9 ケルビム様ってもしかして?
アデリーヌ様を魔法陣に閉じ込めて、その後、第二魔術師団が突入して、さらに封じ込めの結界を強化、アデリーヌ様は魔術師団の取り調べ室に運ばれたそうだ。
私はヴァン様が迎えに来て、そのままグラサージュ公爵家へ帰ったのだけど。
「ララ、顔が強張っている。何があった」
バルトランザ邸であったことは全て話した。
「……闇の王サダーン、禁書庫にあった名だな」
「ええ、それと、ヴァン様の結界に弾かれた時に、ケルビムか、と」
「ケルビム?聞いたことがないな」
私たちが読んだ本には『ケルビム』という名はなかった。
「……ララ、アデリーヌが簡単に捕まったのもおかしいと思わないか」
「ええ。もっと手ごわいかと。でもダークミストが手から出てたので、ダークミスト耐性がない人には十分危険でした」
「ダークミストを手から出している状態で拘束できたのだ。これで断罪は可能になった。よくやった」
ヴァン様が少し微笑んでくださる。
「でも、アデリーヌ様が、なんだか気の毒で」
「まだ、そんなお人好しを言っているのか」
「だって、アデリーヌ様はヴァン様の婚約者だったのですし」
ヴァン様がとっても嫌な顔になった。
「だから何だ!仮に好意があったとして、仮にだ!ララなら好意がある男に死ぬとわかっている毒を与え続けるのか」
「あ!そんなこと、絶対にしません。そんなことするくらいなら代わりに死にます!ごめんなさい。やっぱりアデリーヌ様の罪は許せないです」
「わかったならいい。だが、身代わりになる、はやめてほしい。私が守るから」
「……私だってお守りします」
「わかった、わかったから」
真顔になったヴァン様が続ける。
「それとブーレ湖だが、国中の湖を探したが、見つからない」
「なかったのですか」
「地理院の者に古い地図や文献も調べてもらったが、どこにもない」
ないって、なぜ?
禁書庫の壁画になっているくらい、重要な場所のはずなのに。
「ヴァン様、他にウィンザー王国があるなんていうことは」
「それも調べたが、あの書物が、同名の他国を指しているとは思えない」
「……ブーレ湖がない。もしかしたら、封印されたから消えたのでは」
「ならば、地形が変われば地図や歴史書に載るだろう?魔法が存在する国は、魔法で地形が変わってしまう場合もある。消えた地名や土地は地理院で把握してるはずだと思うが。全く存在がない」
でもブーレ湖の壁画を見て、懐かしい、と思ったのに。
「……ブーレ湖に関する本って下の禁書庫にはなくて、塔の上の禁書庫だけにありました。隠さなくてはならない場所だとしたら、結界の中?」
「そうか、そういう考え方もできるな」
リリエル様の時代、一番高い魔力があったのは、大魔法師と呼ばれたエルラール様。
今、この国で一番なのはヴァン様で、ダークミストを殲滅できる《黄金の風》を持つ。
そしてヴァン様の結界はサダーンを弾いた。
まさかね。でももしそうだとしたら、なぜ?
「ララ、サダーンは、私の結界に当たった時にケルビムという名を出したんだな」
「ええ、もしかしたら?」
ヴァン様が頷く。
「……意味はわからないが、そういう結論になってもおかしくない」
「また、行きますか?」
「また行くのか。仕方ない。アデリーヌの方はジュリアスに任せておけばいい。では行くか」
私たちは、グラサージュ公爵家の庭に立っているうろのある大木まで歩く。
そしてその木肌に触れた。
あっという間に木に引き込まれる。
⌘
「着いたぞ、直通は早いな」
ヴァン様が苦笑いをしている。
「ふふっ、いくら王城が近いと言っても、尖塔までかなり歩きますから、これ早くていいです」
そう、尖塔の上の禁書庫が、グラサージュ公爵家のお庭とそっくりになった日に、見つけた大木に触れると公爵家に戻れる。
逆に公爵家の大木に触れても禁書庫に行ける、ということがわかってからは移動が楽になったの。
尖塔の上の禁書庫は、あれからずっと大木があって、白百合の花が咲き乱れている。
あれ?また奥に広がっている?
「ララ、新しく奥に広がっているぞ。離れるな」
ヴァン様に手を引かれて奥に向かう。
そこは、誰かのお部屋だった。
優しい設え、でも家具や調度品は最高級だとわかる。
壁に大きな絵があった。婚姻式の絵。
あ、これは。
「リリエル王妃の部屋か」
たぶん、そう。
神殿で誓う時の絵。横にいるのがルベール様ね。
すごい、天使が絵の中に飛んでいる。
「ララが他の男と婚姻するのを見るのは面白くない」
「えっ」
「この横に立つのは私だろう」
ヴァン様、何をおっしゃっているの?しかも絵を睨んでいる。
「ヴァン様、それは四百年以上前のお二人ですよ」
「……そうだったな。勘違いだ。瓜二つは困る。それで何か気になるものはないか」
咳払いをしたヴァン様が部屋を見渡す。
このお部屋で気になるところ。私は歩き回ってみる。
扉があるんだけど、位置からすると寝所ね。
開けたら、違う場所だったら?
「ララ、待て。一緒に開けよう。扉を触って、まさかグラサージュ家に戻る、ではないだろう。他に飛ばされると困る」
ヴァン様が後ろから私を軽く抱きしめて、二人で扉に手を伸ばす。
カチャリ。
扉が開く。寝所だった。
詰めていた息が、自然にふうっと出る。
「普通で良かったですね」
「これのどこが普通なんだ。尖塔の上だぞ」
「まあ、それはもう気にしない方が、気持ちが楽です」
部屋の中に入って見渡す。
あ、きっと、あれ。
「ヴァン様、きっと、あの壁にあるはず」
寝台の後ろの壁に百合の紋章が五個も彫られている。
「一緒に触るぞ。壁にララを吸い込まれては困る」
あの大木に吸い込まれてから、ヴァン様はかなり慎重で過保護。
ヴァン様の手が私の手の上にかぶさる。
私は、なぜだか迷わずに二番目の紋章を押した。
カチリ。
やっぱり。
何がやっぱりなのかよくわからないけれど。
そこには一冊の本が。
手にとってパラパラとめくる。
「これ、日記です」
「私には白紙に見えるが、ララには字が見えるのか」
「ええ」
私は寝台に座って読もうとしたら、えっ?
あっという間に腰を引かれた。
もう言っても仕方がないので、ヴァン様の好きなように。
寝台に座ったヴァン様の膝の上に座って、日記を読む。
ああ、そうなのね。
——王妃になってから、とにかく多忙な日々。そんなに遠くないブーレ湖にさえ、行くことができないほど忙しい。でも明日はやっと公務の休みの日だから。ルベール様が一緒に行ってくださる——
——今日、ブーレ湖に行ってきたわ。一年ぶり。変わらず神殿は美しく、ルベール様と祈りを捧げる。水は澄んでいた。そしてブーレ湖の水は、ほのかにジュニパーベリーの懐かしい香りがする。やっと会いにくることができました——




