百八話 地神と神桜
今回、推敲中の中途半端に途切れたものを投稿してしまいました。申し訳ありません。
現在は修整しております。
——真世党。
その組織について地神が知っているのは、とにかく過激な活動家であるということ。
異なる世界から訪れたあらゆる存在を滅ぼし、『真の世界』を取り戻す——そんなスローガンを掲げて人を害すことを厭わないイカれた者たち。
——奴らが魔物を利用しようとしている?
使間の尋問を終えた地神は、得られた情報に考えを巡らせながら刑務所の建物を出た。
それと同時、ここまで案内をしていた職員がなにか連絡を受けたようで、耳元に手を当てている。
「え? あ、はい。わかりました」
若い職員は地神を振り返った。
「地神さん、迎えの方が来られているようです」
「迎え?」
地神は眉をひそめた。
特に誰かへ頼んだ覚えはない。刑務所側が用意してくれたのかと太い首を捻り。
「えぇと、神桜と言えば伝わると」
職員の口から出てきた言葉に、僅かに目を見開いた。
刑務所から出ると、すぐ目の前に黒塗りの高級車が停まっていた。
「お久しぶりです、地神さん」
訛りの強い口調で話しかけてきたのは褐色の肌にうねった黒髪の青年だった。
青年は淀んでこそいないが光のない目で地神を見返してくる。
「神桜の根来いうもんです。今日は急ぎの話がありまして……とりあえず車に乗ってもらえると」
「ちょっと待て」
さらさらと話を進めようとする根来を地神は眉を寄せて止めた。
「久しぶりというが俺はそちらのことを覚えていない。神桜と地神の家に付き合いがあるのは知ってるが、俺は地神と距離を置いている。神桜に何があったか知らんが深刻な話なら俺より父に持っていけ」
神桜と地神には古くから交流がある。
血が混ざっているわけでも、住んでいる所が近かったわけでもない。
ただある一つの共通点によって両者の家は繋がっていた。
が、色々あって地神はその辺から離れている。
いきなり車に乗れと言われても何も聞いていないのだ。素直にうなずけるわけがなかった。
しかし根来もそれは承知していたようだ。黒い目を一切逸らさず答えを返す。
「それはわかっとります。けどうちのお嬢、神桜の巫女と……あと小兵さんの方からも地神に話しとけ、と言われとるんで」
どちらの家とも関係なく、だが個人としては深い付き合いの名前が出てきて、地神は眉を寄せる。
「小兵から?」
「なんかいま変な意味が込められとったような……いえ、はい。地神の家の人なら聞いたことがある思うんですが」
首を傾げた褐色肌の青年は、気を取り直すように目を僅かに細めた。
「真世党が、動き始めました」
告げられた言葉に地神は一瞬固まった。
「……随分とタイミングがいいな。監視でもついていたか」
神桜には『根』と呼ばれる隠密が使えているという話を地神は聞いていた。
神桜のために情報を集め、操る集団が暗躍するのだと。
あるいは根来がそうなのか。だから今この時に来たのかと、気味の悪さに少々警戒を強める。
「? と、いいますと」
しかし根来は表情の薄い顔の中に疑問を宿していた。
「こちらもさきほど真世党に繋がる情報を手に入れた。……それを知って接触したんじゃないのか?」
「……!?」
根来の目が僅かに見開かれた。
表情の変化は僅かだが纏う雰囲気には驚愕が滲んでいる。
思ったよりわかりやすい反応に地神は警戒を解く。
どうも本当にタイミングがよかっただけらしい。
なんとも微妙な空気になってしまった。
面倒そうに地神は戸惑っている褐色の青年へと歩み寄る。
「とりあえず中で話をするか」
「ああ、はい」
地神たちが車へ乗りこみ、ふかふかのシートへ身を預けると、すぐに車は走り出した。
車には盗聴防止の魔道具が仕掛けられ、運転手も神桜の人間のため話にはちょうどいいという空間だ。
広い車内、ごく小さな振動の中で地神たちが向かい合うと、まず根来が口を開く。
「地神さんは真世党とこちらの関係についてはどれぐらいご存知で?」
値踏みするような根来の問いに地神は腕を組む。
「地神も、神桜も……異世界から漂着したものを崇めていた。だから奴らに狙われていた、とは聞いている」
異世界。
ダンジョンのはびこる今でさえ、真剣に口にすれば笑われそうな言葉。
だが根来は表情を変えず頷いた。
「神桜の『桜』は特にしつこく襲撃されとりました」
「地神の『ミミズ』は襲撃自体はあまりなかったようだが、畑が荒らされたそうだ」
どちらも異世界から何かがきているということを当然のように受け止めている。
それこそが、二家の共通点。
ダンジョンというものが現れるよりずっと前に、奇妙な存在を知って、共存していた者たち。
地と、桜。異なるところから来たものを神として祀って来た一族。
「ほんで真世党ですが、あいつらは何べん叩き潰してもどうやってか湧いて出てきます。本拠地まで突き止めたことかて何度もあんのに」
憎悪というより、しつこく湧き出るゴキブリや小蠅を鬱陶しく感じるような口調だ。
「それでも、ダンジョンが現れてからは大人しくなったと父に聞いたが」
「ええ。ダンジョンが実際に異世界から訪れたかはともかく、あいつらにとっちゃ『真の世界』を乱すもんですから。しかも規模も比べもんになりませんしね。そっちにかかりっきりになっとるんやろと思っとったんですが」
「それが動き出したと……いや、既にずっと前から動いてはいたのか?」
「前から、ですか」
「少なくとも数年以上はな」
地神は使間から聞き出した情報を伝えていく。
使間が魔物の行動に興味を持って調べ始めたのが数年前。
その時にはすでに真世党と思しき人物が魔物について調べていた。つまり真世党が動いているのはさらに前からとなる。
「……そんなに前からか。それに気づけへんとは」
「そっちでは何があったんだ?」
地神が問えば、根来はぽつりと話し出す。
「……元町・三宮では『大量発生』が起きているのはご存知で?」
「ああ、神桜の方で対処してたんだったな。今年も無事に済んで……いや、このタイミングということは」
「色々とやばかったそうです。巫女がダンジョンへ取り込まれました」
地神が目を見開いた。
「……誘拐でもされて放り込まれた、ということか?」
「いいえ。ダンジョンそのものが巫女の足元からいきなり出てきたそうです」
「その言い方だと真世党はダンジョンそのものを操ったように聞こえるんだが」
国ですらできていないことを?
圧すらかけて問いかける地神に、一拍置いて根来は首肯する。
「その可能性もあると思っとります」
「バカな。そんなものは魔物を操るよりもよほど——」
「僕もその場面を見とるわけやないんですが、護衛の神桜守君がそばにおってただ攫われたは考えづらいんですよ。神桜守っちゅうんはとにかく神桜から離れへんので。離れるように命じられても自分が対応できる範囲に絶対おるはずです……今代はだいぶ特殊ではあるんですが、そこは変わらへん」
それは擁護のように思える。
しかし地神からは神桜守というものはそうでなくてはならないという狂信に見えた。
「ほんで巫女が消えた後彼が辺りを探した時、怪しい動きしとる奴らがおった。そいつらが真世党のメンバーやったみたいです。なんで少なくとも無関係っちゅうことはないかと……ほんでもおかしいんですが」
「ほう?」
「真世党は万異殲滅、文字通り異世界のもんなんか断じて利用せぇへん。少しでもそれらしい気配があるだけで使わへんし、科学が発達した時も一時期は異世界からのもんちゃうかって疑って使ってへんかったらしいです」
「生きづらそうなことだ。だが、そんな奴らが魔物やダンジョンを利用していると。なぜそんな変化を起こしたのか……心当たりはありそうだが」
「……まだ調査段階なんで推測でしかないんですが」
「何も知らんよりはマシだ」
たっぷりした顎をくいと上げる地神へ頷き、根来は口を開く。
「お嬢が消えた瞬間、神桜守君はすぐに怪しい奴を捕まえたんやと。そしたらそいつはすぐに自害したらしいんですわ」
「……なかなかイカレてるな?」
地神は眉をひそめる。
ただそれは人の死そのものに対してではない。それほど簡単に死を選ぶ過激な思想を持つ者が、よく隠れて活動などできるなという疑問を抱いた故だ。
「顔は残っとったから『根』の方で色々調べたんです。けど、どうもそいつは裏の方に関わっとるわけでもなさそうでして」
「生活自体は普通に送っているだろう。全員が全員仮面をつけて踊っていたら即座に逮捕だ」
「友達付き合いも普通。……ただダンジョンを排除するっちゅう過激派が多かったぐらいで。真世党も万異殲滅のスローガンも知らなそうで。あと問題は、その自害した奴。最期に万異殲滅と一緒に、ダンジョンを滅ぼす、みたいなことも呟いてたそうで……」
「つまりどういうことだ」
何を問題としているのかがわからず、地神は話を纏めろと根来をねめつける。
「どうも真世党が変化したんはダンジョンが出現してからやないか、と」
「……」
「異世界からのもんが侵入してきてる、とか一般的には眉唾なことです。けどそこにダンジョンという証拠が来た」
話をようやく理解して地神が顔をしかめる。
「しかもダンジョンが起こしたんは『迷宮災害』……人類そのものを追い詰めた最悪の危機。亡くなった人らの恨みも相当なもんでしょう。そういう人らなら——」
「万異殲滅……異世界からの脅威を滅ぼすのにも納得するか」
「ただね、あいつらはやり方が雑でした。爆弾抱えて特攻とかそんなことすらやらかしたような奴らです。本拠地を叩くんも簡単やった……それでもどっかから湧いてくるから厄介なんですけど」
ただ今回のはどうも違う。
異世界アレルギーとも言えるような奴らが魔物や、最悪ダンジョンを利用している可能性がある。
「痕跡も残さへん徹底的なやり方。名前だけはおんなじやけど……中身がすり替わっとるんちゃうか、と」
「いい機会だと自分たちの思想を広め、膨れ上がった結果、乗っ取られた、か?」
「しかもそれを完璧に統制できるやつが」
根来と地神の視線が交差する。
「……どうも決めつけと推測が過ぎるな」
「それに関しては自分でもわかってます。ただね、危うさは感じますよ」
それこそ使間の一件でも多くの子どもたちと、素行が悪いとはいえ探索者たちがそそのかされた。
神桜でも偶然ダンジョンを討伐できたが、そのまま放っていたら人々が集まるところで再び『元街三宮』の悲劇が起きた可能性もある。
「あいつら周りのことを気にしてなさそうなんです」
「奴らの目的は、これまでの推測に則るなら……ダンジョン殲滅か」
ダンジョンのいくつかは有効利用されている。
世界が危機に陥ったのはダンジョンのせいだが、世界を支えているのもダンジョンだ。
それこそ『大量発生』に悩んでいる元町・三宮も、その『大量発生』のおかげで屋台が賑わっていたりする。
「有効利用できるものまで消すとでも? その後の世界を考えていないのか奴ら」
「憎しみやら好き嫌いは利益を越えることもあるんで。ダンジョンさえ滅ぼせたら世界がある程度どうなろうが構わんのかも。ほんで最大の問題は——」
——それこそダンジョンが憎い者なら誰であっても真世党に入る可能性があること。
「例えば、多くの人を動かす立場にいても」
見つめてくる根来に地神は顔をしかめる。
「……管理局やその上にも軽率には報告するなということか?」
「少なくとも神桜はまだ身内で留めてます」
「やれやれ……探索者は引退したんだがな。命を懸けることはなくなったが、面倒事は引退してからの方が多い」
愚痴るように言いつつも地神たちはこれからの方針を決める。
真世党については秘密裏に探る。
神桜と地神で情報を共有する。
「大雑把に過ぎるな」
「まだ奴らの目的も妄想で言っとるだけですから。とりあえずうちは元町・三宮を中心に調べますんで」
ようやく話が一段落して地神はシートへどさりともたれた。
その様子にお疲れ様ですと根来が頭を下げた。
「これから使間についての報告ですか。とりあえず管理局の方までお送りしますね」
「ああ……そういえば、お前のところの巫女はどうやってダンジョンから出てきたんだ?」
雑談のつもりで地神は話を振る。
「ああ、小兵が関わっているんだったな。あいつか?」
「いえ、小兵さんは『大量発生』の他のダンジョンを潰していただいとったんです。他に巻き込まれた子らが頑張ってくれたそうです」
「ほう。生きて帰れたのなら将来有望だな」
「しかも同年代の女の子やったそうで。お嬢が友達できたって喜んどりました」
「同年代の……少女? 小兵の近くに……?」
地神の脳裏に浮かぶのは、『水族館』において活躍した子たち。
「名前はすうか? それとも凛や杏子、潤だとか」
「知っとるんですか? 全員おりましたよ」
嫌な予感が当たって地神は渋面を浮かべる。
「さっき言った使間の被害者だ」
「それは……また」
根来が同情的な表情を浮かべる。
それはそうだろう。使間に欺かれ、その次にはダンジョンに取り込まれ、散々だ。
そのうえどちらも真世党が関わっているのだから——。
「……どちらも」
地神はふと疑問を覚えた。
真世党が関わった事件にたまたま、偶然引っかかったというのか?
まだ二度。それに移動距離も大したものではない。
十分にありうる範囲だ。
凛たちだけなら地神もそう考えた。
だが——『すう』。
あの少女について地神は少し調べたことがある。
あの小兵が同行者をするなど珍しかったからだ。
しかしどう調べても、ダンジョンに挑む前の経歴が出てこなかった。管理局へ資料を要請してもどこか嘘くさい情報が並べられているだけ。
それに使間は言っていた。
自分の青い石以外に何か別の要素があったと。
凛たちは石を持たされていた。ボス部屋に到達することもある程度は考えていたような発言をしていた。
だがすうの存在を使間は知らなかっただろう。
——彼女は、一体。




