第二十九話 淘汰 〜放たれる刺客〜
2026年5月4日壱字誤記(上野も米田と同じこと→上野も吉田と同じこと)につき壱字訂正。
高山オサムら4人の共振意識によって放たれる青白い光は、時間と共にその輝きを増していく。そして松野、添田、安川、高山の順で詠唱が始まる。
「朱雀開きて層霄に臨み」
「玄武嶔として地軸を隠す」
「蒼龍左驂に蚴虬し」
「白虎騁せて右騑となる」
数秒の刻を経て、最後にオサムが静かに言う。
「──通。」
9人の少年たちは食堂で聞かされていた、メインシステムとやらへの接続を意味するのだろうと理解した。Fクラス4柱の神々は目を閉ざしたまま全く動かなくなった。青白い光は彼らの真ん中に向けて放たれ続け、そこで拳大の光の塊のようになって放電が繰り返される。
「コイツら動かねえけど、大丈夫かよ?」
小前の疑問はこの場の全員の思いでもあった。
溝端がそっと手を伸ばして彼らに触れようとした。
「やめといた方がいい。無事じゃすまねえぞ、多分お前の方が。」
そう言ったのは香野である。「根拠があるのか」と不服そうに溝端が言い返そうとするのを、更に遮るように大田も同様のことを口にした。
「コウノの言うとおり、触らない方がいい。」
自分だけが責められているような顔をする溝端に佐久間がポンと肩を叩く。
「なんかやべえ感じだ。とりあえず見とこうぜ、ミゾ。」
圓崎は全くの未知の光景に言葉を失っていた。吉村はその驚きを周りに悟られぬように、表情に出すのを堪えていたが、無意識に後退りしていた。
柴崎と竹田は呆然と4人の姿を眺めている。
全員がこの光景を何十分も見守っていたような錯覚に陥った。
だが、実際には1分程度の時間に過ぎなかった。
光が突然消えて、4人が一斉に肩で息をする。オサムに至っては前のめりに、うつ伏せのような格好で額を床につけて咳き込んでいた。
「どうだったんだ?」
この場において意外にも一番冷静さを保っていた佐久間が4人に向けて声をかける。いつもの浮かれた様子はなく、声も低いものであった。
息を切らしながら最初に応答したのは松野であった。
「悪いい。電子ロックは解除できなかった。ああ耳が……」
「複雑過ぎる。あれじゃ手も足も出ないね。やっぱキーンとする。」
顔をしかめながら添田も喋り出した。安川もそれに続く。
「ううう〜、メチャクチャ疲れんよ、これ。もう勘弁。耳が詰まってるし〜。」
顔を上げきれずに突っ伏したまま、オサムが搾り出すように皆に詫びる。
「……ごめん、みんな。大口叩いておいて。結局無理だった……ごふぉふぉっ……。分かったのはその扉が40ミリの厚さってことだけだった。ごほっぉぐうふぉ……」
圓崎が後ろからそっと背中を撫でてあげた。だがそのときオサムが血を吐き出した。
「がふぉぁ」
「大丈夫か?」
緊張が走る。綺麗な赤色がオサムの前に広がっていた。
圓崎が慌てて医務室に運ぶことを考えたのを、まるで見透かしたように力のない笑みを浮かべながらオサムはこれを制した。
「エンちゃん、大丈夫。みんなも驚かし……ちゃったね。これ喀血って言うらしい。ちょ……とね、肺に負担がかかるんだ。放っとけばすぐ……治るやつだから。少し寝とくね。」
「もう喋らないでいい。とりあえず休め。マツノたちも。」
3人も首を軽く縦に振って応答し、めいめいに後ろ手に天井を見上げたり、横に寝転んだり、壁に寄りかかって暫く休むことにした。
「40ミリか。まあ分厚過ぎるな。多分エンちゃんでも無理だな。ちょっとどんなもんだか俺が試してみる。」
そう言って大田は飄々と右拳を扉真ん中に叩きつける。鈍い音とともに大田がそのまま後方によろめきながら、右手を抑えて顔をしかめ、1人でクルクル回り出している。
「っつ〜〜」
痛いと声に出さずに抑えた右手を振ったりしながら、彼にしては珍しくまだ痛がっている。
眉間に皺を寄せた圓崎の表情も、あまりに見慣れぬ光景に思わず笑みが溢れた。
「オータ大丈夫か?」
そう呼びかけながら圓崎は嬉しそうである。感情を表に出さない大田がこれほど痛がってるのを見るのは彼も初めてであった。周りは笑っちゃ悪いと思いながらも、みんな圓崎と同じように考えているのか、何故か笑顔で嬉しそうである。
「お前でも痛がることあんだな?」
一際嬉しそうな溝端が声をかけた。
「俺がニンゲンじゃないみたいに言うな、ミゾ。お前も張り手でもしてみりゃ分かる。」
大田は相変わらず痛がりながら溝端に言い返した。
「案外俺行けっかもよ。」
「手でけえしな。」
「うっせぇ。」
香野に茶化されつつ、根拠もない自信溢れるセリフを言ったのも束の間、溝端は右手で張り手をすると同時に後ろに綺麗に吹き飛んだ。全員が見事なコントのような展開に大笑いする。
溝端は掌と腕が痺れているらしく、張り手をしたときの状態のまま壁際でへたり込んで動けなかった。
「俺も殴らせてもらう。」
そう言って吉村が前に出てきた。右拳を大きく後ろに引くと同時に、大きく息も吸い込む。
「オラァ!」
威勢もさることながら、彼は溝端と違って斜めに弾き飛ばされて床に転がった。激痛のあまりまともに声も出せず、前歯の間からスースーと音を立てて息を吐く、という動作をしかめ面でずっと繰り返している。右腕は痺れて動かせない。
「シム無理すんなよ。骨とか折れてねえか?」
佐久間が声をかけるが、ただうんうんと首を振って頷くだけであった。
「エンちゃん、俺、先行ってみんわ。」
そう言いながら佐久間は右拳を何度か自身の左の掌に当てて、扉の前に立った。扉を睨め付けながら、彼は構えを逆にした。そして左拳で扉を殴る。やはり結果は同じだった。だが彼の場合は多少ステップを踏んだかのように若干退がったものの、ほかの者のように大きく後退することなく、殴る直前とほぼ同じ構えで立っていた。佐久間は本能的に自分に跳ね返る衝撃を上手く相殺するような超反応をして拳のダメージを最小限にしたのだ。そしてすぐに圓崎に向かってこう言った。
「エンちゃん、拳やんねえように。全力は多分やべえぞ。」
「よし。」
そう言って圓崎も立ち上がる。竹田と柴崎が代わりにオサムの側に来る。
深呼吸する圓崎を皆がじっと見守っている。
「おおおお。」
雄叫びを上げ、右拳を振り翳す。物凄い鈍い音が響くが、扉はほんの僅かに凹みを確認できる程度であった。素早く右手を隠そうとする圓崎に脇から佐久間が、左手で彼の右手首を掴んで少し上げる。
「だから言ったろ?拳やっちまってんじゃんよ。」
「いや本気じゃなかったんだけどな。まあ確かにちょっと派手にやっちまったな。」
そう言う圓崎の拳からは血が吹き出していた。
「けど骨はやってねえ。血が止まりゃあ、どうってことねえよ。」
「……もう〜エンちゃんよお……」
佐久間はいつもの調子に戻って圓崎と肩を組み笑って話しているが、壁際で痺れが続いて動けなかった吉村は、彼らを見て血の気が引いていた。次元が違う。自分とは。それはこんな特殊な状況だからじゃない。始めから自分が一番よく分かっていたこと、ただ認めたくなかっただけのこと。彼らとの間にある縮むことのない大きな差を。
レベル2の特別実験室では、会議を途中退席した吉田がいた。会議室では黒崎が動揺していたが、この吉田は黒崎の言う『淘汰』を実行するべく、今を逃すわけにいかないと独自で判断した。
眠らせておいた被検体3体を使って少年たちを襲わせ、レベル4で待機中のアザゼルとアレーシュマに合流させるつもりであった。そしてレベル5の悪魔のところまで行くのが最終目的である。
「待たせたな、お前たち。大分力を持て余しているだろう。AXL2-01は分かるな。あの一番やばい奴だ。融合を成功させたお前たちでもアイツには勝てん。正攻法で行こうなどと考えるなよ。そしてC57-03だ。コイツは黒崎様のスペアだからな。扱いはAXL2-01以上に気をつけるように。まあコイツも身体能力はお前たちを遥かに超えている。最悪は手足をへし折るくらいなら構わんよな?」
「問題ない。発芽は遅くとも2日後。器として生きてさえいれば問題なく取り出せる。」
吉田の問いに答えたのは上野であった。
上野も吉田と同じことを考えていた。黒崎の指示を仰ぐことなく、今独断で動くのが最善と思い、吉田とここで合流したのだ。そしてレベル3で被検体を暴れさせるため、セキュリティシステムを強制遮断していたのも彼であった。
「それとミーズにはE729-8お前が向かえ。誰も近づけるな。そろそろ目を覚ましてもおかしくない。E910-7は貴重な標本だ。各扉は生体認証でなければ今開かんはずだが、TK49-7の動きが分からん。あいつに気づかれて逃がされても困るからな。」
吉田は相変わらず気味の悪い笑い方をしていた。
「ではレベル3に向かう前にお前たちには……」
「何だ?『ダビング』か?」
「黒崎様のご意向だ。命名による力の付与だと。お前の方がよく知っているだろう。私よりも常にお側にいるのだから。
いいかB570-3、B590-2、今からお前たちは『シャムシエル』、『バラキエル』だ。黒崎様を落胆させるようなことは決してあってはならない。
E729-8、お前にも名を与えよう『コカビエル』、ミーズを死守して来い。」
命令に従い3人の被検体がレベル3に向かった。
「しかし、あんな即席どもで足止めにもならないのではないか?ソガ……」
いつもの黒崎との会話の癖で思わず『ソガン』と口にしかけて慌てて止めたが、もう遅かった。
「今、またお前俺の名前間違ったな?そんなに『曽我』とやらは俺に似ているのか?」
「あ、いや、雰囲気がな……。」
毎回同じように勘違いしてもらい胸を撫でおろす。賊眉鼠眼を略した蔑称と知ったらコイツはどう反応するのだろう。
「まあいい……。足止めになれば良い方だろう。本命はアザゼルとアレーシュマだ。アレーシュマはお前の作品だろう?アザゼルは短期間で仕上げたが相性が抜群だったからな。今向かわせた連中は正直数字的には殆ど(元と)変わらん。所詮は使い捨て。お前も俺もそういう意味では黒崎様にとっての使い捨てにすぎんだろ?」
「そうだな。」
上野はこう返事をしながら、会議前の黒崎のことを思い出していた。
何か翳りのある寂しげな表情……コイツの言うとおり、俺も使い捨てなのか……
──
「君は綿が傷口から吹き出すという、あの奇病のことをどう思う?」
「……憚ることなく申し上げるなら、『愚か』の一言です。」
「愚か……か?」
「ええ。あの発表者たちは真剣です。自分たちでさえトリックか患者の狂言だと最初は思っていた。だからそれを確認するために必死であったはず。だが人為的ではないのは明らかで、その上でその現象をどう説明して良いか分からず、ほかの医師たちにも協力を仰いで、ただ解明したかった。だのに始めから嘘と決めつけて、現場に立ち会ってその現象を目の当たりにした医師たちさえも、嘘と主張して彼らを愚弄した。許せないことです。」
「……どうぞ続けて……。」
「はい。もし仮に嘘だとするなら、どうして真剣にその嘘……トリックを解明してみせないんでしょうか?奇術師が突然鳩を出して見せた。目の前で何度も見るが、トリックに思えなかった。だからこの人には超能力があるんだ。そう思い込んだ哀れな子どもたち、彼らをそう位置付けしたいなら、なぜ目の前でそのトリックとやらをきちんと暴かないのですか?そして子どもたちに説明して、自分でも再現可能だと見せてやればいい。」
「なるほど……。」
「結局医師というのは、自分が知らぬものは認めない。見てないものは認めない。見ても自分が理解できないものは全て嘘。それでいて自分が発見したことは偉業だと言わんばかりに吹聴してみせる。そんな輩です。まあ医療に限らず、どこの世界も似たようなものですが……」
「ハッハハハ。いや失敬。気分を害するような反応に見えただろう。先に詫びよう。だが、そうじゃない。俺と同じことを考える奴が、こんな場所にいるなどと思ってもいなかったのでね。すまん。」
「……副所長も同じだと?」
「ああ、その通りだ。俺も特に医者は好かん。奴らが一部負担金をゼロにしろ、そう主張すれば、患者は、世間は、タダで医療の給付が受けられる。なんて良い医者だ、なんて言いやがる。だが実質は違う。経済的弱者や一部のルールを度外視する連中に支払いを滞らされれば、損するのは自分たちだ。だからゼロにすれば、全額保険者負担になる。つまり奴らは絶対に取りっぱぐれが生じない。損をしない。結局皆都合のいいところにのみ目を向ける。多角的にものを見ようとする者はほんのごく一部。自ら『多角的視点』などとほざく奴ほど、その視点は凝り固まっている。」
「全くです。まあ医療従事者全員がそうとは限りませんが、ご質問の奇病を公表した方々は覚悟を決めて踏み切ったはず。努力や勤勉は必ずしも報われません。」
「ところで君は、キメラ……異種同体の施術をずっと担当していたのだろう?」
「ええ。顕花が人体に寄生などあり得ないではなく、できるかどうか試せばいい。まあ私の場合は人為的に可能かどうかになるわけで、そういう自然発生の疾病に罹患するかどうかの解明はできかねますが。」
「Sタイプ……旧世代の魔人が眠っている……それは本当なのか?」
「間違いありません。私も赴任して間もない若い頃であったとは言え、今となってはアレを知る数少ない当事者ですから。」
──
例えソガンと同じ扱いだとしても、私はあの方の行く末を見届けよう。破滅の道は、あの方に会う以前、ここに来てしまった時点から始まっているのだから……
ふと我に返った上野が見回すと、ソガン──吉田の姿は既になかった。
上野もまたメインラボに向かうため、この部屋をあとにするのであった。
(第二十九話 終わり)




