百一話 すう、先輩を手助けする
すうは自分の体に違和感を覚えていた。
なんだか調子がいいのだ。
さっきまでよりちょっと動きやすい。というか体が軽い。
「?」
魔素を吸収したことで体力や力が増した影響なのか。
でも魔素は吸収したそばからギャーへと送っている状態だ。すう自身の身体能力が上がるとは思えない。
単に同類である七巫と出会って気持ちが楽になっただけなのかも——。
「いくら不完全でも三人でダンジョンの討伐なんて無理でしょう!?」
「いやいける! いけるはず!」
と、そんなことを考えている間に杏子たちが言い合いを始めた。
すうは慌てて意識をそちらへ戻す。
「出現した魔物は一、二階層ぐらいの強さなんだよ! 魔素的に! 発生したばかりのダンジョンは階層が浅いし、ましてや発生する前に合体したような状態! あのボスかもしれない大岩を倒して、他の魔物も弱い! 今はダンジョンを討伐する千載一遇のチャンスかもよ!?」
「でもそれは推測ですよね!? ダンジョンの討伐っていうことは核のある場所へ突っ込むことになるんですよ!」
核。
それぞれのダンジョンの最下層にある最も重要な部分。
これを壊すことでダンジョンは動かなくなる。
魔物を生み出すことも、その素となる魔素を吐き出すこともなくなるのだ。逆に言うとドロップアイテムや魔道具も二度と産まれない。
しかし問題なのは、核のある場所は基本的にボス部屋の奥ということだ。
「ここが普通のダンジョンならともかく三つのダンジョンが合体しているんですよ!? ボスがあと二体も待ち構えていたらどうするんですか!? いえ、それどころか大岩はボスでもなんでもなくて三体揃っているかもしれません!」
「ううっ、それはそう!」
「というかそもそも核の場所なんてわからないでしょ!?」
「そ、それは大丈夫! この目で見える!」
七巫は自分の目をびしっと指さした。
「え、でも出口はわからないんじゃ……」
「出口は魔素の流れを読まないといけないからね! でも核はとにかく魔素の濃い方へ進んでいけばいいから! こんな一直線の通路ならどっちが奥に続くかは簡単にわかるよ!」
「地図いらずじゃないですか、すごい! ……じゃなくて!」
誤魔化されそうになった杏子が慌てて首を横に振る。
「危ないですよ! 観光中だったからみんな普段着だし武器もないんですよ!? すうちゃんは魔道具があるからまだいいとして、私はこれです!」
杏子の手にはそれぞれ盾と剣の代わりが握られていた。
左手には腕が通るぐらい大きな取っ手のついた鍋のふた(木製)。
右手には人の首を切れそうな大きさのハサミの片刃だけ。
大岩が爆散した時の衝撃で店内にいた魔物は全て倒されていた。そのドロップアイテムも漁ってきたらしい。
「いけるいける! RPGならスライムぐらい倒せる!」
「ゲームやったことないのでわかりませんが絶対弱い敵ですよね!? 今から挑むのはボスなんですよ!」
「ふたりとも、おちついて」
スライムを倒すという発言にびくつきながらも、すうは二人の間に割って入った。
あまり言い合いをしているとまた魔物が寄ってきそうだ。
「すうちゃんはどうかな!? ダンジョンの討伐!」
「はんたい」
「ばっさり言われた……! り、理由は!?」
「ななみが、あしでまとい」
「うっぐぅ!」
はっきり理由を言えば七巫が胸を押さえた。
すうは同じ魔物として、まるで本物の人間のように振る舞い、人間社会へ完璧に溶け込む七巫を尊敬している。
だが七巫はいまだに顔色が悪いし全身がこまかに震えていた。
そんな状態で「ダンジョン討伐!」と言われても無理だろうとしか返せない。
というか魔物なのにダンジョンがトラウマとはどういうことなのか。
そういう設定でダンジョンへ入らないようにしているのかとすうは最初考えていた。だがそれにしては本当に体調が悪そうだ。
「うわーっ! そんな目で見ないでー!」
疑問の目を向けていると七巫が床に崩れ落ちた。
ただタイルが吹き飛んだことで床はごつごつした岩が剥き出しになっている。そこに膝をぶつけて七巫は悶絶していた。
「……どうしてそこまで討伐に行こうとするんですか?」
「ななみ、さっきまで、でぐちさがして、た」
が、ふざけているのか本気なのか判断がつかずすうたちはそれをスルーした。
「……ち、地上が、どうなってるかわからないから」
顔色が青から白に悪化した七巫がぽつりと言う。
「普通のダンジョンならたとえ侵食型でも『神桜』がなんとかするよ。護衛さんもいるもん」
膝を抱えて震えている七巫。
それは痛みによるものか、もっと別の感情的なものなのか。
「でもこんな前代未聞のダンジョン見たことない。こんなのが、人の集まった元中華街で発生してどんな被害が出るか想像がつかない。今いったい地上がどうなってるのか……」
「その、目で外の様子がわかったりは」
「見えるところなら町全体でも捉えられる。けど、見えないところは全くわかんないんだ。……そう、町中なら絶対に見逃すはずないのに」
ギリ、と歯を噛みしめる音がした。
「——神桜の巫女は見逃しちゃいけないのに」
その声に含まれた感情がどんな種類のものか、すうにはよくわからなかった。
ただその響きは重く伝わってくる。
「ダンジョンさえ潰せば被害はもう拡がらないから……」
「七巫さん……」
——そっか。
すうは理解した。
七巫は、人を助けようとしているのだ。
人は、人を守るもの。
すうはそう考えて行動する。魔物として人の中で生きるために。
けれどたぶん、七巫は疑われないために動いているわけじゃない。
すうもなんとなくわかる。
『水族館』で特例探索者たちを助けた時と、凛たちが傷ついているのをなんとかしたいと思った時とでは違う。
自分でやるべきと決めたことを、やりきろうとしている。
——さすが、せんぱい。
「でも、すうちゃん達も私が見逃したせいで巻き込んじゃった人だね。そもそも私は戦えないし……無茶言ってごめ——」
「|かく(核)、みにいこう」
七巫を遮ってすうは言った。
その宣言に杏子はもちろん七巫すら目を見開いている。
実際すうも人を守ろうと突撃するだけなら止めただろう。
しかし七巫がショックを受けているのは、ダンジョンの出現を予期できなかったこと。
そして多分それはすうのせいだ。
なにせ発生する直前にダンジョンはすうをピンポイントで捕まえてきたのだから。
初めて出会った同族の、先輩の暮らしを壊すなんて嫌だった。
それにプラスして人を守ろうとしていることにも好感を抱いた。
だから手助けをしたかった。
「すうちゃん、ダメですよ! さっきも言いましたけど核はボスに守られている可能性が……!」
「わかってる」
すうもさすがに今の装備でボスに挑もうとは思っていない。
「みにいく、だけ」
ボスがいるか、いないか。そして魔物は本当に弱いものだけなのか。
それを確認する。
危険なら逃げて、安全そうならそのまま核を壊せばいい。
「なるほど、偵察ですか。でもボス部屋に入らないとそれはわからないんじゃ」
「あ、あのー……」
七巫がそろりと手を挙げた。
「侵略型には入ったら出られないようなボス部屋はないんだ。ダンジョンを取り込んだ後でもそれは同じで……見て帰ることは一応できる、と思う」
「だって」
「行って帰るだけの体力と速度は……ギャーちゃんがいますね」
【ギャ?】
店内でドロップアイテムをむさぼって魔素を補給していたギャーが、ひょいと顔をあげた。
「たしかになんとかなるかも……? でもギャーちゃんでも大岩には追いつかれそうになってましたし」
「魔道具はまだあるよ! あと一回ぐらいなら対処できるし、それに……」
ぎゅっと七巫が腕を掴んだ。
「最悪、奥の手も」
「……わかりました、行きましょう」
杏子は少し悩んだもののすぐに頷いた。七巫の顔が明るくなる。
「いいの!?」
「はい。ダンジョンが不安定なのは本当みたいですから。これだけ話していてもまったく魔物が出てきませんし」
杏子が通路をぐるりと見回す。
近くはぐちゃぐちゃだが、数十歩程度先に行けば被害はかなりマシだ。特に通路の横側の店には大した損害もない。
だがそこから魔物が出てきたりはしなかった。
「この状態ならダンジョン討伐まで行ける可能性もありそうです。あと……」
「?」
「そもそも偵察だけならすうちゃんと七巫さんだけでもできますし……いてもいなくても変わりない私があんまり反対してもなって……」
「うおおいきなり落ちこまれたらびっくりするなぁ!? そんなことないよ杏子ちゃん!?」
「まあ、じょうだんは、おいといて」
「あはは、行きましょうか」
「わかんない……! 同年代の子との会話がわかんない……!!」
三人はギャーへと乗りこんだ。




