7 ブーレ湖の女神って誰なの?
ヴァン様と私は、四冊の本を読んで、しばらく呆然としていた。
どんな事にも動じないヴァン様が、本に見入ってはため息をついて、また本を見ては深いため息をついてらっしゃる。
最後は腕組みをして、私の顔を穴が開くほど見つめておられるので、さすがに恥ずかしい。
「ヴァン様、俄かには信じ難いですが、そんなに見つめられると恥ずかしいです」
「……失礼した。しかし、ララ、ちょっといいか」
「はい」
ヴァン様は、私の指先にそっと触れたまま、少しずつ魔力を流して行かれる。
そして、かなり強くなったなと感じた時。
ドクン!
「っ!」
「あっ!」
二人同時に胸を押さえた。
「やはりな。ララ、私は本来、こういう事は信じないたちなのだが」
「生まれ変わった、のでしょうか」
「おそらく。偶然ではない」
「なら、ラファールとガブリエルも?」
「どう見たって、あれは普通の馬ではない」
やっぱりそうよね、元は天使様だったりして。
「この画集にある天使たちの翼にそっくりです」
「そうだ。あの翼は、鳥の翼とは異なるように見える。それにダークミストが現れた時期や、ララと私だけに起きる不思議なこと。ひとまず今日は一旦、屋敷に戻ろう。ここにはまた来れる」
床の白百合はまだ咲き乱れている。
「そうだ、ヴァン様、そこにある大木のうろを見てみませんか」
本を戻してグラサージュ公爵家の庭にある大木とそっくりな木を見に行く。
「ああ、傷があるな。この傷は、兄上と一緒に背の高さを競うためにつけたものだ」
「同じものなのでしょうか」
私がそっと樹の肌を撫でた途端に、引き込まれそうになる。
「あっ!」
咄嗟にヴァン様が私の手首を掴んでくださった。
「ララっ!」
そして何事もなく大木の側にいる。
「良かった、何も変わりないですね」
「……無いことは無い、周りを見ろ」
「えっ?」
周りを見渡したら、禁書庫ではなくて、公爵家のお邸が聳え立っていた。
「キイーーン、キイーーン」
王城の馬場で遊んでいたはずの、ラファールとガブリエルが空から舞い降りてきた。
「勝手に帰ってくる天馬、もう決まりだな」
「キイーーン」
⌘
ヴァン様と私が、この国の過去の人物の生まれ変わりだったとしても、私たちの日々は変わらない。
ただ、なぜか魔獣が出ることが減り、ダークミストだけが出現することが増えた。
あの禁書庫で不思議な体験をして以来、ダークミストの殲滅に追われていた。
今日は半月ぶりにジュリアス王太子殿下に、ダークミスト殲滅の報告に来ていた。
「バルトランザ侯爵の証拠固めが佳境に入っていてな、断罪の日も近い。だがアデリーヌが、ヴァンにダークミストを使って、何故平気だったのか、その原因が突き止められない」
「ジュリアス、父娘揃って同時に断罪するのが難しいなら、先に侯爵を押さえた方がいいだろう。アデリーヌ一人では何もできまい」
「そうとも言えない。ヴァンをあれだけ苦しめたのだ」
ジュリアス王太子殿下とヴァン様の会話はよくわかる。
私だって、ヴァン様が瀕死になったお姿を見ているのだから。
「あの、アデリーヌ様は、私を狙ってくるはずですが、私が守られ過ぎているので手が出せないのでは?」
「当たり前だろう。ララに手出しされてたまるか。完璧なガードだ」
「ヴァン様。それではいつまで経っても、尻尾を掴むことはできないのでは」
「ペルラ嬢の言う通りだ。ヴァンは自ら囮になったくせに。ただ、私もペルラ嬢を囮にすることには反対する。それはヴァンと同じ意見だ」
「……お気持ちは嬉しいのですが、もしアデリーヌ様がダークミストを操れるとしても、私にはダークミストは効きません。私なら止められます」
「しかし」
ヴァン様が非常に不機嫌なお顔をなさる。
「王立治癒院を正常な形に戻すのであれば、ダークミストを持つアデリーヌ様が治癒院にいらっしゃるのは、良くないと思います」
「ペルラ嬢の言う通りだ」
「王太子殿下、ヴァンドール様、信じていただけませんか」
そこからのヴァン様の説得は難しかった。
「この話はやめだ。帰るぞ、ララ」
「ヴァン様」
「ジュリアス、また来る」
ヴァン様は、王太子殿下に簡単に挨拶をすると、執務室を出てどんどん歩いて行かれる。
「ヴァン様、待ってください」
「気になる事がある、もう一度、塔へ行く」
⌘
尖塔の上の禁書庫にて。
ヴァン様と私は、また、この尖塔の禁書庫で広大な景色を眺めていた。
「これ、ブーレ湖ですよね」
「そうだろうな」
下の禁書庫の壁画と同じ、ブーレ湖の画集にあった景色と同じ。
私は湖の中の純白の神殿に導かれるように、湖に足を踏み入れた。
深くはない。
神殿まで進んで、迷いもなく中に入る。
神殿の奥に祭壇がある。
高い天井の天窓はステンドグラスになっていて、とても美しい光が差し込んでくる。
画集にあったのと同じ、妖精王の彫像がある。
そしてその祭壇の上に一冊の本が浮かんでいた。
「ヴァン様、また本が」
振り向くとヴァン様はいない。
あれ?はぐれた?
でも本を読まないと。
《ブーレ湖の結界》
この本には、国王と従兄弟であホワイティエ公爵達が長い年月をかけて、地獄の門を完全に封印するため研究された魔法陣のことが書いてあった。
え?
最後に、ルベール様亡き後、ここの魔法陣を起動して閉じた。
ウィンザーの歴史は、この年号だと、次の治世へと変わっている。
そしてリリエル様の没年と同じ。
結界柱になったのは、エルラール様。
なのに、もう一度、女神が湖に深く潜った、と記録がある。
女神って誰?
どういうことなの?
まさか女神って。
閉じてるはずの地獄の門を完全に封印するって。
また謎が増えてしまった。
本を読んだ後、ヴァン様の声で我に返った。
「ララ!大丈夫か!」
さっきまであったはずの祭壇も神殿も全て消えて、私はさざなみが立つ湖に立っていた。
目の前に、一冊の本を手にしたヴァン様が立っていらした。
「ララ、何があった。私は湖の中で動けなくなった」
「ヴァン様、アデリーヌ様と対峙しなくてはなりません」
私は一つの仮説をヴァン様に話して、アデリーヌ様の正体を調べたいと説得。
「わかった」
「ヴァン様、その本は?」
「謎が解けて謎が増えた」
でも笑ってらっしゃるわ。
そして、ヴァン様と私はアデリーヌ様の罠にかかる準備を始める。




