百十一話 すう、友達の家に行く
元町・三宮でダンジョンに取り込まれた騒動から三日後。
『三日後、屋敷に来て。他の子にはないしょでねー』
七巫との約束通り、いそいそと準備をしたすうは神桜の屋敷へ行こうとして……そこで問題に気づいた。
「やしきって、どこに、ある?」
すうは首を傾げる。
肝心の屋敷の場所を知らされていないのだ。
元町・三宮にあるのだろうということはわかるが、どう合流するか。
とりあえず三宮に行けばいいのか。でも一人で電車に乗るのも不安だ。危険がないとわかっていてもあの迫力は警戒してしまう——と、悩みながらもすうが病院から出ると。
「すう様ですね? 神桜の者です。巫女からの命でお迎えにあがりました」
見たこともないほど真っ黒で長い車が病院の前に止まっていて、同じぐらい真っ黒なスーツを着た男が丁寧に頭を下げてきた。
あれよあれよとすうは車に乗せられた。
特例探索者試験の時に乗ったバスと違って、ガタガタの道でも車は揺れずに走り、体感では電車よりも速く目的地へ到着する。
「どうぞ」
「ど、どうも」
運転をしていた男はすうが車から降りる際にもきっちり腰を折る。
その扱いにぎくしゃくと応じつつ、すうは目の前の屋敷を見上げた。
目に映るのは、木で作られた古く厳めしい門。
高さはすうの身長の倍以上、幅は片側の門だけでもすうが両手を広げるより大きい。
さらに門の両側には高い塀がずっと、どこまでも続いている。
その威容にすうは思わず一歩下がる。
「やしき、って……ひとのすむ、ばしょだよ、ね?」
どちらかというとダンジョンの入り口のようだった。
中に入ったらいきなり迷路が広がっていても違和感がない。
そんな威圧感を覚える門がごぉん、と重い音を立てて開き始め——広い敷地の中、どんと構える屋敷が露になった。
その光景もまたダンジョンの中にあった神殿のようで、すうとしては魔物が飛び出してこないかちょっと心配になる。
——あ、ななみも、まものか。
だとしたらこの雰囲気はちょうどいいのかもしれない。
「ようこそいらっしゃいました」
「!?」
そんなことを考えていたせいで、門の陰から現れた女性に飛びのきそうになってしまう。
「巫女の部屋へご案内いたします。……少し難解な造りですので、どうぞわたくしから離れませんよう」
女性は運転手と同じく丁寧に頭を下げてきた。
人が住んでいるということはちゃんと家らしい。
だとしたらこんなに大きな家に、魔物であるはずの七巫がどうやって住んでいるのだろうか。
疑問を抱えたまますうは屋敷の中へと踏み込むことになった。
神桜の屋敷は、外見のみならず内部もダンジョンのようだった。
ぐねぐねと曲がりくねった廊下を歩き、時には部屋の中を突っ切り、外の庭に出たかと思うとまた中に引っ込む。
そのどこでも薄いピンク色の花を咲かせた木や枝が目に入ってくるのはなんなのか。
しかも途中から壁や床に魔素が混じり始めてきた。
——ダンジョン、じゃないよ、ね?
「到着しました。こちらです」
不安を抱きつつ辺りを観察していると、ふと前を歩く女性が立ち止まって横に退いた。
それと同時。
「いらっしゃい、すうちゃん!」
スパン! と勢いよく障子を開いて、満面の笑みの七巫が迎えてきた。
その顔を見てようやくすうは肩の力が抜けた。
「おじゃま、します」
「さー、入って入って! おやつも用意してるよ!」
「おやつ!」
その一言で緊張が吹っ飛んだすうは意気揚々と部屋へ足を踏み入れる。
七巫の部屋は広々としていながら、怪しさに満ち溢れていた。
基本は普通の和室。しかし壁には何故かべたべたと札が張られ、天井近くには紙で作られた人形がつるされ、部屋の隅四方にはうっすらと輝く桜の枝が飾られている。
常人ならぎょっとするどころか固まるような光景。
しかしすうの意識の全ては部屋の真ん中にある丸テーブル、その上に置かれているものへと注がれていた。
「すうちゃんが好きなものわかんなくてね。とりあえずヨウハイムのケーキをいくつか用意しました!」
ヨウハイムのケーキ。
あの思考が溶けるような甘く、柔らかく、素晴らしいおやつが、たくさん。
すうはふらりと丸テーブルへ吸い寄せられそうになる。
だがあれは人が買ったもの。理性を総動員してどうにか足を止めながら、すうは七巫へと確認を取る。
「たべて、いいの?」
「いくらでもいいよ!」
「いただき、ます!」
お許しが出るやいなやすうは即座に丸テーブルの前に正座し、ケーキへフォークを突き立てた。
——すうは至高の時間を堪能しています。しばらくお待ちください——
「おいし、かった……」
とろけるような気分でため息をつく。
ケーキを食べ終わってからしばらく口すらきけないほどだったが、どうにか意識が現世に戻ってきたようだ。
「よかった……一生あのままなのかと思った……!」
その横で七巫は安堵の息を吐いていた。
ケーキを食べ終えたすうが恍惚とした顔でうんともすんとも言わなくなり、かなり焦っていたのだ。
前にも似たような反応をしていたが、今回の方が長かった。
とにかくどうにか二人とも落ち着いて、丸テーブルを挟み、ようやく普通に話を始める。
「あれからそっちは大丈夫だった? すうちゃんとか倒れそうになってたけど」
「もんだい、ない」
すうは空腹以外に問題はなかったし、杏子もかすり傷を負ったぐらいだった。
「ギャーも、げんき」
『ギャ!』
すうが名前を出せば、右手の腕輪からちょろりと小さなトカゲが姿を現す。
ダンジョンを駆け抜けて疲労困憊だったギャーは、あれからごはんをよく食べて魔素も少しずつ供給して、すっかり元気を取り戻していた。
その様子に七巫もぱっと笑う。
「ギャーちゃん、ダンジョンの中ではありがとね」
「でも、ななみは、だいじょう、ぶ?」
あの場で最も重症だったのは七巫だ。
核に近づき濃い魔素を見たことで目のみならず全身にダメージを受けていた。
「もう全快! もともと怪我は治りやすいしね、これのおかげでさ」
苦笑した七巫が、腕からずるりと不透明な枝を出す。
木の魔物は再生が速いのだろうか。すうはそう考えつつ「よかった」と頷いた。
「あ、すうちゃんにもこういう再生力とかはある?」
すうは少し考えて首を横に振った。
「ふつうの、にんげんと、おなじ……だと、おもう」
「そっかぁ。まあ基本的には人間だよね。……ちなみにさ、すうちゃんはどうやってこんな体になった、とかおぼえてる?」
聞かれてすうはかつてのことを思い返す。
もう遥か昔に思えるが、まだ二か月と経っていない過去のことを。
「ダンジョンで、まどうぐ、つかった」
「魔道具?」
すうがこの姿になったのは、『神迷』の五階層で発見した魔道具によるものだ。
名前も知らないその魔道具は、ダンジョンの中でもひときわ大きな建造物……今回の神殿に似た建物の中にあった。
宝箱に入っていたわけでもなく、なぜかそこらへんに転がっていたのだ。
「ぼろぼろの、ぬのが、まかれた……からからの、て? みたいな、の」
「へぇ、聞いたことないな。そんな魔道具があるんだ……」
「ななみは、どうやっ、て?」
「ん? うん、私もまあ……魔道具っちゃ魔道具、か? うん、まあ似たような感じ。ごめん、ちょっと説明しづらくて」
「べつに、いい」
歯切れ悪く笑う七巫にすうは首を横に振る。
きっと七巫も簡単には言えないような苦労を重ねたのだろう。そんな同族意識で深く聞くことはしなかった。
「でもそんな魔道具、欲しがる人は山ほどいるだろうね。実物があったら相当な額に——」
「おかね!?」
「おわ!?」
身を乗り出したすうに七巫が仰け反った。
「おかね、ほしい」
「そ、そんなに困ってるの? 『神迷』での隠し部屋発見でかなりの額を貰ってたと思うんだけど」
「それは、そうだけど……む?」
ふとすうは首を傾げた。
「なんで、かくしべやのこと、しってる、の?」
特に話してはいなかったはずなのに。そんな疑問を投げかけてみれば、ぎしっと七巫の動きが固まった。
やがて目を泳がせながら七巫は若干裏返った声をあげる。
「そ、そういう噂を聞いてさぁ」
「うわさ」
「『神迷』の、それも散々探索された二階層で新しく隠し部屋が見つかったなんてニュースはすぐ広まるからね! 見つけたのは小兵さんだとか、いや新人だったとか、そういう話があったから小兵さんの近くにいたのがすうちゃんなんじゃないかって考えたというか『神桜』のメンバーから聞いたと言うかけっして調べさせたとかじゃなくて」
隠し部屋を発見した直後、探索者たちからじろじろ見られたのをすうは思い出した。
『神迷』以外でも話題になっているらしい。注目されたくないのに。
げんなりしていると、「それはともかく!」と七巫が叫んだ。
「すうちゃんはそれを使って魔素が見れるようになったりもしたわけだ! そんな魔道具は誰でも欲しがるからね! 情報もお金になるから、どこで手に入れたとか聞かれたらちゃんと対価は要求した方がいいよ」
「まどうぐ、じゃなくて……じょうほうが、おかね、に?」
「魔道具は基本的に価値が高いでしょ? あれは地球の技術で再現できない機能も多いからなんだよ」
七巫はどこかほっとしたように解説を始める。
「他のドロップアイテムより、効果がしょぼくても魔道具の方を手に入れようとする人は結構いるんだ。どのダンジョンにどういう品が出るか確認し続けててね。どこからともなく新しい魔道具の情報聞きつけてくるよ。いやほんとどこからかね」
少し嫌そうに七巫は顔をしかめている。
「あと、悪質なのだと雑談のていで聞きだそうとする奴もいるから気をつけて……これ私にも当てはまるのでは……?」
「べつに、ななみなら、いい。せんぱい、だし」
「それはそれで後輩からたかってるみたいでヤダなーっ!」
「じゃあ……ともだち、だか、ら?」
「……お、おー」
「……」
和室になんともむずがゆい空気が広がった。
お互いに目をそらしてそわそわする二人。それがしばらく続いて、限界が来たように七巫が叫び出す。
「え、えーっと!? なんの話だっけ!? そう、魔道具! 魔道具を使ってこういう体になったんだよね!? じゃあすうちゃんにかかってる呪いも魔道具のせいなのかなー!」
「ん……む?」
妙な空気の中、さらりと告げられた聞き捨てならない言葉にすうは眉を寄せて七巫を見返す。
「のろ、い?」
「その体に纏わりついてる変な魔素のこと。ほら手みたいな形してるし」
「まとわり、つく……?」
「え?」
自分の体に得体の知れないものがついていることを、すうはこの時初めて知った。




