3 二人を狙う闇の王
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薄黒い霧に包まれるバルトランザ侯爵邸。
地の底から、感情を揺さぶり、腹の中まで染み込むような声が聞こえる。
——殺せ、殺せ、捻り潰すのだ。あの一粒の真珠を消すのだ——
侯爵令嬢アデリーヌは、真っ黒な夢の中にいた。
それはとても心地良かった。黒いミストが身体を包んで守られているようだ。
そうよ殺せばいい。私からヴァンドール様を奪ったあの女が憎い。
田舎貴族の癖に、特級治癒師ですって?私が筆頭治癒師だったのよ。
ああ、あなたは誰?私を認めてくれるあなたは誰?
——我は、闇の王サダーン。黒の乙女よ。我はお前の魂を知っている。我に帰属せよ。あの女を生贄にせよ。さすれば、お前を我が息子の妃にしてやろう。あんな男は燃やし尽くせ——
私は、昔からあなたを知っているわ。
——そうだ。お前の父も我に帰属している。お前をあやつの婚約者にしてやったは我の策。しかしあの女が邪魔をし、お前は落ちぶれた。あれを生贄にせよ。我があれを食らい尽くしてやる。血祭りにあげよ——
翌朝、アデリーヌが目覚めた時、とても良い考えが浮かんできた。
「お父様、わたくし、いつまでもクヨクヨしていても仕方がないと思いますの。それで」
「我が娘よ。私も妙案が浮かんだのだ。これは天のお導きに違いない」
「あら、お父様もですの?バルトランザ家にも、天のお導きが降り注いできましたわね」
父娘で見つめあう、その赤茶色の瞳の奥には、赤黒い炎のようなものが光っていた。
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王立魔術師団長執務室。
「なぜ、ペルラが?」
アルタスの説明によると、王都に隣接するナステイル領に急に発生した魔獣の討伐に同行する治癒師の派遣依頼をしたら、バルトランザ王立治癒院長から、次のような返事が戻ってきたらしい。
——これまで特級治癒師が不在だったが、今回新しく特級治癒師になったペルラを筆頭治癒師に任命、討伐前線への同行を義務づけること。手助けにアデリーヌをつけること。——と言う命令書を突きつけてきたそうだ。
アルタスは憤って文句を言っている。
今まで筆頭治癒師のアデリーヌは討伐隊に同行した事はないのに、アレがついてくる?
昨日発生し、緊急で討伐隊を出すのに、何故、都合良くアデリーヌが来るのだ。
「団長殿の婚約者が変わった途端に、婚約者殿を前線へ出せと言うのは、言いがかりではないですか」
「まあ、そう怒るな。次の討伐には、元からペルラを同行させるつもりだったから構わない」
「団長殿、危険では」
「アルタス、王都に置いて行く方が危険だとは思わないか」
「……確かに」
「バルトランザの罪は明白だが、証拠が足りない」
十一年前バルトランザが王立治癒院の院長になった時、特級治癒師を全て排除した。当時のマルイ院長までもだ。そして特級治癒師達は危険な目に遭ったが、クレサール子爵が保護をした。
マルイ殿が王都にくれば、証拠を出すことができるのだが、今や王都も危ない。
何故、アデリーヌがダークミストを操れるのか、その謎が解けないままで、アデリーヌに近付くと、ダークミストを受けて死に追いやられてしまう可能性が高い。
アデリーヌを断罪するにも、証拠が足りない。
そして、バルトランザが動き出した。
ペルラを前線に出せと?
こちらは別に困らない。
私がペルラを守れば、ペルラは私を守れる。
正念場だな。
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グラサージュ公爵家。
「……という事なのだが、ララを危険に巻き込むが、ついて来てくれるか」
「もちろんです、ヴァン様とご一緒できるのですね。一人残されてお帰りを待つ方が心配になりますから。でも私、落ちこぼれ治癒師なので、他の方の治癒が」
「案ずるな、お馬さんのポーションもあるだろう」
ヴァン様が笑いながらおっしゃる。
「あ、そうでしたね」
「王都で買う特級ポーションより、お馬さんのポーションの方がグレードが高いのには、参ったがな。ヒデオンも驚いていた」
「だって、ラファールやガブリエルは、空も飛ぶし、体も大きいのですから、栄養もたっぷり要ります」
「いや、伯父上専用のポーションよりも、効果が高かったそうだ」
「ええっ?陛下のポーションより?クレサールのお花がおかしいのかしら」
「ララ。おかしいのは、花ではなくて、あなたの聖魔法の力だ」
「そんなことはないと思いますけど」
「で、明日、日が昇るまでに出立だ。第一魔術師団はすでに出発させている」
「早いのですね」
「私たちは『お馬さん』で飛べば早い。ララ、どうした、何かあるのか」
私は先ほどから気になっていたことがあった。
「気のせいかも知れませんが、ナステイルは王都に近い領です。
ヴァン様と初めてお会いしたのは、隣のブロケット領からの帰りにクレサールへ。今までの討伐先は、クレサールに隣接する領地ばかりだったはず」
「私も気になっていた。これまでのダークミストは、ずっとクレサールに隣接する領地ばかりで出現していた。それが今回は王都の隣で起きた」
「もしかして、ガブリエルが狙われているのでしょうか」
ヴァン様がちょっと呆れた顔で笑う。
「ララ、口付けをするか」
「えっ、なぜですか」
「そういう惚けた答えをするからだ」
そしてヴァン様は、葡萄酒のグラスを置くと、私の額と頬に口付ける。
「っ!」
「婚約者が口付けをして何か問題があるのか。何ならその惚けたことを言うその愛らしい唇に口付けようか」
「……ぁ」
ほんとうに口付けられた。
「キリッとしたか?」
「ヴァン様!キリッとするために口付けって、おかしいです」
ヴァン様が、私の両頬を大きな手ですっぽりと包む。
え?顔が近付いてくる?蒼く金色が混じる瞳に私が映っている。
どうしよう。触れられている頬が熱い。
「狙われているのは、ララかも知れない。ララが王都にいるから何かが起きるのではないか。バルトランザの狙いがララと私ならば」
「まさか。十一年前から?」
「ああ」
そのまま、口付けられた。
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しかし、このあとのナステイル討伐を機に、次々と王国中でダークミストが吹き荒れる事になる。




