった。


 いや、間違いなく喜ばしい話だ。

 ただもう一生出られないという覚悟に対して、救われるまでの時間が短すぎた。喜びより驚きが勝ってしまっている。


「それについてはこれから説明します。ですがそれより」


 ベッドに座って唖然とするすうの前に、松ノ木が膝をついて体を触ってくる。


「あれから体に問題はないですか? ごはんは食べさせてもらえました?」


 心配の声と、それに似合わない無表情。

 久しぶりのちぐはぐさだ。話の速さについていけていなかったすうが、ほっと息をつく。


 早く出られるのはいいことなのだ。松ノ木がなんとかしてくれたのだろう。


「だいじょうぶ、食べてる」


 すうに余裕があるのはここでも毎日三回のごはんが出てきたからだ。

 病院の地下にあるからか、出てくるメニューも同じだった。


「しろいつぶみたいなのが、いままでにない、味だった」


 一つ違うのは、毎食白く丸い粒がついてきたことだ。


 粒は固く、噛み砕いた瞬間に強烈な苦みが舌を貫いた。

 しかも砕けた粉はすぐさま溶けて舌に張りつき、飲み込もうとしても上手くいかない。そのままじわりとしみ込むように苦みを継続して与えてくるのだ。


 初めて食べたときはせき込んだほどだ。なかなかに癖の強い食べ物だったが、今ではその苦みが癖になっていた。


「野菜炒めに、かけると、いいかんじ」

「……すうちゃん、それはお薬……『錠剤』といって食事ではないんです。基本的には体を健康にするために飲むもので」

「えっ」

「ここで出されたものを飲めた……食べられたのはえらいですが、普段は食べてはいけませんよ」


 食べ物以外にも口に入れるものがあるというのか。

 愕然とするすうに、松ノ木は咳ばらいをする。


「とにかく元気なようでなによりです。それで、すうちゃんがこれからどうなるかについてですが」

「これから」


 解放されるというからには閉じ込められたりはしないのだろう。

 だけど一体どれだけの制限がかけられるのか。


 すうは気を引き締めて松ノ木へ向き合う。


「まず住む場所ですが、前に決まった養護施設から変更になりました」

「ここみたいな、けんさのしせつ、にいく?」

「いえ、一般の養護施設ですよ。単に行く場所が変わっただけですね」

「そうなの?」

「はい。ただ緊急の変更なので入所はまだ先になってしまうんです。それまでは病院で検査しつつ過ごしてもらうことになります」

「……そう」


 監禁されたりはしないらしい。だが普通に養護施設に入っていいのだろうか。

 すうが疑問に思っていると、松ノ木は「さらに」と続ける。


「すうちゃんのダンジョン探索が許可されました」

「えっ」

「これまでの検査で、すうちゃんの体は魔素とあまりに密接に結びついていると判明しました。そのため魔素の少ない場所だと体調を崩してしまうそうです」

「う、うん?」

「体調管理の一端として、ダンジョンに潜ってもいいということになりました。さらにダンジョン探索ライセンスを発行しましたので、これで身分の証明もできることになります」

「ま、まって」


 淡々と告げていく松ノ木にすうは手を挙げた。


「なんでしょう」

「だ、だいじょうぶ、なの?」


 色々言いたいことがありすぎてそれしかでてこなかった。


 あまりに都合が良すぎる。

 すうは自分がどれぐらい怪しいかわかっている。魔物と断定されてもおかしくないのだ。

 だというのに、普通に養護施設へ入れる上に、ダンジョンの探索まで許される?


 すうが戸惑っていると、松ノ木はわずかに目を細めた。


「もちろん、制限はあります。すうちゃんは、ダンジョン区画から外へ出るのに許可がいります。勝手に出たら逮捕されてしまいますよ」

「た、たいほ……」

「ちなみに探索者ライセンスを出口で提示したら普通に通れますよ」

「ないも、どうぜんの、せいげん!」

「まあ探索者全員に義務付けられていますから。複雑にすると手間がかかりすぎます」

「わたし、だけでも、ない!」


 すうだから許されないのではなく、探索者になるとそういう制限ができるらしい。


「そ、それいがいに、せいげんは?」

「ありません」


 つまりすう個人に課せられたものは何もないらしい。


 餌を入れられすぎた猫のようにそっと身を引くすう。こんなことがありえていいのかと、混乱の極みにいた。

 ただ松ノ木もこれが異常であるとは感じているらしい。


「すうちゃんの心配もわかります。実際、色々な事情がからんでいますから。」

「じじょう、って?」

「それは説明できないんです」


 申し訳なさげに松ノ木は眉を下げた。

 無表情が変わるほどの何かがあるらしい。


 すうは思案して……やがて、一つの質問を出す。


「松ノ木、さん」

「はい」

「わたし、は、ちゃんとファミレスに、行ける?」


 すうにとって、何よりも大事な質問だった。

 松ノ木もまたそれを理解してくれたのだろう。まっすぐにすうの目を見返して、力強く頷いた。


「――はい。すうちゃんが普通に暮らす限り、なにも問題になることはありません」


 しばらく見つめ合い、やがてすうの方から目を離しベッドへ座り直す。


「じゃあ、いい」

「……いいんですか? そんな簡単に」

「しんじてる、から」


 体が崩れたすうの願いを松ノ木は何も言わず叶えてくれた。

 そんな松ノ木が大丈夫というなら、それでいい。


「……」


 しんと松ノ木が黙り込む。

 次の瞬間、その鋭い目から滝のような涙が溢れ出た。


「うわっ」

「ずう゛ぢゃん……!」


 松ノ木を信じてはいるが、いきなり泣き出すのはやっぱり怖い。

 そして怖さとは別に胸の奥がむずむずする感じもあった。

 それが耐えきれずすうは話題を変える。


「あの、そう! ライセンス、あるなら、お金稼げる、よね!」


 お金を稼げれば、念願のファミレスへ行ける。

 口に出した後でそれに気づき、すうは目を輝かせた。


「――ん゛ん゛っ! いえ、それはまだできません」


 だがそれは無理やりに涙と鼻を拭って落ち着いた松ノ木から、冷静に却下される。


「なんで!?」

「すうちゃんのライセンスは特例探索者ライセンス扱いなんです」


 特例探索者とは、本来十五歳から取れるライセンスを、十四歳の内に取っていいと許可された者のことだ。

 すうも調べて知っている。


「入迷自体は許されても、規則には従って貰わないといけません。特例探索者は二階層以降で一年以上活動している方と一緒でないと、ダンジョンに潜ってはいけないんです」

「むう。じゃあ、しょうかいして」


 自由にとはいかないようだ。

 一緒に入る探索者は、知り合いであったりダンジョン課から紹介されたりと色々だ。

 そしてすうに知り合いがいない以上、ダンジョン課の松ノ木に頼むのが早い。


 だが松ノ木は首を横に振った。


「いえ、すうちゃんと一緒に潜る人はもう決まっているんです。まだすうちゃんは年齢も低いですし、今手が空いていて一番強い方を、と」

「え、つよい、って」


 嫌な予感がしたすうに、松ノ木は善意百%の顔で言った。


「なので、小兵こひょうさんに受けていただきました」




 思い返したすうはまた天を仰いだ。

 そう、小兵と二人の状況は松ノ木によって作られたのだ。


 松ノ木の善意にすうは救われ、松ノ木の善意がすうを地獄へ叩き落とす。

 人の生の難しさをこの時すうは知った。


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