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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十八章 皇国再統一編

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345 朝敵の残滓

 来年度予算案を巡る議会対策などについての方針がまとまる頃には、冬花が用意してくれた茶は冷めてしまっていた。すぐに冬花が新たな茶を用意する。


「すまんな」


 景紀はシキガミの少女に一言礼を言って、温かく淹れ直された茶を受け取った。

 他の者たちも、会合に一段落ついたことから茶菓に手を付けて気分転換でも図ろうとする。

 そうして温かい茶を飲んで皆が一息ついた直後のことだった。家臣の一人が、いささか困惑気味の報告をもたらしたのである。


「表門のところに馬車で伊丹寛信卿がいらっしゃり、景紀様への面会を希望しております」


 その瞬間、部屋の中に何とも言い難い空気が広がった。


「……あの野郎、自分の立場が判ってんのか?」


 思わずそんな言葉が、景紀の口を突いて出た。


「寛信卿は、まだ自分が六家の人間として遇されることへの未練を捨て切れておらんのだろうな」


 有馬貞朋公も、溜息交じりに評する。

 伊丹家本領において政変が起き、寛信卿が皇都へ護送された直後に行われた会見の内容を思い出して、二人は辟易とした気分になる。あの時も、伊丹寛信は自身を六家の正統な後継者として扱うよう求めていた。

 伊丹家本領が平定されたことで、改めて自身の六家としての地位を保障してもらう魂胆でやってきたのかもしれない。


「どうする、景紀殿?」貞朋公が問う。「本来であれば、自ら謹慎して陛下に対する伏罪恭順の意を示すべき立場の相手だ。追い返しても、問題はないと思うが?」


 彼自身、皇都内乱で義弟や家臣団の多くを殺されたため、寛信卿に対して辛辣であった。

 実際、景紀も相手はいきなり屋敷にやってきて面会を望める立場ではないと思っている。自分たちが皇都に帰還したのを見計らってやってきたのだろうが、やはり伊丹寛信の行動は軽率であるとしか言い様がなかった。


「……いえ、会いましょう。あの諦めの悪さからして、ここで追い返せば毎日のようにでもうちにやってきかねません。あるいは、俺が駄目となれば両公との面会を求めるかもしれません。ちょうど俺たち三当主が揃っているんです。ここで、もはや伊丹家は一諸侯に過ぎない現実を我々三人で突き付けてやりましょう」


「それでも寛信卿が往生際悪く自身の立場を訴えてきた場合は?」


 貞朋公の疑問に、景紀は冷ややかに応じた。


「その時は、お望み通り六家次期当主としての正統性を認めてやりましょう。皇都内乱を引き起こした伊丹正信の正統な後継者だと向こうが主張するのなら、大手を振って寛信卿を処断出来ますから」






 景紀たちは伊丹寛信を接見の間で出迎えた。


「寛信卿。俺はてっきり、貴殿は皇都屋敷で自ら謹慎しているものと思っていたが?」


 上段の間に座しながら、景紀は下段の間に案内された寛信に開口一番皮肉な声をかける。

 寛信の斜め後ろには、一人の少女が控えていた。彼は景紀との会見が許されたと告げられるや否や、娘の牧姫も同席させたいと言い出したのである。その時点で、景紀はこの男が何のために自分との面会を求めたのか、察しがついてしまった。


「なに、この寛信。景紀殿に直接、礼を述べたいと思ってな」


 以前の会見とは違い、寛信の態度はわざとらしいほど慇懃であった。


「礼? 俺は卿に礼を言われる立場にはないと思うが?」


 一方の景紀は、あくまでも此度の内戦の勝者としての態度で臨む。だが、相手はそんな景紀の態度に頓着することなく、言葉を続けた。


「景紀殿、よくぞ御家乗っ取りを企て、陛下に弓引いた逆賊どもを討伐し、伊丹家の正統な後継者たる私の立場を守って下さった。我が伯父、我が弟ながら、その人面獣心なること寒心に堪えぬものであったな。だがその二人を景紀殿が討ち取ったことで、我が伊丹家は再び、皇室の藩屏として陛下に対する忠勤に励むことが出来る。これすべて、景紀殿のお陰と思う次第だ」


 淀みのない台詞は、以前の会見で景紀たちに見苦しく弁明を重ねていた男とは思えない。しかし、だからこそ今の伊丹寛信の態度には演技じみたものを感じてしまう。


「この上は、伊丹・結城両家が共に手を携え、西国の統治を万全なものとしていこうではないか」


 そう言って寛信は、斜め後ろに控えさせている自身の娘を見遣った。


「そのためにも、両家友誼の証として、我が娘・牧姫を景紀殿の室として嫁がせたい」


 父の言葉に応ずるように、まだ十代前半の少女が緊張の面持ちで恭しく頭を下げる。

 景紀は、辟易として大きな溜息をついた。


「……ったく、あんまりに予想通り過ぎて、むしろ滑稽だな」


 同意を求めるように、景紀は同じく上段の間に控えている貴通や貞朋公、兼経公に顔を向ける。貴通はここから先の景紀の対応を期待するような顔、貞朋公は苦々しい顔を見せ、兼経公はすでに興味をなくしている様子であった。


「どうして俺が、わざわざあんたの娘を側室に迎え入れないといけないんだ?」


 同席している牧姫には酷な言葉かもしれないが、未だ六家に相応しい待遇を期待する寛信には現実を突き付ける必要があるだろう。


「あんたのそういう態度が、かえって伊丹家の立場を悪くしているってことに、いい加減気付いたらどうだ?」


 景紀がそう言って上段の間から寛信を見下ろせば、この伊丹家次期当主だった男は途端に不服そうな表情を見せた。やはり、今までの慇懃な態度は演技だったのだろう。


「景紀殿こそ、我が娘を側室に迎え入れずにどう西国を統治していくつもりか? 先日には、嶺州で不平士族による蜂起が起こったばかりではないか。旧領主家を尊重しない貴殿のそのやり口が危ういと私は懸念しているからこそ、こうして貴殿が我が娘を側室に迎え入れられるよう、お膳立てしてやっているというのに」


「よく言うぜ。本当は、自分をまだ六家の人間として厚遇して欲しいからだろうが」


 ある意味で、伊丹寛信は自身が六家の人間として遇されることに飢えているのだろう。

 伊丹寛信は六家次期当主の立場にありながら、これまで周囲からその存在を軽んじられてきた人間である。厳格な父親であった正信に反発したことで正信から伊丹家後継者として期待されなくなってしまったこともそうであるが、彼自身がただ父に反発するだけで六家次期当主としての立場を自ら維持する努力を怠ったことも原因である。

 反発を元に奮起して次期当主に相応しい修養を怠らず、後継体制を自ら整えるべく家臣団に政治的求心力を及ぼしていれば、皇都内乱後の伊丹家の混乱は発生しなかったであろう。

 皇都内乱でこれまで寛信と対立していた父・正信が重臣・側近たちと共に討ち取られたのだから、寛信が次期当主として相応しい力量を持っていたのならば、家中を掌握することは可能だったはずだ。そして穏健派を中心に家臣団をまとめ上げ、皇主による追討の宣旨が発せられる前に早々に伏罪恭順の意を示していれば、ここまで伊丹家の立場を悪くすることもなかっただろう。

 伊丹寛信は父親に反発しつつも次期当主の地位に胡座をかくという矛盾した行いのために、伊丹家の存続自体を危うくしているといえた。

 そもそも幼少期の経験から家臣団たちに無条件の忠誠を期待する愚かしさを学んでいる景紀は、だからこそ寛信の立場に一片の同情も覚えない。

 自身の乳兄妹(きょうだい)である冬花への虐めや陰口、それを庇う景紀を後継者として疑問視する者たち、そういうものに囲まれて育てば、嫌でも血筋のみに拠ることの愚かしさを理解する。血筋と能力、この二つが備わっていなければ、家中をまとめ上げることは出来ないのだ。

 それを寛信は理解していなかったし、今も理解出来ていないのだろう。


「陛下から伊丹・一色両家への追討令が出た時点で、もう手遅れだって以前の会見でも言っただろうが」


「景紀殿は、横領の罪で処断された佐薙成親の娘・宵姫殿を依然として正室として遇しているではないか。何故、所詮は伯爵家の出でしかない宵姫殿が許され、六家次期当主たる私がこのような仕打ちに甘んじなければならんのだ」


 それは、伊丹寛信にとってみれば景紀の痛いところを突いたつもりだったのだろう。だが、景紀は一切狼狽する様子も見せず、むしろ億劫そうに切り返す。


「佐薙家も伊丹家も、家としての存続は認めてやってるだろうが。まあ、次期当主自ら反乱に加わった佐薙家が今後どうなるかは判らんが。それと、陛下が追討令を発した家と横領を犯した家とでは、罪の程度が違い過ぎる」


 佐薙家も伊丹家も、処断されたのは直接、罪を犯した者たちである。御家自体は、取り潰しになっていない。

 事実、佐薙成親が流罪となった後もその嫡男・大寿丸は罪に問われることなく、佐薙家次期当主としての立場を認められていた。宵姫襲撃事件、嶺州霜月騒動などがなければ、将来的には佐薙伯爵家を継ぐことも出来たはずであった。

 もちろん佐薙家同様、伊丹家も減封・転封することが決定しているが、家としての存続は辛うじて認められているのだ。寛信自身も皇都内乱など一連の内戦に関わっていない以上、直接的な罪には問われていない。

 朝敵として追討令が発せられていながらも御家存続は許されているのだから、随分と寛大な措置であるといえた。これは、以前の会見で寛信が一応は結城家に恭順する意向を示したことと、族滅のような行為が人権思想などが芽生えつつある今の時代には受け入れられないものであるからだ。

 そのため、寛信が今の地位に甘んじるのであれば、彼が伊丹家を継承すること自体は可能であった。


「ふん、宵姫殿が罪を被らぬようにしたのは、婚姻を結んだ以上、結城家自体が連座することを恐れたからであろう」


 しかし皮肉なことに、大寿丸同様、伊丹寛信もまた今の立場を受け入れることが出来ず、こうして無意味な反発を続けている。


「あるいは、貴殿が宵姫を気に入ったからか? いずれにせよ、六家の立場を利用して恣意的に権力を使っているだけであろうに」


「俺が恣意的に権力を使えると思っているんだったら、その態度は改めるべきだろうな」


 相変わらず宵を引き合いに出そうとする寛信に、景紀は剣呑な声をかける。

 伊丹寛信は景紀の姿勢を追及したいのだろうが、その発言内容はかえって自らの立場を危うくするものでしかない。やはり彼の父・正信がこの男を後継者として不安視していたのは、当然の判断だったと評さざるを得ないだろう。

 景紀は、父親の斜め後ろで身を固くしている牧姫を見遣る。その表情は、青ざめて強ばっていた。

 明らかに父親が景紀の不興を買うような発言を繰り返している以上、その反応は当然のものだろう。

 これでは仮に側室として結城家に迎え入れられたとしても、景紀からの寵愛は期待出来ないと考えているのかもしれない。あるいは、このまま父が景紀の不興を買って処断される事態になれば、自らもまた連座することになると考えているのかもしれない。

 いずれにせよ今この場では、牧姫は景紀と寛信の間で翻弄される存在でしかなかった。

 彼女に対しては、景紀も同情を覚えることが出来る。しかし、だからといって彼女を側室として受け入れるかどうかは別問題であった。

 そもそも牧姫を西国統治の安定化のために側室に迎え入れるということは、この内戦を契機として徐々に中央集権体制への移行を目指したい景紀たちにとって、それと逆行する行いとなる。また、牧姫を通して伊丹家が復権する道も残されてしまう。

 宵のようにすでに自分に嫁いできた相手ならばまた違った感情を抱いたかもしれないが、現状、牧姫は赤の他人でしかない。所詮、その同情はあくまで一般的な範囲に留まっていた。


「景紀殿、少しよろしいかな?」


 と、同席している有馬貞朋公が言った。


「ええ、どうぞ」


「寛信卿」貞朋公は寛信に向き直った。「我ら三家は、もはや六家体制を維持する必要性は感じておらぬし、この三家で封建体制を維持すべきとも考えていない。今や武家を中心とする政治体制は近代化の中で限界を迎えつつあることを、我らは自覚しているからだ。故に、伊丹・一色家領を統治するために両家の血を引く者を迎え入れようとは考えていない」


 それは、噛んで含めるような調子の言葉であった。

 有馬貞朋もまた、伊丹寛信と同じく六家の後継者としてはその力量を不安視されていた人物である。しかし彼はそれを自覚し、父・頼朋翁の傀儡であることに甘んじ、また優秀な家臣に任せることを厭わない人間であった。

 その点で、父に反発しつつも六家の地位に甘んじていた寛信とは対照的であった。

 斯波兼経公も本人は政務・軍務より芸術などの文化に心血を注ぐ人間であり、やはり六家であることへの強烈な矜持はあまり持ち合わせていない人物である。

 そういう人間たちが内戦の勝者となり、六家であることに強烈な自負を抱く者たちが敗者となったというのは、皮肉が効きすぎていると景紀は思った。景紀自身も、出来ることなら煩わしい政の世界からは早く退きたいと思っている側の人間だ。


「そして、卿には以前にも言ったが、景紀殿は皇都内乱でご母堂を殺され、私も義弟や家臣たちを失った身だ。これ以上、卿が醜態を晒すようであれば、伊丹家の処遇そのものを考え直す必要が出てくるであろうことを、いい加減、自覚せよ」


 前回と今回、二度も往生際の悪さを発揮している伊丹寛信に、貞朋公はぴしゃりと言い放つ。それでひとまず収まったのか、彼は景紀に向けて一礼した。

 景紀はもはや寛信の存在を無視して、牧姫の方に視線を遣る。


「牧姫殿」


「は、はいっ!」


 景紀の言葉に、伊丹家の姫君は慌てたように平伏した。


「顔を上げてもらって構わない。確か、歳は十三だったな?」


「はい、来年で十四となります」


 牧姫の声は、緊張で上ずっていた。側室入りを否定した景紀ではあったが、単なる愛妾として求められる可能性もあると、この姫君は考えているのかもしれない。

 もっとも、景紀は一切そのような気はないのだが。


「ならば、今はしっかりと学院での勉学に励まれよ。世に出て通用するだけの学を修めれば、逆賊の血を引く姫君ではなく、一人の能力ある人間として評される日も訪れるだろう」


 景紀の言葉を受けて、ようやく牧姫の表情に血の気が戻った。彼女自身、華族の姫君としてどこかに嫁ぐ覚悟が出来ていないわけではないのだろうが、流石に逆賊の血を引く身として勝者の元に側室として送り込まれるだけの覚悟は出来ていなかったのだろう。


「そういうわけであるから寛信卿、牧姫が今後も女子学士院に通うことを我らは妨げぬ故、彼女には卒業まで勉学に励ませるように。もし彼女が高等女学校などに進学したいと言うようであれば、それも我らは妨げぬ」


 逆に言えば、まだ幼さを残す牧姫が美しく成長を遂げたとしても、景紀は側室として迎え入れる気は一切ないということである。

 こうして伊丹寛信との二度目の会見は、互いに単なる時間の浪費に等しい形で終わったのであった。

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『秋津皇国興亡記』第2巻 『秋津皇国興亡記』第1巻
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