006
夢を見た。悪夢だったかもしれないが、もちそん最中にそんな自覚はない。
夢の中で、わたしは汗を掻きながら、自分の腕を見ていた。
細かく白くひび割れた肌は、一見ただ酷く荒れているだけのようだったが、よく眺めれば、細かい鱗になっている。
いや果たしてこれは鱗と言うのだろうか?
目が細かすぎて、たとえば蛇のようにつるつるとはしていない。どこかの大蜥蜴のように、指先で触れればざらりとしている。
強烈な違和感に爪先を引っかけてみれば、瘡蓋のように小さくぽろりと剥がれたので、わたしはその点を広げにかかった。痛みはない。
極小さい鱗はなのに一枚ずつしか剥がせず、ひどくいらいらしたが、その下に現れる普段の肌は子供のように透き通って嬉しい。
いらつきながらも熱心に作業していると顔回りに熱い蒸気がかかった。ああこれは竜の鼻息だ、と妙な確信を持って頷いたところで、覚醒した。
***
(いや、竜な訳ないでしょうが!)
一瞬前の夢の中の自分にツッコミをいれた。どうやらわたしは生きているらしい。
焼けて溶けるかと思った左目は落ち着いている。けれど何故か、何かにぺちゃぺちゃと舐められている。背筋がぞっとして慌てて飛び起きた。
「……」
下を見ると、つぶらな目と視線が合った。相手はこちらの肩に腕をかけて小首を傾げる。
それは見たことのない獣だった。猫くらいの大きさで、やけにふさふさして黄色い。そして重い。唾液で視界が曇って気持ち悪いと思ったけれど、そういえば、見え辛いのはここで最初に目覚めてからだった。
(謎生物だ。キンクマハムスターと子豚の中間……みたいな?)
「イマリ、大丈夫か」
恐る恐るといったニナの声が聞こえて振り返ると、ここは元の部屋のままだった。
ぽつぽつと焼け焦げた障子には水がかけられているが、あれからそんなに時間は経っていないらしい。見渡すと、青年や周囲の男達までこちらの様子を見ている。
見上げる屋根と天井に煙が燻る黒い大穴が開いて、そこからぽっかりと眩しい空が覗いている。あれにも水を掛けなければ燃えそうで危ない。不思議と周囲の床には焼けた跡はないが、それにしても真下に居た自分が、よくまあ生きているものだ。
見渡せば、古びているが丁寧に手で削られ手で組まれた木材の繊細な部屋が、一瞬のうちに壊れて無残な姿になっている。
「まったく大丈夫じゃない。さっきの雷は、ニナ?」
「違う」
「ではそちらの陛下ですか」
「いや」
「……どちらにせよ、ここは木と紙で出来ているんですから、火気厳禁です。美しいものを燃やして。喧嘩は外でしなさい。あとわたしの目が痛いので、ニナ、妙な術は控えて」
空気を読まず、鼻面をひこひこさせて肩に這い上がってこようとする謎生物を片腕で押さえ、もう片方の手で宥めるように撫でる。小さい爪は鋭く、着物を傷めているような気がしたが、仕方ない。ついでに、好奇心、不快、打算、めいめいの表情をしている糞親父どもをじろりと睨んだ。
「ご存知の通り、わたしたちは先ほど卵から出ていたばかり」
青年がかすかに顎を引く。
「わたしの故郷では古来、七夜過ぎるまでの赤ん坊は神の子と言います。それを半日も絶たないうちに誰に嫁がせるのと相談とは、気が早いにもほどがある」
「さて。先ほどの雷は始祖竜の怒りか」
(そんなの知ったこっちゃないけど、どう返事をすべきかしらん)
何故こんな事になったかは全然分からないが、タイミングよくこの場に落雷があって周囲が怖気づいているのであれば、幾らでも話は盛れそうだ。しかしあからさまなな嘘は墓穴を掘るだろう。彼らは恐らくこの国を動かす男達であり、わたしより随分年上でもあり、これだけ雁首そろえているのだ。観察眼は鋭いに違いない。彼らはめいめいの表情で、ニナとわたしを見ている。ニナとわたしの資質を見極めている。その目が怖くはあるが。
(ま、相手にみる目があるなら、気取ってもムダかな)
三十を越えてだんだんと雄弁よりも沈黙の価値が高いような気がしてきているが、結局、わたしはそれほど賢くなれない。
「わたしには分かりません」
今度は謎生物がしきりに顎を舐めるので、かいかいと額を掻いてやった。途端に相手は目を細め、肩にぺったりと首を預けてくる。
「あの、イマリ」
ニナが恐る恐る口を開いた。
「ところで……その生き物は一体、なんなんだ?」
「こっちが聞きたいわ!」
思わず口が滑ったのは、八つ当たりだったと反省している。




