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 暗い。

 映像のない世界。

 それだけじゃない。何も聞こえないし、何の音もしない。

 何の感触もない。どこにも触れていないみたい。浮いているのとはなんだか違う。


 あ。

 眩しい。今、光を感じた。それを合図に、どんどん5感が戻ってくる。

 背中の柔らかい感触に、嗅いだことのある独特な匂い。私の神経細胞が、頭に手足に細かく伸びて行く。


 瞼を持ちあげる。少し汚れた白い天井が見えた。ドラマとかで目にする点滴の機械が右側に見えた。

 点滴?病院?

 私は起き上ろうとした。ひどくだるい。すると左側から「ガタッ」という無機質な音がした。視界によく知った顔が現れる。

「真知子!ああ、真知子」

 ふわりと母親がよく付けている香水の匂いが漂った。


 私が目を覚ました場所は病院の個室だった。私は右腕に点滴を受け、頭に包帯を巻かれて仰向けになっていた。心電図まで近くに置かれている。

 医者がベッドのわきに座って、てきぱきと私の診察をしている間、母親は一歩下がったところでもどかしそうに手をこすり合わせながら、いまかいまかという表情をしていた。母親の後ろには父親と妹が並んで私を見つめて立っている。

 医者が診察を終え、両親と妹にむかって「特に異常は見当たらない、大丈夫ですよ」というようなことを告げると、母親も父親もしきりに頭を下げていた。医者が立ち去り、最後に看護師が「なにかあったら呼んでください」と私に微笑み、部屋を出て行った。

 医者も看護師もいなくなると母親は遠慮がちに私を抱きしめ(!)涙を流していた(!!)

「お前は2日間も眠っていた。2日前、骨董市近くの公衆電話の中で倒れていたんだ」

 父親が包帯を巻いた私の頭をふわりと撫でながら、そう言った。


 私は何も話さなかった。目の前で私に微笑みかける両親を不思議なもののように見ていた。なんだろうこれは。妹は両親から少し離れたところにいて、所在なさげに腕を左右にぶらぶらさせている。

 私は頭の包帯以外、外傷は特になかった。気分も悪くはない。体がだるくて重いがこれは2日間眠っていたせいだろう。

「私、あなたが骨董に興味があったなんて知らなかったわ。お父さんは知っていたのに教えてくれないんですもの」

 母親がまた目がしらを抑える。

「今度はお父さんが、あー、車でもっと遠くの、大きな骨董市に連れて行ってやるからな」

 父親は母親のように早口で話せない。無口だし、もともと話すのが得意ではないのだ。

「退院したら真知子の好きなものお母さん作るわ。何食べたい?なんでも言いなさい」

 質問されても私は無言だった。私はどうしていいかわからない。そんな風に小さいころのように話しかけられては困ってしまう。とても億劫だ。以前詰問されたときのように、嫌というわけじゃないけれど。

 私は視線を泳がせながら「あれは夢だったのか」と考えた。あの長方形のケースに描かれていた、巻き毛の少女に自分の思いの全てをぶつけた、あの出来事は、すべて私の頭の中で起こったことなのだろうか。そうでなければ、少女が絵から人間になるなど考えられない。

 でも。

 あのうすい茶色の目が頭に焼き付いている。自分が本気で怒鳴ったことも、体が覚えている。

 私はなんとなく、泳がせていた視線を妹に向けた。妹はそっぽをむいて、暇そうにしている。と、ぎくりとした。妹の後ろにあの少女が立っていたからだ。妹に隠れて表情はよく見えない。うす青いドレスが風などないのにゆら、となびいた。

「あなたは、誰?」

 私は心の中で少女に問いかけた。少女は答えない。妹の陰で一体どんな顔をしているのか、ここからではうかがい知れない。「あなたは、誰?」私には察しがついていた。

「どうしたの?真知子」

 母親が心配そうに私の顔を覗き込んだ。次に見たとき少女は消えていた。私が望んだ少女。

 少女も、トランプカードも、過去の鎖に縛られている私が造ったのだ。私が望んだから、わたしの前に現れた。そんな気がする。裁きという名の復讐が結局なされなかったのも、私が心の奥ではそれを真に望んではいなかったからだ。私は弱い自分に失望していた。人生を見限っていた。本当に許せないのは周りの人間なんかじゃない。少女は私の、私さえ分からないように蓋をした気持ちに気付いていた。私が造りあげた、私の心の膿んだ傷を映す鏡だったから。

「私」

「私、卵焼きが食べたい。砂糖をたくさん入れて」

 私は俯いて母親にそう告げた。重くて苦しかった体の中に少し隙間ができた気がする。そこをとりあえずなにか甘いふわふわしたもので満たしたい。

 あの長方形のケースは結局どこへ行ったのだろう。もうどこにもないのか。それとも私の部屋の机の中にまだあるのか。中に残りのカードはあるだろうか。私が破いたからもうないだろうか。私はふとそう思ったが、深く考えないようにした。

 とりあえず卵焼きを食べてから考えても遅くはないだろう。

 これからを選ぶのは私だ。


これにて完結です。


今までお付き合いいただいた方、貴重なお時間をさいていただき、誠にありがとうございました。


4話目でいったん中断して、5話目をはじめるとき、話の方向をかえました。

書き始めはもっと短いホラーだったのですが、結局いじめと向き合うテーマとなりました。ラストは私なりの思いを込めたつもりです。


拙い作品ですが、皆さまに受け入れていただければ、幸いです(もちろん否定、反対意見も受け付けております)

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