百十二話 すう、呪われてた
手みたいな形をした魔素が、すうの体に纏わりついている。
七巫からそう指摘されたすうは困惑して固まったあと、慌てて魔素感知を自分の周りに集中させる。
だが何も引っかかるものはない。いつも通り自分の体に魔素が巡っているとわかるだけだ。
「……なにも、かんじない、けど」
「あれ!? え、でもそんなに渦巻いてるのに……!?」
指摘した七巫の方も困惑していた。渦巻く様子を表現したいのか手をわちゃわちゃ動かしている。
「本人は気づけないタイプ、とか……? じゃあすうちゃんは自分が呪われてるのを知らなかったの!?」
すうは混乱しつつおずおずと頷いた。
「そもそも、のろいって、なに?」
言葉の響きや意味はすうも知っている。どこで聞いたのかは覚えていないが。
ただダンジョンが関わる『呪い』はそれとは別物に思えた。
「え、えーと。『呪い』っていうのはね、魔物の力や魔道具の副作用で陥る状態異常。かかると不都合なことが起きるんだよ。疲れやすくなったり、妙に魔物から目をつけられたり」
「……やっかい」
「ものによっては力になることもあるよ。いま言った『魔物から目をつけられる』とかは『神桜』のメンバーがかかった呪いでね。魔物が寄ってくるからドロップアイテム稼ぎにちょうどいいって、そのままにしてたりするの」
「おお……」
魔物をわざわざ探さなくていいのならたしかにお金稼ぎにはいいかもしれない。
しかしその人に自分が近寄るとどうなってしまうのか。すうはちょっと興味が湧いた。
やっぱり殴りかかりたくなったりするのだろうか。
「ななみは、そのひと、どうおも、う?」
「発想が豪快すぎてちょっと目は離せないよね。基本的にパーティーメンバーには気をつけるように言ってるし」
「めが、はなせない。なるほど」
せいぜい注目を向ける程度らしい、とすうは納得した。
お互いの認識が少々ズレていることには気づいていない。
「でも『呪い』がなんでそんな効果を引き起こすのかと言うと、魔素のせいなんだよね。魔物や魔道具から放たれた魔素が人にくっついて、体の魔素の巡りをかき乱して疲労させたり、フェロモンみたいに魔物を引き寄せたり。だから——」
困惑気味の七巫の視線がすうの周りに向いた。
その目は渦巻く魔素を追っているのか上下左右にわずかに揺れている。
「すうちゃんなら見えてると思ってたんだけど……」
「ぜんぜん、しらなかっ、た」
「何が理由なんだろ? 先代にも見えてたけど、神桜の血筋にしか見えないって可能性もある、のかなー?」
「わかんない、けど」
首をひねる七巫に対し、すうもまた考える。
自分にかかった『呪い』とは一体どういう効果なのか。
魔物から目をつけられる『呪い』があるという。
ならダンジョンから干渉されるようなものもあるのでは。
この『呪い』が、これまで色々と巻き込まれた原因なのでは?
結論としては一足飛びだ。しかしすうにとってはこれまでのトラブルの説明が全てつく気がした。
思わずテーブルにバンと手を突いてすうは身を乗り出す。
「『のろい』、とくほうほうって、ある!?」
「え!? 解いちゃうの!?」
すうよりも勢いよく七巫が乗り出してきた。
その勢いにすうはつい仰け反る。
「そ、そりゃ『呪い』は基本的にデメリットだけどね!? でもこんな体質になったのは『呪い』の方の作用かもしれないし……! 『呪い』って聞いて解除したいのは当たり前だけど、その、それって共通点がなくなるってことで……ちょっと寂しいというか……」
尻すぼみになっていく七巫の言葉ですうはハッとする。
——ひとがたに、なったの、『のろい』の、おか、げ?
五階層ですうが手に入れた魔道具。
今までは人の姿になるためのものとしか認識していなかった。
だがもしあの魔道具の効果は別にあり、人になったのが『呪い』のせいだとしたら。
『呪い』を解けば——すうは元のスライムに戻ってしまう。
「それは、やだ」
「そ、そうだよね!?」
「む? でも……」
「え!? まだ何かある!?」
『呪い』で人になっていたならこれまでのトラブルに『呪い』は関係ないのだろうか。
では魔道具の効果が「事件に遭遇しやすくなる」ことだったのか? そんな魔道具はあるのだろうか? じゃあ魔道具は関係なくて魔物の呪い?
「んん……?」
なんとなくしっくりこない。
すうが首を傾げていると。
「すうちゃん……!」
なぜかとても必死な様子の七巫がテーブルの上に乗ってすうの両肩を掴んできた。
行儀が悪いと言いかけたすうだが、血走った目に見つめられて口をつぐむ。
「なんで『呪い』を解こうとするのかな……!? この体、面倒なところもまあ色々あるけど結構便利じゃない!?」
「え、えっと」
理由を話さないと離してくれなさそうだった。
「こ、こんかいの、ダンジョン。のろいのせいで、でてきたの、かも」
「え?」
「わたしの、まわり……なんか、ずっと、めずらしいじけん、が、おきて……あ」
口に出してからすうはそのまずさに気づいた。
七巫は元町・三宮に被害が出ることを忌避していた。その原因の一つにすうがいるとわかれば今みたいな関係は壊れてしまうのではないか。
ただ真っ直ぐ射貫くような七巫の視線は、誤魔化すことを許してくれそうにない。
「じつ、は——」
気持ちが纏まらないうちにすうの口は勝手に動き、これまでにあった事件を伝えていく。
今までに見つからなかった隠し部屋が突然出てきたこと。
『水族館』でボスが外へ出てきたこと。
今回の不安定なダンジョンも、まずすうを襲ってきたこと。
そしてどんな時にも——ダンジョンの奥深くから覗かれているように感じたこと。
なにかが、すうに干渉しているのではないか。
「そういう、ふうに、おもって……」
口をもごもごさせつつすうは話を終えた。
今まではただなんとなく感じていたことでしかなかった。
別れる時に心配を掛けたくなくて小兵にも言えなかった。
だが口に出してみるとどんどん自分のせいだったのでは、と思えてしまう。
これは『呪い』なのか?
もしかすると『呪い』も魔道具も関係ないのでは?
すうが——すうという魔物が原因なのでは。
底にまで思考が沈み込みそうになった時。
いきなりゴッ! と。
七巫が頭をテーブルに叩きつけた。
「よかったーーー!!!」
突然の凶行。さらに喜んでいるっぽい絶叫。何だこの状況。
すうが唖然と眺めていると七巫がバッと顔をあげる。心底安堵したように表情が緩んでいた。
「嫌われたとかじゃなかった……! よかった……!」
「あの、ななみ……?」
「あ、ご、ごめん。とりあえず悩みはわかったよ。でもそんなに背負い込むような事じゃないと思う」
あっけらかんと七巫は言った。
想定と全く違う軽い反応にすうはぽかんと七巫を眺めてしまう。
「今回のダンジョンに関しては……うん、他にも関わってるものがありそうだしね? 特にダンジョン側に意思があるなら狙いたいのは私の方じゃない? ずっと潰してきた神桜一族だからね」
「で、でも」
「最初にすうちゃんが狙われたのだって、私をおびき寄せるための餌かもしれないし」
七巫はわずかに目を細めた。
声に混じる冷たさはすうを慰めるようなものではない。
怯むすうに気づいたのか七巫は慌てたように顔を振った。
「あー、あと他のことに関しては……正直ダンジョンで史上初! みたいなことって結構よくあるんだよね」
「え」
「今回の、不安定なダンジョンに取り込まれたっていう事件。管理局も把握してなかったから今までに起きたことはないと思う。でも同じぐらい大変なことは他でもあるんだよ」
「ほか、って」
「例えば山と山の間の崖がそのままダンジョンの入り口になった『断崖山道』とか。崖の面積全部が入り口な日本一広いダンジョンだよ。下へ行くための階段がちゃんと用意されてなかったり、隠し部屋の魔物が崖を登ってこようとしたりする要注意ダンジョン。
『飛行栓』は飛んでいる最中の飛行機内にダンジョンが出現してそのまま固定されちゃったんだって。しかもそのせいなのか近くの空がひび割れててその下は真っ暗だとか。ひび割れの向こうからたまに巨大な目が覗くらしいよ。
あとこの近くでも、ある館の中で入り口を追いかけないと入れない『異次元館』とか? あ、『水族館』も本当のボスや核がまだ見つかっていなくて討伐できないし。
『元街三宮』も世界で初めての侵食型だから例外側だね」
常識から外れた例がポンポン出てくる。
すうは開いた口が塞がらないまますらすら語られる情報を聞いていた。
「なんなら小兵さんとかは散々そういうトラブルに巻き込まれたり、突っ込んでいったりしたんじゃないかな。まだダンジョンが現れたばかりの時に活躍してるから未知の現象ばっかり起こってただろうし」
唐突に出された小兵の名にすうはピクリと肩を揺らす。
「ダンジョンが出現してもう十五年。だけど、まだ十五年。ダンジョンに関する未知のことなんて、これからいくらでも起きるだろうね。だからそう悩むことでもないと思うよ?」
「ええ……」
すうが抱えていた悩みは壮大な世界の現状に割と吹っ飛ばされてしまった。
「まあでも、だからこそすうちゃんが感じたことも気のせいとは思わない方がいいね。ダンジョンからの視線とかは本当に危険かもしれないし。トラブルに遭遇しやすい体質ならそこは気をつけないといけないかな。……それこそ人だってヤバイ奴らは敵にはなるからね? 何かあったら相談してね?」
小兵にも似たことを言われた気がする、と思い返しつつ頷くと、七巫はパッと笑った。
「これからダンジョンへ潜るなら『神桜』と協力することもあるかも。うちのメンバーは普段あちこちに出稼ぎに行ってるから、出会ったらその時はよろしくね!」
「……ん」
ダンジョンへ潜る。
少し前なら嫌な顔をして断っただろう。
すうはトラブルに行き会うのが嫌で……それに、トラブルに誰かが巻き込まれるのでは、と心配になって、探索に行っていいのか悩んでいた。
だけど世界は広かった。自分が考えるよりもっとたくさん大変なことは起きている。
小兵なんかはきっと自分よりも遥かに多くの未知を越えてきて英雄と呼ばれている。
ならすうが……人と違うからと遠慮する必要も、ないのだろうか。
気持ちが軽くなったすうはそれから日が落ちかけるまで七巫と話して、門限が近くなるとまた車で送ってもらった。
揺れのほとんどない車の中で、明日からのことを考える。
「……ダンジョン、いこう」
魔素の補給とは違うダンジョン探索。
『神迷』へ久しぶりに潜ろうと、すうは決めた。




