↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/13

第4話 リアコ勢、襲来

 昼休みの購買は、戦場だ。


 焼きそばパンは開店三十秒で消え、メロンパンは一分ももたない。列の後ろのほうに並んだ時点で、勝負はほぼ決まっている。


 俺は列の真ん中あたりで、今朝のことを思い出していた。


 登校すると、桜庭の机に張り紙がしてあったのだ。


 『推し本人によるファンサ 禁止』


 どうやら昨日の指さしが、相当効いたらしい。


 本人はうちわの向こうから、「心臓がもたないので」と小声で言っていた。


 大貫いわく、「効いてる証拠だろ。攻め続けろ」。


 攻めるも何も、俺は三日前に振られたばかりなんだけど。


「堀田先輩!」


 いきなり、列の横から名前を呼ばれた。


 振り向くと、小柄な女子が両手で弁当箱を差し出していた。


 上履きの色は一年生。ショートカットで、目がまん丸で、なぜか全力疾走のあとみたいに息を切らしている。


「一年三組、料理部の小森ちさです!」


「あ、はい」


「先輩への想いを、二百度のオーブンで四十分、焼き上げてきました! 先輩の、リアコです! 付き合ってください!」


 購買の列が、まるごと凍りついた。


 リアコ。リアルに恋している、の略。


 昨日の大貫の講義で習ったばかりの単語が、まさか翌日、本番で飛んでくるとは思わなかった。


 しかも、十七年生きてきて、告白されたことは一度もない。その一回目が、焼きそばパン売り場の横で起きている。


「メロンパン、最後の一個だよー」


 購買のおばちゃんだけが、何事もなかったように商売を続けていた。強い。


「えっと……ごめん。まず、なんで俺を?」


「覚えてませんか? 六月十二日、火曜日、晴れ!」


 聞き覚えがありすぎる。


 一昨日、黒板の前で読み上げられたばかりの日付だ。


「最後のメロンパンを、先輩が譲ってくれたんです。『俺、パンならなんでもいいから』って。あれからずっと、名前も知らない先輩のことが気になってて……」


 小森は、弁当箱をぎゅっと抱えなおした。


「そしたら、クラスのグループに資料が回ってきたんです。『堀田誠のここが尊い』。読んで、あの先輩だって分かって、もう居ても立ってもいられなくて!」


 資料が、学年の壁を越えて流通している。


 俺の消しゴムと、まったく同じ道をたどっている。


 とにかく、ここはちゃんと答えないといけない。


 冗談で流していい話じゃない。


「ありがとう。でも、ごめん。好きな人がいる」


「知ってます!」


 小森が、食い気味に言う。


「桜庭先輩ですよね。でも、振られたんですよね?」


「……なんで知ってるんだ」


「資料の最後のページに書いてありました。『推しの失恋を、ファン一同で支えよう』って」


 あいつ、布教資料に俺の失恋まで載せたのか。


 頭を抱えたそのとき、廊下の向こうから、聞き慣れた足音が猛スピードで近づいてきた。


「ちょっと待ったーっ!」


 桜庭だ。うちわの文字は、今日も新作の『接触禁止』。


「推しに直接さわるのは、素手で太陽をつかむのと同じなの! お手紙とプレゼントは事務所を通して!」


「事務所ってどこだよ」


「推しは、付き合うためにいるんです!」


 小森も一歩も引かない。


「推しは推すもの!」


「推しは付き合うもの!」


 流派が、真っ向からぶつかった。


 購買の前の人だかりが、みるみるうちに膨らんでいく。


「――ご覧ください。いま、二つの流派の縄張りが、購買の前で接触しました」


 人垣を割って現れたのは、久遠寺だった。


 どこから聞いていたんだ、この生徒会長は。あと、なんで動物番組なんだ。


「論点を整理しましょう。ここでは他の生徒の迷惑になります。場所を移して、公開討論とします」


 ◇


 五分後。中庭は、満員。


 入口では購買のおばちゃんが、パンの出張販売を始めていた。商魂がたくましすぎる。


 ベンチの右に桜庭、左に小森。真ん中のテーブルには司会の久遠寺。


 そしてなぜか時計係として、大貫が野球部のノック用ストップウォッチを首から下げている。


 お前、いつ呼ばれた?


「論点は二つです。一つ、推しと付き合うことは許されるか。二つ、許されるとして、誰が付き合うのか」


 二つ目の論点で、野次馬が「おお」とどよめいた。


 俺の知らないところで、俺の争奪戦が正式に始まっている。


 優勝トロフィーの気持ちが、いまなら少しわかる。棚に飾られる側は、だいたい意見を聞いてもらえないものだ。


「持ち時間は一人一分。では先攻、桜庭さん」


 桜庭が、うちわを顔の前に掲げたまま立ち上がる。


「推しとファンのあいだには、距離があるの。地球が生き物の住める星なのは、太陽からちょうどいい距離にいるからでしょ。近すぎたら燃えるし、遠すぎたら凍る。推しもそれと同じ。距離ごと、尊いの!」


 推し活に、理科の資料集を持ちこむな。


 野次馬の女子から、「わかる……」とため息がもれる。


「後攻、小森さん」


「距離があったら、好きが冷めちゃうじゃないですか! 料理も恋も、熱いうちに出すんです! 私は先輩の隣で、メロンパンを半分こしたいんです!」


 今度は男子から「わかる……」の声が上がる。


 わかるのか? 男子も?


「二回戦。桜庭さん、反論を」


 桜庭は、少しだけ間をおいた。


「……付き合ったら、いつか終わるかもしれないじゃん。でも推しなら、終わらない。好きなまま、ずっと好きでいられる」


 中庭の空気が、ほんの少しだけ変わった。


 冗談の声じゃなかった。少なくとも、俺にはそう聞こえた。


 三月に卒業した、前の推し。昨日の帰り道で聞いたばかりの話が、頭の隅をよぎる。


 小森は、まっすぐ桜庭を見て言い返す。


「終わるのが怖いから付き合わないなんて、もったいないです! 賞味期限が怖いからって、ケーキを一生冷蔵庫にしまっておくんですか!?」


 桜庭のうちわが、わずかに傾いた。言い返そうとして、言葉が見つからない。そういう角度に見えた。


 野次馬の拍手が、今日いちばん大きくなる。


 議題が、俺の取り扱い方針から、人生の話にまで広がってきている。


 たまらず、手を挙げる。


「あの、本人の意見としては――」


「本人は黙ってて!」


 桜庭と小森の声が、ぴったりそろった。


 もう一度、手を挙げる。


「いや、いちばんの当事者は俺――」


「本人は黙ってて!」


 今度は、野次馬全員の声だった。


 最後のひと押しで、司会席を見る。久遠寺は静かにうなずき、ていねいに言った。


「本人は、黙っていてください」


 三方向から封じられた。俺の発言権は、この中庭のどこにも残っていないらしい。


「残り十秒」


 大貫が、ストップウォッチをにらみながら読み上げる。


 小森が、桜庭のほうへ一歩踏み出した。


「桜庭先輩は、堀田先輩とは付き合わないんですよね?」


「そ、そうだけど」


「じゃあ、私が付き合っても、文句ないですよね?」


 中庭が、しんとした。


 さっきまでの笑いが、すっと引いていく。


 全員の目が、うちわの向こうの桜庭に集まった。


 長い沈黙のあと、桜庭は言った。


「……推しの幸せが、いちばんだから」


 声は明るかった。いつもどおりの、推し活のときの声だ。


 なのに、うちわの柄を握る指が、真っ白になっている。


 水色の爪だけが、やけに鮮やかだった。


 小森の目も、その指に止まっていた。


 勢いのよかった声が、少しだけ小さくなる。


「……そうですか」


「試合終了」


 大貫が、空気を読まずにストップウォッチを止めた。


 ――いや、たぶん、あいつなりに読んだんだと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。