百七話 地神の尋問
■神戸市 探索者刑務所
探索者には専用の刑務所がある。
魔素を継続的に取り込み続けた者は常人を遥かに凌駕する力を発揮する。
ゆえに探索者が脱獄できないよう、他の受刑者が脅威にさらされないよう、他より遥かに頑丈な刑務所を新たに建てたのだ。
とにかく厳重に作られた探索者用刑務所は、見た目からして恐ろしく厳つい。
壁は砦かと思うほど分厚く高く、壁の上からわずかに見える建物には巨大な針や怪物の石像が鎮座し、周りには黒い鳥が飛び交っている。
どれもこれも脱走、および侵入を防ぐため必要な魔道具たちである。これらを設置してから一度も逃げ出すことを許していない優秀かつ厳格な体制だ。
厳格すぎて『こっちが見張られてるみたい』『魔王城かなにか?』『家の中にいるのにその方角を見たら子供が泣きだした』と近隣住民から苦情が出るほどだ。
そんな厳つい刑務所の奥深く。
簡素で狭い取調室の中、二人の男が机を挟んで向かい合っていた。
「ですから地神さん、『水族館』で起こったことを教えていただきたいんですよ」
「……」
熱心に話をせがむ犯罪者——使間 物衣に、地神 禰福は顔をしかめた。
使間 物衣。
児童養護施設と組んで、子供たちを無理やりにでも探索者にするため虐待を促していた男。
さらに須磨ダンジョン——通称『水族館』——で行われた特例探索者試験を雇った探索者によって妨害。
そのうえ子供たちと妨害役の探索者に、それと知らせず魔物を暴走させる危険な道具を持たせていた。
改めて使間の凶状を確認した地神はふんと鼻を鳴らした。
「吐き気がするな」
端的に吐き捨て、ふくよかと呼べる範囲をだいぶ通り過ぎた体で椅子へもたれかかる地神。
凶器として利用できないようがっちり床へ固定された頑丈な椅子は、ギシリともいわずその体重を受け止めた。
「それは僕も理解しています。ですが人類のためには必要な行いでしたよ」
そんな地神の向かいで使間は椅子に深く腰掛けて微笑んでいる。服装は普通の受刑者と変わらず、拘束もされていない。
「話しかけたわけじゃない。喋るのは必要なことだけにしろ」
「必要なことです。僕の想いを知ってもらうのは。ダンジョンを根絶するという想いがあるから、魔導印という道具が生まれたし——その情報を、あなたたちは欲しがっている。僕が死刑になっていないのがその証拠でしょう?」
狂気的な熱意を宿す使間を地神はじろりと睨む。
使間が行ったことはどれもこれも唾棄すべきものだ。
特に魔物の暴走については使間自身が言う通り死罪になっていてもおかしくない。
悪意を持って魔物を暴走させ——あまつさえ、ボスを部屋から引きずりだすなどというのはそれだけの罪だ。
人類の三割以上が亡くなった最悪の危機、『迷宮災害』を誘発しかねない行為。
モンスタートレインをすれば死刑などと噂される今の世の中、使間の行為は死をもって償うことが求められてもおかしくない。
だが事件から数日たった今現在、使間は生きている。
その理由は使間が言った通り。
魔物を操る方法が求められているからだった。
そしてそれを聞き取る者に地神が選ばれていた。
本来、取り調べは警察が行うものだ。今回逮捕に協力した地神もそれ以上は関わるつもりがなかった。
しかし使間の方から警察へ取引を持ち掛けたのだという。
——『水族館』で起きたことを話してもらえれば、僕も全てを話します。
——僕の研究がどんな結果をもたらしたか、詳しく聞きたい。
当然最初は相手にされなかったが……どこかから早く聞きだせと圧力がかかったようで、警察は渋々関係者に協力を求めた。
とはいえ被害にあった子供たちを合わせるのは論外。
使間に雇われた探索者たちも囚人同士のため危険。
管理局職員は現場にいたわけではない。
小兵は顔を会わせると使間を殺しかねない。
結果、ダンジョン全体を把握していた上に冷静に対処できるとして、地神が呼び出されたのだ。
地神は無表情に使間へ目をやる。
「……それで、俺が話をすればお前は魔物を暴走させるのに使った道具……魔導印とやらの情報、そしてお前に協力した者たちについて洗いざらい話す、と」
「はい」
「いいだろう」
返事はあっさりしたものだった。
あまりの軽さに使間の方が面食らっている。前のめりになっていた体が僅かに後ろへ引いた。
「だがこれ以上はない」
その隙へ打ち込むように地神の言葉が重く響く。
「まだなにか要求しようとしたら殺すぞ」
これもまたあっさりした宣言。
しかし言い切った瞬間、取調室が軋むような音をあげた。
刑務所は外よりも中の方が頑丈に作られている。取調室もまた例外ではなく、扉も壁も分厚く元は中層の探索者である使間でも壊すことはできないほどだ。
それらがぎいと悲鳴を上げている。
威圧感による錯覚なのか、本当に威圧だけで物を破壊するのか。
「……もちろん」
生物としての格が違う。
相対する使間はそんなことを考えながら、額に噴き出る冷や汗をそっと拭った。
威嚇もそこそこに、と圧力を緩ませた地神は淡々と『水族館』内でのことを語っていく。
話すのは主に青い石こと魔導印が起動して、魔物が暴走を始めてからの状況だ。
普段は獲物を待ち構えるだけの魔物が積極的に探索者へ襲い掛かったこと。
魔物同士で争い合っていたこと。
そして、ボス部屋が外へと侵食してきたこと。
使間は目を輝かせて自身の研究の成果を聞いていたが、途中から怪訝そうな表情になっていった。
例外はボスを倒したのが特例探索者であると話した時だ。地神は名前など出さなかったが、使間は「凛たちですね」と少し嬉しそうにしていた。
そして話し終えた時、使間は考え込むように俯いていた。
「……おかしい」
「お前の頭がおかしいのは知っている。俺は話した。今度はお前が話す番だ」
「ええ、話します。ですがおかしいというのは、その魔導印についてです」
眉をひそめる地神に使間は少し考えてから、口を開く。
「僕がしていたのは魔物の行動の研究です。魔物がダンジョンへ潜れるようになれば、人間の味方として攻略をさせられる。そうすれば人の犠牲も人手不足もなくなる、という」
「狙い通りにボスを引きずり出しているだろう。それで仮にとはいえ仲間だった奴らも子供たちも犠牲にしかけたわけだ」
「そうですね。でもそれがおかしいんです」
度し難い事実をさらりと流して使間は首を傾げた。
「地神さんの話によると、二階層にいた探索者たちは魔導印が起動する前に取り除かれていた。しかし魔導印は一階層から三階層まで全ての階層に配置しておかないとならないんです」
熱の籠った声でまくしたて始める。
「一階層に最も多く、二階層、三階層とくだるにつれてその数を少なくしていく。その構造で魔導印はより力を増してボスを誘因する、という仕組みでした。ですがそのころ二階層には魔導印を持っているものは誰もいないはず。
つまり、あの状況では成立しないはずの機能がなぜか狙い通りに動いてしまった? ……いや、もしやボスが出てきたことすら僕の研究とは別の結果?
全く関係ないとは思えない。現に他の魔物は暴走している。いや、それをきっかけにして何かが仕組まれていた可能性が?」
使間は爛々と目を輝かせてバッと顔をあげた。
「地神さん! 『水族館』の三階層に何か変わったものがないか調べっ、——?」
興奮した使間の言葉は遮られた。
ほかならぬ本人の口から吐き出された、大量の血によって。
「ごぼっ、ぉ……!?」
使間はゆっくりと自分の体を見下ろし、驚愕する。
目の前にある机の表面が変形し杭のように尖って、使間の胴体を貫通していた。
認識すると同時に激痛が走り崩れ落ちそうになるが、杭で固定されていることでそれすら許されず震える脚で立ち続ける。
痛みと混乱の中、机の向かいから無機質な声が響く。
「これ以上要求したら殺すと言ったぞ」
くるり、と。
右手に持った杖を回しながら地神は無表情に使間の様子を見ている。
「でい……だ、ら……」
地神が持つ杖は魔道具【地を統べるもの】。
その能力は地面を操るというもの。山を削って人の住処を確保し、地を隆起させて魔物の侵攻を止める壁を作り出した英雄の武器。
その力が自分に向けられているのだと使間は理解する。
と同時に地神が軽く杖を振る。
「ごぉ、おっ」
ぐちょっと水気の多い音を立てて杭が引き抜かれた。胴からも口からも滝のように血がこぼれて、元とはいえ探索者の使間は理解する。
これは致命傷で。
自分はここで死ぬ、と。
「これぐらいか」
だが次の瞬間、ぱしゃっと頭から冷たいものがかけられた。
するともうろうとし始めていた意識が一気に覚醒する。
「……!?」
気づけば胴の穴は痛みと共に完全に消えていた。だが溢れた血は服も床も汚したままで、なにより胴を貫かれた衝撃は残っている。
幻覚ではない。使間は冷や汗を流して向かいに座る地神へそっと目を向けた。
地神は崩れ落ちたままの使間をくだらなさそうに見下ろし、左手にガラスの瓶を掲げてみせる。
「|ディープ(深層)・ポーションだ。その程度の傷は一瞬で治る」
「……高価なものを、どうも」
「気にするな、こんなものはいくらでもある」
地神が軽く手を振るとゴロゴロとガラス瓶が机に転がった。
実力的にも値段的にも使間では手が届かないだろう最高クラスのポーションが、いくつもいくつも。
そしてこんなものが用意されている理由を、先ほどの行為と、どこまでも冷ややかな地神の目で、使間は悟った。
「この取調室には見張りも記録する媒体もない」
ダメ押しをするかのように地神は付け加える。
死ぬ程の傷を与えても、治せる。
誰にも見られていないし止める者もいない。
意味するところは——。
「お前がすることは自身の罪につながる情報を話すだけ。
要求も何も受け付けん」
胴体を貫かれた時よりも明確な死の気配に使間は顔をひきつらせた。
「魔導印の素材、仕組み、そして協力者についての情報——全て吐け」
ゴォンと取調室の分厚い扉が開いて地神は退出した。
中の掃除を職員へ任せ、巨体を揺らしながら帰りの道を歩きつつ、使間が吐いたことを纏めた紙を眺める。
「魔導印はともかく、協力者のことはほとんどわからんか」
使間はどうも協力者に信用されていたわけではないらしい。会った時にも認識阻害の魔道具をふんだんに使っていたようで声や性別すら知らなかった。
とはいえ使間の方からは研究成果を報告していた。魔導印を利用した実験のことも日時や場所まで共有しており、その連絡方法も洗いざらい吐き出したのだ。
「まあ役には立たんだろうが」
使間が逮捕された時点でつながりは断たれているだろう。
強硬手段をとった割に収穫は少ないと言える。
「しかしまあ、全てが無駄だったわけでもない」
ポーションで治されてなお息も絶え絶えの使間が口にした言葉を地神は思い出す。
『ばん、い、せんめ、つ……』
大概の人には意味のわからない言葉。
しかし地神はその言葉を口にする者に聞き覚えがあった。
「真世党」
——奴らが魔物を利用しようとしている?




