↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/12

包丁屋に見せる剣はない

「よう、包丁屋。まだ開いてるか」


 久我さんは、半分下りたシャッターの下を、腰を屈めもせずに手で押し上げて入ってきた。後ろに、スカイラインの四人が続く。狭い店が、急に人でいっぱいになった。


「閉めるところでした」


「固いこと言うなよ。客だぜ、客」


 久我さんは帳場の札を見上げて、口の端で笑った。


「一万六千五百。鷹取より高いじゃねえか。随分強気だな、包丁屋」


「その分、研ぎます」


「へえ」


 久我さんは、後ろの仲間に顎をしゃくった。


 仲間の男が二人、剣のケースをカウンターに置いた。それから、一昨日みわ食堂で一人だけ笑わなかった、髪を短く切った女の剣士が、少し遅れて自分のケースを置いた。


「流行ってるんだろ、あんたの研ぎ。三輪ちゃんとこのパーティが主を倒して、装備課の台で十枚斬ったって、門前町じゃその話ばっかりだ。俺のパーティのも頼むわ。とりあえず三本」


「久我さんの剣は」


「俺のは要らねえ。鷹取の上位品だ。研ぎ直しは鷹取に出す。決まってんだろ」


 久我さんは、腰の派手な鞘を、ぽんと叩いた。


 俺はカウンターの三つのケースを見た。開けて、中の剣を見る。どれも鷹取の量産品で、刃の地が白く曇っている。一本は刃先がだいぶ丸い。


「分かりました。お一人ずつ、裏で振ってみせてもらえますか」


 店の中が、一瞬、静かになった。


 それから、久我さんが笑い出した。


「聞いたか、おい。振ってみせろってよ」


 仲間の男たちが、つられて笑う。


「研ぎ屋が、客を選ぶのか。客に芸をさせんのか。俺らは研ぎを頼みに来たんだぜ。金も払うって言ってんだ」


「振り方で、研ぎを変えるので」


「変えなくていいんだよ。普通に研げ。三輪ちゃんのと同じにしろ」


「灯の刀と同じ研ぎは、灯の振り方にしか合いません」


 久我さんの笑いが、少し引っ込んだ。


 短い髪の女の剣士が、カウンターの自分のケースに手を伸ばした。剣を取り出して、迷うように久我さんの顔をうかがう。


「久我さん、私、振るだけなら」


「浅井」


 久我さんが、低い声で名前を呼んだ。浅井さんの手が止まった。


「振らなくていい。研ぎ屋に見せる剣なんか、うちにはねえよ」


 浅井さんは、剣をケースに戻した。戻しながら、ほんの一瞬だけ俺の方を見た。申し訳なさそうな目だった。


 俺は、三つのケースの蓋を閉めた。


「なら、研げません」


「……は?」


「振ってもらえない刃は、研ぎません。研いでも、持ち主の手に合わないので。お金はいただけません」


 久我さんの顔から、笑いが消えた。


 久我さんは一歩踏み出して、カウンターに手をついた。俺を見下ろす。背は、俺より頭一つ高い。


「客を追い返すのかよ、包丁屋」


「刃を追い返してるわけじゃありません。振ってもらえれば、研ぎます」


「舐めてんのか」


 帳場の奥で、じいちゃんの湯呑みが置かれる音がした。じいちゃんは黙ったままだった。けれど、店の空気が少し変わったのを、久我さんも感じたらしかった。帳場の暗がりの老人を一瞥して、舌打ちをした。


「……いいよ。分かった」


 久我さんは、カウンターから手を離した。仲間に顎をしゃくって、ケースを持たせる。


 それから、札をもう一度見上げて、鼻で笑った。


「鷹取より高い当たりくじ、ってわけだ。三輪ちゃんたちは、たまたま当たりを引いただけだろ。研ぎ屋の当たりくじ頼みで主を倒して、いい気になってる」


 そのとき、店の戸の外で足音が止まった。


「……今、なんて言いました?」


 灯だった。


 大学の帰りらしく、パーカーにリュックを背負っている。みわ食堂へ帰る途中で、店の中の声が聞こえたのだろう。顔が赤い。怒っているときの赤さだった。


「おっと、本人か」


 久我さんは振り返って、にやりと笑った。


「聞こえたなら話が早い。三輪ちゃん、悪いこと言わねえから、刃頼みはやめとけよ。当たりくじはいつか外れる。腕がねえのに主を斬った気になってると、そのうち死ぬぞ」


「腕がないって」


 灯が、一歩、店の中へ踏み込んだ。


「熊さんが盾で止めて、柚葉が目を射って、私が斬ったの。三人で倒したの。当たりくじなんかじゃ」


「灯」


 俺は、灯の前に出た。


「いい」


「よくない。直くんのこと、包丁屋って」


「包丁屋は、合ってる」


 灯は、口を開けたまま俺を見た。


「包丁も研ぐし。看板にそう書いてある」


 灯は何か言い返そうとして、言葉に詰まって、それから悔しそうに唇を噛んだ。


 久我さんは、そのやりとりを面白そうに眺めていた。


「物分かりのいい包丁屋で助かるわ。じゃあな」


 久我さんは、仲間を連れて店を出ていった。


 最後に出ていく浅井さんが、戸口で振り返って、小さく頭を下げた。


 ◇


 五人が通りの向こうへ消えたあと、灯は俺の前掛けを掴んで、思いきり引っ張った。


「直くん、なんで言い返さないの」


「言い返すことがない」


「あるよ! 当たりくじって言われたんだよ。直くんの研ぎが」


「研ぎがどうかは、言葉じゃ決まらない。刃が斬るかどうかで決まる」


 灯は、俺の前掛けを掴んだまま、しばらく黙った。


「……ほんとに、大将そっくり」


「二回目だな、それ」


「何回でも言う」


 灯は前掛けから手を離して、ぷいと横を向いた。


 俺は、久我さんが出ていった戸口を見ていた。


 さっき、久我さんがカウンターに手をついたとき、腰の鞘の口が、蛍光灯の真下に来た。鞘の口の内側に、細かな擦り傷が、片側にだけ集まっていた。みわ食堂で見たときより、傷は増えている気がした。


 振った最後に、強くこじる。こじるたびに刃先が片側へ倒れて、鞘に納めるときに口を擦る。


 あの剣は、たぶん、鷹取の窓口で何度も寿命と言われている。そして、そのたびに新しい上位品に買い替えている。刃が駄目になるのは、刃のせいではなく、振り方のせいなのに。


 言ってやった方がよかったのかもしれない。けれど、振ってもらえない人に、振り方の話をしても届かない。


「直くん?」


「なんでもない」


 灯は首を傾げて、それから、店の外を振り返った。


「私、帰る。お父さんに、晩ごはん直くんの分も作ってって言っとく」


 灯がみわ食堂の方へ駆けていくのを見送って、俺はシャッターを下ろした。


 研ぎ場に戻り、合砥を布で拭く。指で面の厚みを確かめる。今日は三本。この石は、あと何本もつだろう。


 店の明かりを落とそうとしたとき、閉めたシャッターを、外から叩く音がした。


 どん、どん、と、重く、遠慮のない叩き方だった。


 シャッターを少しだけ上げると、男が一人立っていた。四十代くらいの、背の高い男だった。肩に、布で巻いた長いものを担いでいる。


 布の端から、槍の穂先が覗いていた。


「……閉めたところに、すまん。第六層から、今、上がってきた」


 男は、低い声でそう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
普通に研げという奴らはアレかな、装備もオーダーメイドしないんだよね、フツーの鎧フツーの盾フツーの靴、、、自分の体や動きに合ったものを作らないよね、見せ物じゃねえとか言って
市川の国府台⁉️すぐ近くじゃないですか‼️ あらすじから見知った地名が出てきたので読み始めました。 里見公園とかもこれから出てくるかな? 主人公の職人気質とても好きです。今後も期待してます。 できれば…
非常識な訪問者ばかりだなあ~ で、この閉店直後に来た人物がどんな非常識な人なのか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。