十四話 すう、恐れる
強烈な視線がすうを貫いた。
「!?」
人から注目されたという程度ではない。
ダンジョンの壁全てに目玉が生えて凝視してきたような圧力がすうを襲う。ゾッと背筋が震え、すうは咄嗟に辺りへ目をやろうとする。
ただ、その前に瞬きを一つして。
目を開いた時――すでに感覚は消えていた。
文字通り一瞬で何の気配もなくなったのだ。
「……?」
「階段を降りるぞ」
嘘のように消失した視線にすうは混乱する。
グロッキー状態から来る幻覚かもしれない。少なくとも小兵は何も感じていないようで、気楽に言って一息に階段を飛び降りていく。
「ひぃ」
空高くを高速で飛ぶのは怖いが、地面スレスレを高速で落ちていくのも怖い。速さは正義だったはずなのに。
だがその時、混乱しているすうの体へ急速に何かが満ちてきた。
すうは目を見張る。
これが魔素だろうか。今まで意識などしてこなかったすうだが、枯渇した後だと階段の下へ行けば行くほど体に何かが取り込まれていくのがわかる。
すでにすうの体の崩壊は止まっていた。気だるさも消えている。
取れた腕がくっつくことは流石になかったが。
「よし、到着」
崩壊が止まるのと同じくして、一階層へと小兵が着地した。
すうはそっと草原へと降ろされる。
体の崩壊は止まり、無事に地上へ降りられた。命の危機は脱したのだ、二つの意味で。
「えぇと、ポーションは」
「じ、じめん」
小兵がごそごそと何かしている間、すうはかつてを思い出すように草っぱらへとへばりついた。
確かな地面の感触を堪能しながらも体が浮くような感覚が抜けない。
「あたまが、ぐらぐら、する」
「まずいな、新しい症状が……!」
これはお前のせいじゃと叫びたかったが、そのおかげで助けられたし、文句を言った後が怖かったのですうは口をつぐんだ。
「早く治さないと!」
結果、急いだ小兵からものすごい勢いで顔面にポーションをぶっかけられた。
身体能力の強さゆえか、液体がドパン! と衝撃波のように顔を打ち据える。頭が吹っ飛ぶかと思うような痛みにすうは地面を転がる羽目になった。
「ふぐあぁぁ……!」
「待て動くな! 腕がくっつけられない!」
「ぬぐあああ!?」
いや転がることすら許されなかった。がっちり肩を掴まれ取れた腕を押しつけられる。
掴まれた肩のあたりからメキメキと骨の砕けそうな音が響く。これは治っている音なのか、それとも壊れている音なのか。
「こんなもんか」
やがて拷問のような時間が終わり、ぱんぱんと手を払って小兵が離れた。
後に残るのは草原に放り出されたすうだけだ。
砕けた腕はくっつき、崩れた体も完全に治っている。なのに心にのしかかるこの重苦しい疲労と痛みはなんだろうか。
起き上がらないすうに心配の声がかけられる。
「まだ治りきっていないか? ポーションはもう一本あるけど――」
「だいじょぶ、です!」
すぐさま起き上がり元気をアピールする。
満足げに頷いた小兵はポーションをしまって手を差し伸べてきた。躊躇いつつもすうはその手を取り起こされる。
松ノ木より小さいのに近寄りがたい強大さが伝わってくる手だった。
パッと距離を取ってから、すうは小さく頭を下げる
「あの、ありがとう、ございました」
「いや、いいよ。それにしてもあの現象はなんなんだろうな。深い層なら『崩毒』があるけど、あなたは何階層まで潜って……」
途中で言葉を止めた小兵がすうを上から下まで舐めるように見つめてくる。
「……あなた、もしかして子供か? 少なくともダンジョンに潜れる年齢ではないよな」
詳しい事情を話す気になれず、すうは誤魔化しに今までの恨みを少しだけ込めて返す。
「……そっちも、にたような、ものじゃ」
――その瞬間、すうは小兵の顔に修羅を見た。
「ぴっ」
「人の見た目の話は置いておいてだ。もしかして探索者じゃなくて魔素の影響を……ん?いや、待てよ。あなたの顔はたしか見たことがあるな」
ビク、とすうは僅かに肩を跳ねさせる。
「そうだ。ダンジョンから出てきたあの子供だ。人間だってわかって、ダンジョン課預かりになったんだったか――でも、あの体の崩れ方は『ジリリリリ!!』」
小兵の疑念を遮るように携帯電話が鳴った。
小兵はすうから微塵も目を離さないまま、携帯電話を片手で取り出した。
その目に僅かな警戒が見えて、すうは目を逸らすと殺されるのではと指一本動かせなかった。
「ああ、松ノ木。どういうことだ。この子の体は……検査? もう一度? ………………そうか」
長い沈黙の後、一つ返事をして小兵は電話を切った。
「どうも、なにかややこしいことになってるっぽいな。あなたに傷をつけずにつれてきてほしいって言われたよ。病院でまた検査をするんだってさ」
「けんさ……」
嫌な響きに心臓が早くなっていく。
身を縮めたすうの頭に小兵がぽんと手を乗せてきた。
「警戒しなくてもいいよ。松ノ木なら悪いようにはしないから」
「む……」
「それじゃ戻ろうか」
別の意味で心臓が跳ねた。
「ま、またあの、空をとんで、もどる?」
「いや、あれは緊急事態だからそうしただけだ。普通に車だよ」
すうは心底から安堵の息をつく。
「あ、お望みならまた抱えるけど」
「のー!」
全身で絶対の拒絶を示してすうは階段を駆け上った。
いくら助けられたとはいえ、元々恐怖を抱いていたところに無茶苦茶な治療だ。小兵への印象は完全に恐ろしいものとして固定されてしまっていた。
後ろからついてくる小兵を振り切るように足を速めながら、すうは考える。
これから自分はどうなるのか。
検査をされるということは、疑われているのは間違いない。それどころかもう正体がバレている可能性が高い。
戻っても無事には済まないのだろう。
かといって小兵がいる以上、逃げることなんてできない。
松ノ木がなんとかしてくれるかも。
希望に縋りながら、すうは最期にごはんは食べさせてほしいと願った。
そして数日後。
すうは無事に日常を過ごせていた。
「なぜ」
しかも現在いるのは『神迷』の一階層。念願のダンジョン探索までも許されたのだ。
「なぜ……?」
だがなぜこんなことになったのかと問わずにはいられない。
草原でぽつんと佇み、すうは遠くを眺める。
その後ろから気さくに声がかけられた。
「さあ、頑張ろうか」
すうはそっと後ろへ視線をやる。
そこにいるのは――小兵だ。
最も恐ろしい人間と、すうはダンジョンへ潜っているのだ。
「なぜ……」
逃避気味に空を見上げてすうは再び呟き、ここ数日のことを思い返す。




