第三十話 異質な来訪者 〜光の恩恵〜
香澄博士と藤原はレベル3に到達して、山本たちの待つ居住エリアを目指していた。そしてその途中で何やら怪しげな大きな音が響いてきた。
地盤の揺れか?圧送される下水の音?ポンプの稼働音?地下壕に反響して、偶発的にいつもと違った音に聞こえているのか?
しかしその後も度々音が続き、決して水音や機械音ではないと2人は確信した。
「博士、これってまさか高山くんたちが魔人と融合したっていう被検体たちに巻き込まれているってことじゃ……?」
「確かに変だ。被検体が壁を破ろうとしてぶつかっているような、そんな音にも聞こえる。」
一旦足を止めた2人だが、藤原の方から香澄に提言する。
「今は音が止んでるみたいです。2人で確かめに行くより、まずは山本との合流を優先しましょう。米田くんには申し訳ないが、彼もいざってときには戦力として加勢してもらった方がいいでしょう。」
香澄もこれに頷いて、2人は再び走り出していた。
一方待つ立場であった山本たちも、この異変に気づき出していた。居住エリア内でありながらも、どこからか大きな音が響いてきた。彼らの場合は香澄たちのように通路にいたわけではないので、全ての音が響いてきたわけではなかったが、最初に聞こえた音から暫く経って、2度続けて大きな音が聞こえていた。
「山本さん。ひょっとして誰かが襲われたりしてるんじゃ……」
「普段聞こえるような音でなかったのは確かだ。博士たちが襲われたわけでなければいいんだが……」
「さっきの通信で確かめるのは、マズイですか?」
「襲われている場合だと通信が却って良くないことが……あるか……どうか……いや!」
何か思い出したように山本は急いで無線機を取り出した。
「俺のも、君流に言うところの『グンプク』と同じ無線機なのさ。」
そう言いながらおどけたように肩をすくめてみせる。
「後で説明しよう。……藤原、藤原、無事か?応答してくれ。」
何かノイズ混じりで聞こえずらいが、微かに藤原の声らしきものが混じっているかのような応答音が聞こえてきた。
「念のため通路に出て彼らを待とう。その前に米田くん。さっき君の言っていたロザリオだが、今触れてもやっぱり平気かい?」
「いいですか、触ってみて?」
恐るおそる米田は軽く指先で触れてみる。特に何も痛みも衝撃もない。指一本で触れたのを徐々に本数を増やして、最後掌で触れて問題ないことを確認した。
「大丈夫みたいです。」
「そうか。なら君がそいつを持っててくれないか?」
「いいんですか?俺みたいな被検体に。」
「なあに、もう規則がどうとか言ってる状況じゃない。君は家に帰るんだから。」
「……はい。ありがとうございます。」
「そうだ、念のため……ちょっと待ってくれ。」
そう言って山本は手近にあったタオルを棚から取り出した。
「ちゃんと洗ってあるから。よっと、何もしないよりは気休めだが……これで持っててくれ。」
なぜかタオルで巻いた端末機をホルスターに入れて一緒に渡す。
「少しタオルでホルスターがぎゅうぎゅうになってしまったが、念のためだ。不恰好なのは目をつぶってくれ。」
「どうしてタオルなんて巻くんですか?やっぱり電気とかでビリッと来ることがあるってことですか?」
「この端末機には『パラジウム』という金属が含まれているんだ。周りは黒いが、真ん中は白銀のような色だったろ?その部分にうっすらと塗られていて、中にも仕込まれてる。君は見た目よりズッシリ重い感じだったって表現していたよね。パラジウム自体は別に重い金属ではなく、むしろ軽い部類なんだが、まさに見た目に反して金属が含まれているのが『ズッシリ』と感じた正体、パラジウムの重さだったわけだ。」
「パラジウム?ですか?」
「パラジウム自体はヒトに害をなすものではないんだ。直接触れたからと言って毒性があるわけじゃないから平気だよ。時計とかアクセサリーとかにも使われているからね。白金、ええっと、プラチナなら分かるかい。あんな感じだね。色も似てるし。」
以前藤原がオサムたちに分かりやすい説明で好評を博していたことを朧げに思い浮かべながら、山本なりに説明を続ける。
「このストップウォッチにも似た造形は、水晶振動子の電気信号を利用して、アクティブ・ジャミングという機能があるからなんだ。ストップウォッチで時間計測するように見せて中からパラジウム回路が出てきて高周波が放たれる。すると君たちの超高速処理される脳からの電気信号を狂わせてしまい、上手く体を動かせなくなるんだよ。酷いときは呼吸が止まったり、完全にパニックになってしまうこともある。」
ここで山本は常時携帯している丸薬を米田に見せる。
「私もこの薬を使って一時的に君らと同じ、神格化の力を出せるようになるんだよ。今も服用していてその能力が発現している最中なんだ。反応速度が異常に速いのはいいんだが、意外なほど脆い弱点も君たちは抱えているってことになる。私は君たちほどの超反応の身体ではないが、やはりコイツに触れると結構キツイんだよ。私だと触れると暫く目が回って立ってるのがやっと、って感じになるからね。」
「へえ〜、そうだったんですね。だから『ロザリオ』って呼んで身を守る道具としても使ってるんですね?」
「そのとおり。そのロザリオという呼び方は、君たちより前の世代の被験者たちに対して使い始めたらしい。彼らは特別な細胞が埋め込まれてたっていう話でね。私もそこまで詳しくはないんだが、人工筋肉の触媒に使われてる粒子がこのパラジウムに触れると、体内の水素を異常吸着して筋肉が引きちぎれてしまうって話だ。まあ昔の話だけどね。」
言葉を結んだ瞬間、山本の鼓動が一瞬高鳴った。同時に汗が全身から引いていくような感覚。
今俺は自分で『昔』と言ったが……確かビンガの言っていたSタイプ、それが旧世代?
だったら融合した彼らにとっても、まさにコイツがロザリオになると言うことなのか?
一瞬よぎった考えに耽る自分を心配そう見ている米田の顔が、山本を現実に引き戻す。
「ああ、すまない。長話になってしまったね。我々がみている4人の中に、こういう話が好きな子がいてね。つい彼に説明してる感じで長くなってしまった。」
「いえ。参考になりました。今度パラジウムっていう金属のこと調べてみようって思いました。ありがとうございます。」
そう言って頭を下げる米田の姿に、山本は高山少年の影を重ねるのであった。
山本たちが、居住スペースの外に出て、程なく香澄と藤原が合流した。
「米田くん、すまない。遅くなって。山本も無事か?」
息を切らせた香澄が2人の無事を確認する。
「ご心配いただきありがとうございます。お二方もご無事で何よりです。」
これを聞いた香澄と藤原が笑い出す。山本も声は出さないが笑っているようだ。
「すみません。みなさん、どうかされたんですか?」
「いや、すまない。何か高山くんと話してるような感じがしてね。」
「また高山ってやつか」と思いながら米田は若干不満そうである。
「そんなに似てるんですか?そんな奴見たことないけど。みなさんと一緒にいた中学生っぽいのにはいないと思うんですけど?」
「ああ、まあ見た目では似ているわけではないんだが、雰囲気というか言葉の選び方がね、彼を彷彿とさせる感じなんだが……」
米田としては自分がそんなに特徴的、あるいはおかしな表現をしているつもりはなかった。
だが同時に不思議でもあった。
この大人たちに少し腹を立てている自分に気づいた。いつぶりだろう?ネズミ男やグンプク、ほかの被検体たちの大人に囲まれて、彼らの笑いに直面することはあった。だがそれは単なる嘲笑か、人を不快にする代替手段としての笑いであった。考えてみれば『笑われた』こと自体に怒りを感じていたのではなく、存在そのものを疎ましく思う対象が、『笑う』という余裕を持っていることに怒りを覚えていた。奴らの笑いはいつだって単なる自己満足であった。
だのにこの人たちは楽しそうに普通に笑っている。まるで家族を見ているような感覚……笑いながら胸の辺りが暖かくなるような心地良さ……まあ自分をネタにされるのは癪ではあるが……
そんなことを米田が考えている間、3人の大人は必死に彼の機嫌を損ねる場違いな失笑を詫びていた。そんなとき、再び大きな音が響いてきた。
香澄たちも顔つきが変わった。
「やはり何かを破ろうとしているような音だ。しかも今度のは複数体による体当たりのような音。高山くんたちがどこかに立て籠ってやり過ごそうとしているのを、何者かが追い詰めているのかもしれない。すまない米田くん。移動しながら話そう。2人もいいな?急ぎたいところだが、どこから襲われるか分からない。警戒しながら慎重に行こう。」
焦げ付くような臭気が通路に漂う。それが警鐘として一層彼らを警戒させるのであった。
香澄たちの聞いた音……半分は当たっていると言えるが、実際にレベル3に響き渡っているのは13人の少年によるものであった。
圓崎ですら5ミリにも満たないような微かな凹みをつけるのがやっとの鋼鉄製40ミリの厚さの扉。この壁は彼らにとってはあまりに大きすぎるものであった。
代わる代わる数人で、今度は束になり体当たりを試みていた。最初は大きな音を立てることを極力避けるよう考えていた彼らも最早その警戒はすることなく、道を切り拓くことだけに専念していた。拳を痛めていた少年たちもある程度回復したら、自主的にその交代要員となっていた。
そんな中オサムはほとんど意識がない状態で座っていた。竹田と柴崎が交代で支えていたが、力が抜け切ってしまっているのか、オサムはガクンと崩れるように倒れ込んだ。
「やばい。」
そう竹田が叫ぶと、慌てて松野が飛んできて代わりに彼を支えた。
「悪い。代わるわ。」
「あ、ん、オサムちゃん相当無理したんじゃねえ?」
「多分大丈夫だと思う。オサムは回復力が俺たちより格段に速いらしい。だからこうやって少し休めば、いつも元気になっからさ。
けど、これやってっときって俺らは水に潜ってる感じなんだけど、オサムは俺ら全員の命綱みてえな役で負担が大きいらしい……」
「え?それってさっきのピカピカのこと?」
柴崎も不安そうに訊ねる。
「ああ。大体普通は15秒くらいでやめんだけど。最初は25秒で今日みたいにオサムが血吐いてさ。40秒で吐かなかったこともあんだけどさ。」
「ええ?だって今日ってすげえ長くなかった?1時間はいってねえかもしんねえけど、40分くらいはやってたんじゃねえ?」
「いや、今回は70秒だったはず。」
「え?そんな短えの?俺らみんな多分もっと長く感じてたよな?」
「そうそう。70秒?たったの?」
「確かに外から見ると長く感じるらしい。」
「40秒が70秒って、普段の倍近くやってたのかよ?」
「……オサムも言い出したら聞かねえとこあっからよ。分かんだろ?なんとなくコイツの性格。」
「そっか。そんな無理してたんだ。」
「まあ、もう少し寝かしといてやろう。」
「多分サクマやオータはオサムが無理してたの見て、自分らも無理しようとしてくれたのかなって感じだよな。」
そう言いながら松野は眠っているオサムの背中をさすってあげていた。意識のないはずの彼の指先がピクッと一瞬だけ動いた。
傍らでは扉への体当たりもほとんどの参加者が脱落していく。
「ダメだ〜。無理〜。」
小前を始め皆がこう嘆いて焦燥し切っているとき、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「あれ、誰か来たんじゃねえ?」
「ええ、誰だよ、こんなとき。」
「シャーーーーー。」
「何だよ、しゃーって?誰だよ、ヘビか何かかよ?」
「うぉぁ!みんな、やべえ、起きろ、変なんがいる!」
「んんんぇ、ええっ!」」
「何だコイツら?」
そこにいたのは吉田によって放たれた被検体……シャムシエルとバラキエルと命名された2体であった。その姿はヒトのようでありながら、湿って光っているような皮膚をしている。瞳も縦に割れた、まるで爬虫類のような肌や顔であった。
「シャーーーーー。」
ヘビのような長細い舌を出すときにこの音を立てているようだった。
「ちょ、ちょっ、超やべえんじゃん、これって?」
「どうすんだよ?何なんだよ、あれ?アイツらニンゲンじゃねえのかよ?」
「初めて見たな、こんなの。こん中でアレ見たことある奴は……いねえみてえだな。でも襲って来ないで威嚇だけしてんのか、アイツら?どうするエンちゃん?戦ってみっか?行くなら俺からやってみっけど?」
大田はなぜかこういうときには冷静というか、ほかと違って全く物怖じしない。まるで本当に森の中でヘビやトカゲでも見つけてどう対処するかを相談している感覚のようだ。
圓崎でもこの姿には驚いたようで、珍しく戸惑っている。
「なあマツノ、お前らでもああいうのは初めてなのか?」
「見たことねえ……てかヒトの姿じゃねえのなんて、どう思うエダくん?クニヨシ?」
「多分アイツらが、あの無理やり融合した魔人とかなんだろうけど。大丈夫なのアレ?毒とかあったりしないのかな?」
「でも全然怖くねえじゃん。強くねえってことだろ、なあオータ?」
「やっぱクニヨシもそう思う?そうなんだよね。コイツら見た目はイカついくせに、全然おっかなくねえんだよ。」
そう言いながら大田が肩を回し始める。
「やってみっか?とりあえず2人で?クニヨシ、もう平気なのか?」
「まあちょっと、ちょっとだけ肩痛えかな?まあ、行けるっしょ。」
安川がそう言い終えると同時に2人は、2体の融合体に向かっていく。融合体たちはこの2人の姿は目で追えているようだが、彼ら自身の動きは緩慢でそのまま安川たちに懐に飛び込まれるのを許してしまった。大田、安川はいい意味でも悪い意味でも思い切りがいい。全く躊躇うことなく相手の鳩尾に素早く重い一撃を喰らわす。
2体はほぼ同時に膝から崩れて、呼吸ができないのか苦しんでる様子である。
「チョー余裕なんですけど。オラァ!」
安川が勝ち誇って1体の頭を横から蹴り飛ばした。意外と硬いのか乾いたような音がする。蹴られた個体は横に倒れてまだ苦しんでいるようだ。
「とりあえず起き上がって来なそうだな?クニヨシたちが強えのか、アイツらが弱すぎんのか、分かんなかったな?」
圓崎もいつもの平静さを取り戻したようだ。
「オサムちゃんが眠ってて良かった……」添田のセリフに松野は「あああ」と言って反応する。
「え、オサムってトカゲとかダメなんだっけ?」
香野が添田に問いかける。
「いや!ダメとか苦手とかじゃなくて……さっきのオータくんとクニヨシ見たでしょ?こういうの見て面白がってるっていうか……絶対起きてたら、あっという間に速攻であのトカゲたちの前に行って話しかけてるよ。珍しいもの見つけちゃったって感じで。」
「ああああ〜」みんなの納得の声が綺麗に揃う。
「確かに好きそう。『あれ?これどうなってんの?』とか本人たちにも聞きそう?」
「はいはい。あるねソレ。」
融合体の2体は決して弱いわけではない。通常の神格化を施されている個体と比較しても上回るはずなのだ。そう、圓崎の言っていた言葉を借りるなら、この2体が弱いのではなく、大田と安川が強いのである。
圓崎や佐久間には及ばないかもしれないが、この2人も突出していたのだ。吉村は再び戸惑いを隠せなかった。この異常事態でも笑い飛ばす余裕がある目の前の少年たち……スタンド席からマウンドに集まるプロ選手たちでも見ているかのように……やるせない劣等感だけが彼の心に渦巻いていた。
(第三十話 終わり)




