十二話 すう、ダンジョンに入れない
ファミレスへ行くのは難しい。
松ノ木が申し訳なさげに言った言葉は、重湯を食べた瞬間のインパクト並みに強くすうの脳を揺らしていた。
「ど、どっどどっ、どどどういう——」
「お、落ち着ついてください」
かつてない狼狽を見せるすうに、松ノ木が無表情の上から冷や汗をかく。
「養護施設の経営は国からの補助金や寄付金なんかで賄われているんです。ですがやはり今の状況だと寄付もあまり芳しくなく……つまり、お金が足りないんです」
「おかねが」
「『迷宮災害』から十五年経った今、物も人手もまだまだ足りていません。あまりよろしくない経営をしている施設も——いえ」
ぱっと松ノ木が自分の口を押さえた。
「すみません、不安にさせるようなことを」
「それより、ファミレス……」
「は、はい。ともかく施設のどこもお金が足りず食材も多く安く買い込むのが普通ですね。特にダンジョンに近いこの辺りは……色々事情があって、どこにも行けなかった子たちが集まります。お金の事情は厳しく、ファミレスなど外食はかなり難しいかと」
「……ぜったい、いけない?」
「一応、絶対とは……ダンジョン近くの施設でなければお小遣いがもらえたり、行事やイベントで外へ食べに行くこともあるそうですが……」
「おかねは、どうしたら、たくさんてにはいる?」
無表情のまま松ノ木は遠くを見た。
「バイトや就職など色々ありますが、誰もが行える、一番簡単で一攫千金も狙える職業は……やっぱりダンジョン探索なんでしょうね。危険ですが、国も奨励していますし」
「じゃあ、ダンジョンたんさくを」
「すみません。すうちゃんはできません」
「ばいと、しゅうしょく……」
「すうちゃんはできません」
「こどもだから?」
「はい」
大人になっておけばよかった。
頭を抱えるすうだが、もうどうしようもない。
もう一度体を作り直すにも、そのためには魔道具をまた手に入れなければならない。あれは一度使ったら壊れてしまったのだ。
だが魔道具を手に入れるためにはダンジョンへ入らなければいけない。
そしてダンジョンには子供だから入れない。
八方塞がりだった。
「ぬぬぬ」
「もちろん、私もちゃんとした施設を探します。それに、三年待てばダンジョンに入れるようにはなりますから。探索をするにしても命は大事にしてほしいですが」
「むぅぅ……」
慰めるような松ノ木の言葉にもすうは納得できない。
何か手段がないかと考えを巡らせる。しかしすうにはそもそも知識が足りなかった。
松ノ木に何か抜け道は無いかと聞いてみても、「すみません」と困ったように(無表情で)謝られただけだ。
松ノ木が帰った後もすうは頭を回し続ける。
近づいたかと思えば遠ざかってしまったファミレス。手の届かない食べ物に対し、すうの飢えは凄まじい集中を発揮する。
魔物と戦い、探索者から逃げるダンジョン生活でもすうの意思がそがれることはなかったのだ。
それが集中を妨げるもののない環境ならどれほどの力を発揮するのか!
「すうちゃん、ごはんだよ」
「わーい」
いや、妨げるものはあった。
毎日三回の食事だ。
飢えから力を発揮するすうだからこそ食事には弱かった。食べている間はそれを味わうことだけに全霊を費やし、考えていたことなど吹っ飛んでしまうのだ。
これが毎日重湯だったとしてもすうは喜んで食べていただろう。
しかし日が経つにつれ、病院からの食事は豪華になっていくのである。
夕食は重湯に加え、具無しの味噌汁がついた。
鼻から抜けていく味噌の風味が楽しく、わずかな塩味が舌をピリピリ刺激する。そこに重湯を食べれば柔らかな甘味が舌を癒すのだ。
塩味と甘味のサイクルをすうは知った。
翌朝は重湯がおかゆに代わった。重湯はほとんど液体だったが、こちらは柔らかく煮込まれているとはいえ米がしっかり入っている。
味が重湯より遥かに濃く、また固体と液体の中間のような粒の触感がすうは気に入った。
――そして、デザートにヨーグルト。
「デザート、ってなに?」
「ごはんの後に食べるやつだよー」
「そんなぜいたくが……!」
松ノ木から一日三食が基本だと教えられていたすうは、それ以上に食べることを許される瞬間があると学んだ。
様々な食事に彩られる日々をすうは満喫したのだった……。
結果、何の案も思いつかないまま退院の日を迎えることとなった。
「ぬぐぐぐぅ……!!」
待合室のソファに座ってすうは頭を抱える。
もう今日はこのまま施設に移動するというのに。
あまりにも幸せな日々だった。なんなら最近は今日のデザートが何かを予想する方に集中していたりした。
おいしいものが食べられるならファミレスは別にいいのでは? という考えすらよぎっていた。
実際それでだめなこともないというのがまたすうを悩ませている。
すうが地上へ来たのは人の食べ物……美味しいものを食べるためだ。別にファミレスだけにこだわる必要はない。
だが。
『ダンジョン・カロリーブロックは飽きた』
あの探索者の一言がずっと、胸の奥のところをちくちく刺してくる。
すうが地上へ来たのは美味を味わうためだ。それは間違いない。
ただほんの少し、あの探索者がダンジョン・カロリーブロックよりおいしいと言った味を、自分の舌で味わいたいのだ。
この胸につっかえる気分を抱えたままにするのが、どうしてもすうは嫌だった。
胸のもやもやが影響したのか、体全体がなんとなく気だるい。それがまた気分を重くする
「むー……」
「すうちゃん、退院の手続きが終わりました」
唸っていると受付にいた松ノ木がすうの近くに来ていた。
「この数日、色々と検査や聞き取りで大変でしたね」
「?」
すうは首を傾げる。
あれほど求めたファミレスへの欲求が薄れかけるほど、ごはんに夢中だったすうだ。他のことはあまり記憶になかった。
「覚えてないんですか? いえ、トラウマになるよりはいいんですが」
たくましい子だ、とつぶやいた松ノ木がすうに手を差し出してくる。
その手を自然とすうは握って歩き出す。
そういえば、こんな風に手を繋ぎながら色々なところに連れていかれてた気がする。
握った手にどこか安心感を覚え、それが不思議ですうは松ノ木を見上げた。
すると見下ろしてくる松ノ木と目が合う。
「じゃあ行きましょうか」
そう言われ出口へと向かう。
病院とはまた違うごはんが待っていると思えばすうに不安はない。
ただやっぱりファミレスという言葉が胸をもやもやさせる。
「むぅぅ」
「ファミレスについてはこっちでも何か考えておきますから」
考えを読み取ったように言われ、すうは諦めて施設へ行ってから考えることにした。
施設の食事もそれはそれで楽しみではあるのだ。
そして自動ドアに一歩踏み出そうとした時だ。
すうは自分の腕に違和感を覚える。むずむずするような、痛みに似た疼きを感じた。
「?」
「すうちゃん?」
思わず足を止めると、松ノ木が一歩先に出て少しだけ腕が引っ張られ——その瞬間。
すうの腕がボロッと取れた。
「「え?」」




