007
私は敷かれた絹の布団の上、長く眠れないままでいる。
虫の鳴く夜だ。深い夜だ。
思考は忙しなくうつろう。冷えた布団の中、ずうずうしくも当然の顔で脇に丸まった金色の生き物の暖かさに救われながら。
過去。
黒川五鞠の記憶を辿る。まるで重箱の隅をつつくように。
けれど記憶を追えば追うほど、その重箱の枠自体がひどく頼りない事に困惑する。わたしは日本の地方都市に生まれ、三人兄弟の真ん中として育った。家族は健在、現在は会社勤めで……そう記憶を手繰ってゆくと、12月に誕生日を迎え、半年経った34の初夏までは記憶がある……と、思う。
一番新しい記憶は6月だった。でもそれが夢か妄想か、あるいはその後の記憶が失われているのか自信が持てない。
それは十代の頃と比べて変化に乏しい生活のせいか、頭の出来のせいなのか。
現在。
一体ここはどこなのか。わたしは何故こんな場所に居るのか。訳が分からない。
それがひたすらに怖ろしい。
どうして自分はこんなことになったのか。
それに目は、わたしの左目は、もうぼやけてしまった。二度と視力は戻らないかもしれない。悲しい。
しかし今わたしは凍えも飢えもせず、暖かな場所で眠っているのも確かだ。
それから、じわりじわりと、思考は未来へ向かう。
後悔。わたしはここであれを言った。こうした。
今日のすべての些細な行動が間違いだった気がしてならない。あの爺は、あの帝とかいう男は、女官は、わたしをどう判断しただろう。
ああ、そしてきっとニナはきっと明日の朝にはここから居なくなるだろう。
あれだけの反抗の意志を抱えて大人しくはしていられないに違いない。彼女はわたしを見捨てていくだろう。
それが正解か、不正解かは分からない。
でもわたしには、ここを抜け出して生きていかれる自信も胆力も怒りもない。
わたしはここで、彼女の代わりとして、美しくも若くもないことを蔑まれながら、生き延びるしかないのか。
いやだ。ひどい。
とはいえ、彼女に責務を押し付けて傍観していたい気持ちもまた、勝手だ。
私ははたしてどうなるのか。
眠ってすべてを忘れてしまいたい。そう、眠れるならば眠るのが一番だ。
「ぷごっ」
枕元のけものが、いびきをかいたので、気が抜ける。
暖かい。口をあけて寝る姿には、野生のかけらもなかったが、触れた部分がぬくぬくとして、和んだ。つい背中を撫でても起きやしない。
(ネガティブな気分のときに、身体を暖めるのは、案外効果的だなぁ)
救われる。ただし少々獣臭がするのは残念だ。蚤が居なくて、布団に粗相をしないでいてくれたら、贅沢は言わないが。
その夜は案外眠れて色々な夢を見た。
その断片では、竜が闇の中、息を潜めて眠っていた。




