表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/26

第十話「息子と二人、ファミレスで」

 颯太が「飯食いに行かね?」と言ったのは、土曜の夜だった。


 誠は一瞬、聞き間違えたかと思った。

 颯太が誠を食事に誘うのは、小学生の頃に「ラーメン食べたい」と言って以来、ほとんど記憶にない。

 中学に入ってからは家族で出かけること自体が減り、高校に入ってからはほぼなくなっていた。

 受験生になった今年は、外食は「一人でコンビニ弁当」か「家族全員で近所のファミレス」のどちらかで、父親と二人で出かけるという選択肢は存在しないも同然だった。


「……俺と、二人で?」と誠は聞いた。

「うん、まあ。お母さんと莉子は女子会だって言ってたし」

「そうか」


 颯太の言い方は「お前と行きたい」ではなく「他に選択肢がなかった」に近かったが、誠はそこを指摘しなかった。

 指摘する技術がなかったのではなく、指摘しなくていいと思ったからだ。


 近所のファミレスに入り、二人で向かい合って座った。

   颯太はメニューを開いて「ハンバーグにしようかな」と言い、誠は「俺もそれにしよう」と言った。


「……パパって、いつも俺と同じもの頼まない?」

「そうかな」

「毎回そうじゃん。なんで」

「……なんとなく」


 颯太は「なんとなくって何」と言い、それ以上は聞かなかった。


 ドリンクバーのコーヒーを取りに行って、二人で向かい合って座り直した。

 颯太がストローでアイスコーヒーをかき混ぜながら、窓の外を見ていた。

 誠も特に何も言わなかった。

 沈黙が流れたが、居心地の悪い沈黙ではなかった。

 少なくとも誠にはそう感じられた。

 颯太の方はどうかわからなかったが、颯太も特に何か話そうとはしていなかった。


 料理が来て、二人でしばらく食べた。


 颯太が「……ちょっと聞いていい?」と言ったのは、ハンバーグを半分食べたあたりだった。

「うん」

「友達のこと、なんだけど」

「うん」

「……同じクラスのやつで、なんか、最近ちょっとグループが変わってきた感じがあって」

「そうか」

「なんか、前は仲良かったのに、急に違うグループで固まるようになって、俺に話しかけてこなくなったっていうか」

「そうかあ」


 颯太が少し間を置いた。

 ストローをもう一度かき混ぜた。

「……別に、嫌われたとかじゃないと思うんだけど。なんか、自然にそうなっちゃった感じがして」

「うん」

「それが、なんか、モヤモヤするっていうか。受験勉強しながら気になっちゃって、集中できないときがあって」

「そうかあ」

「……なんか、距離置かれてるのか、こっちが置いてるのか、もうわかんなくて」

「うん」


 誠は聞きながら、何か気の利いたことを言えないか考えていた。

 でも何も出てこなかった。

「そうかあ」と「うん」以外の言葉が、なぜかうまく浮かんでこなかった。

 的外れなことを言って颯太を傷つけてもいけない、と思うと余計に何も言えなくなった。

 だから聞き続けた。


 颯太の話は、十分くらい続いた。

 同じクラスの友達の話、グループのこと、受験のストレスで人間関係も敏感になっている話、自分でも大げさかもしれないと思っている話。

 誠は「そうかあ」「うん」「そっか」「それはモヤモヤするね」の四種類を組み合わせながら、ひたすら聞いた。

 話が一段落したところで、颯太がコーヒーを一口飲んだ。


「……なんか、パパに話すと楽になるな」

 誠は「え?」と聞き返しそうになった。


 正確には「え?」と言いかけて、一瞬止まり、その隙に颯太が次の話をしてしまったので、聞き返しそびれた。

「まあ、どうせ受験終わったら向こうも俺も気にしなくなるし、今だけのことかなとは思うんだけど」

「うん、そうかもしれないね」

「うん」


 しばらくまた沈黙があった。

 今度は少し前と質が違う沈黙だった。

 何かが整理されたあとの沈黙だった。


 颯太がハンバーグの残りを食べ始めた。

 誠も自分のハンバーグを食べた。

 ハンバーグが冷めかけていたが、誠には気にならなかった。


「……パパって、友達少なそうだよね」と颯太が急に言った。

「……そうかな」

「なんか、話聞くのは上手そうなのに、自分から話しかけるのは苦手そう」

「まあ、そうかもしれない」

「似てるかも」と颯太は言い、すぐに「いや、パパほどじゃないけど」と訂正した。


 訂正した意味が誠にはよくわからなかったが、颯太なりの比較だと思って「そうか」と言った。

 デザートのメニューを見ながら、颯太が「……ありがとう、参考になった」と言った。


 誠は少し止まった。

 参考になった。


 誠には、何か意見を言った記憶がなかった。

「そうかあ」と「うん」しか言っていない。

「それはモヤモヤするね」は共感の言葉であって、意見ではない。

 どこにも「こうした方がいい」とか「そいつが悪い」とか「受験に集中しろ」とか、そういう類いのことを言っていない。

 何が参考になったのか、誠にはさっぱりわからなかった。


「……参考に、なった?」

「うん。なんか整理できた気がする」

「俺、何も言ってないんだけど」

「言ってなかったっけ」

「言ってない。ほぼ聞いてただけだよ」


 颯太はしばらく考えて「……そっか」と言った。

「でも、まあ、なんか整理できたから」と続けた。

 どういう仕組みかは、誠にも颯太にも説明できなかった。


「……デザート頼む?」と誠は聞いた。

「頼む。パフェにしようかな」

「俺もそれにしよう」


 颯太がまた「毎回同じもの頼むじゃん」と言い、誠は「……なんとなく」と言った。

 颯太が小さく笑った。

 笑い方が莉子に少し似ていた、と誠は思った。

 二人とも、笑う時に少し口元だけが動く。

 佳代の笑い方だ。


 帰り道、二人で夜の住宅街を歩いた。

 颯太はスマホを見ながら、誠は手をポケットに入れて歩いた。

 今日は鍵を忘れていなかった。

 確認してから出た。


「パパって、話聞くの上手いよね」と颯太が言った。

「そうかな」

「友達でも、あんなに聞いてくれるやつ、あんまいないかも」

「……颯太も聞けると思うよ」と誠は言った。

「俺が?」

「うん。なんとなく、そういう感じがする」


 颯太は少し間を置いて「……なんで」と聞いた。

「なんとなく」

「なんとなくって何」と颯太は言い、それ以上は聞かなかった。


 夕食の時と同じ展開だった。

 二人ともそういう体質なのかもしれない、と誠は思った。

 思いながら、それが少しだけ嬉しかった。


 家に入ったら、佳代と莉子はまだ帰っていなかった。

 颯太が「勉強してくる」と言い、自分の部屋に入った。

 誠はリビングのソファに座り、テレビをつけた。

 つけたが、何を見るかは決めていなかった。

 画面の中でニュースキャスターが何かを話していたが、内容は頭に入ってこなかった。


 颯太の「なんか、パパに話すと楽になるな」という言葉が、静かに頭の中に残っていた。

 俺は何も言っていない。

 聞いていただけだ。


 聞いただけで楽になるなら、俺にも何かできることがあるのかもしれない。

 仕事で、家で。

 謝ることと、聞くこと。

 二十三年間、それしかやってこなかったことに、もしかして意味があったのかもしれない。

「もしかして」の話だ。

 確かめる方法はないし、確かめる必要もないかもしれない。


 ただ、今夜の颯太の顔が、ファミレスに入る前よりも少し柔らかくなっていた、ということは、誠には見えていた。

 それだけで、今夜の外食の意味は十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ