2話 方舟 アーク
「──きっといつか、[■■■]、あなたがこの戦いを終わらせるのよ。大丈夫よ、あなたが、あなた自身に勝つ日が来るまで私が支えてあげるわ、だから、どうか■■■を、皆をよろしくね。」
地下基地の薄暗い通路を、カイは仲間と共に歩いていた。
ここはアーク──正確にはアークの地方基地の一つ。
表向きは“生存者保護と情報収集のための前線基地”だが、実際には作戦介入も任務に含まれる。
その時、受信機が甲高く鳴り響いた。
「偵察チームとの連絡が途絶えた。至急現場に向かえ」
乾いた声が命令を下す。
地方基地ゆえに、物資も人員も圧倒的に不足している。
今回現場に出た偵察チームは、この基地の半数にあたる戦力だった。
「おい! そこの物資係!」
怒声が響く。振り返ったカイは思わず指をさした。
「……お、俺ですか?」
「そうだ。偵察チームが通信不能だ。人手が足りねぇ。お前も行け」
「いや、俺は戦闘なんてやったことが……」
「知ってる。好きでテメェみたいな素人を使うかよ。けど人がいねぇんだ。使えるものは何でも使うしかねぇんだよ」
「……了解です」
「とにかく作戦室に集合だ。急げ」
作戦室は淡い青光に照らされていた。
壁一面のモニターには地形図が映し出され、その上を赤い通信線が途切れ途切れに走っている。
「三時間前から応答がありません」
通信係のエリスが硬い声で報告した。指先は震えていない。だがその瞳には、不安がにじんでいた。
偵察チームは敵ロボットの製造工場を探っていた。
あの工場を破壊できれば、戦争を終わらせる道が開けるかもしれない。
だが今、その行方は闇の中だった。
「……行くしかねぇな」
低く響いた声は、戦闘エースのハルのものだ。背に高電圧ランス、腰には短銃と高温グレネードを携えている。
「お前も来い。物資運び」
視線を向けられ、カイは言葉を詰まらせた。
「俺は戦闘の専門じゃない……」
「だったら今から覚えろ。仲間を置いて帰る選択肢なんて、ここにはない」
一方その頃、先鋒の偵察チーム。
「畜生、通信が途切れた。今までこんなことはなかった……工場が警戒体制に入ってる様子もねぇのに」
「どうします? 一旦引き返しますか?」
「そうしよう。人員が少なすぎる。ここで消耗はできん。後方部隊が待機しているはずだ、そこまで戻るぞ」
決断は速やかだった。
互いに頷き合い、小隊は足音を殺して撤退を開始する。
だが、戻った先に待っていたのは地獄そのものだった。
兵器は無残に破壊され、後方部隊の姿は一人もない。
まるで大地ごと呑み込まれたかのように、人影すら消えていた。
肉片が車両の窓にこびり付き、鼻を衝く悪臭が漂う。
銃弾の跡も、火薬の匂いもない。戦闘があった形跡すら存在しなかった。
ただ、為す術もなく蹂躙された痕だけが残っていた。
「な……なんだ、これは……銃声もなかったはずだ……」
仲間に問いかけようと振り返った瞬間、そこに人影はなかった。
気づけば仲間も同じ肉片と化していた。
声を上げる間もなく天地が反転し、最後の一人も血肉に変わった。
場面は戻り、格納庫。
装備の受け渡しが始まっていた。
ハルが手にしていたのは筒状の兵器。先端に青白い放電が走る。
「高電圧ショックランスだ。ロボットの動力系に過負荷をかけて数秒止められる。ただし一撃必中。外せばこっちが終わりだ」
次に渡されたのは、小さな銀色の球体だった。
「これはスモークグレネードの代わりだ。煙では奴らを誤魔化せない。熱源で感知してくるからな。……全部が全部ってわけでもねぇが」
カイは眉をひそめる。
「これだけですか? 粉砕できるような武器は? 戦う時どうするんですか」
「戦う? 俺たちは基本、戦わない。戦うのは最後の手段だ。隠れて情報を取り、必要なら妨害する。それで十分だ。戦闘は俺が受け持つ。お前は潜入と観察に集中しろ」
「……わかりました」
「それから、敬語はやめろ。ここじゃ年齢も立場も関係ない。共に戦うなら肩は並んでいる」
「りょ、了解です……」
「言ったそばからそれか。まあいい。車に乗れ」
「……どうして震えてるの?
ねぇ、あなたは悪くない、そうでしょう?。
誰かを壊したのは、誰かを傷つけたのは、ただ私達を、私を守ろうとしただけでしょう?
だから胸を張っていいの。全部、正しいことだったんだから。
だって、あなたは私に約束したじゃない。
“私を守る”って。
……ねぇ、覚えてる?
大丈夫。あなたに出来なくても──私と一緒なら出来る。
だから……ずっと待っててね。
いつかまた会えたとき、
その手で私を抱きしめて。
そしてその手で……全部を終わらせて。」




