第二十四話 協力 〜生え抜きのエース〜
藤原は頭を抱えて床を見つめながら小声でボソボソと何か呟いている。
少年たちは藤原にどう声をかけていいか分からなかった。
「とりあえず、そっとしておいてあげよう。俺たちに気遣いされるのもまたツライだろうし……。」
そう言ったのは松野である。
「そうしよう。」
圓崎も賛同する。
「ところでオサムちゃん! さっきのってアイツが近づいてくるのに先に気付いてたってこと?」
大田がオサムに尋ねる。周りは皆何の確認か一瞬分からなかった。
「ああ、アレ。あの人の透明になる技で通路を通ってきたみたいだったんだけど……。ほら、2度も邪魔されたでしょ? だからちょっとだけ俺たちが分かるように見えないトラップを仕掛けといたんだ。それでエダくん、カズキ、クニヨシにも耳打ちして警戒してたんだけど。ほとんど同時にエンちゃんもサクマくんもオータくんも気付いたでしょ? あいつの気配に。」
「お前たち、そんなんできんのか? てかタカヤマだけじゃねえのかよ?」
佐久間が目を丸くして松野たちに尋ねる。
「オサムほどじゃないけど、少しだけな。」
吉村は、先程まではレベル5に行く決意をしていたものの、改めてこのやり取りを遠巻きに見ながら、あの4人、いやオサムの能力の違いに焦燥感をかられていた。
泣き虫のコイツが、ずっと泣き虫のモヤシっ子が、今はバケモノみたいに強いなんて……、カジは手も足も出なかった。いや完全に一方的に甚振られていた。自分は恐怖で一歩も動けなかった。なんなんだ、コイツは? それに知らない間にあいつの方が俺より背が高くなってるみたいだ。それも特殊な能力のせいなのか……?
「よし。とりあえず今日は終わりにしよう。また各自準備をととのえてレベル5を目指す。」
圓崎の「解散」の号令で各々のエリアに戻って行く。
「一応俺が『先戻ります』って声かけとく。多分オサムはまだ声かけねえ方がいいかもしんねえ。」
松野はそう言うと藤原に駆け寄り、声をかけて戻ってきた。
「さ、戻ろう。」
少年たちが立ち去ったあと1人残された藤原はまだ俯いたままであった。
誰もが驚愕した事実……ビンガが事故を防ごうとしていた?
「……何故気づけなかったんだ……。」
どこにぶつけて良いか分からないその思いで、藤原は1人唇を噛み続けていた……。
──
オサムたちと別れたビンガは食堂を出たあと、Eクラスの居住エリアに向かっていた。
(おかしい……、セキュリティガードがいない……。)
彼はひととおり、エリア内を捜索するが1人も姿を見かけない。
(黒崎の計画が進んでいるのか? どこへ連れて行った?)
彼はある目的のため、このレベル3でほかの被検体を探しにきていた。そしてその途中で、少年たちの食堂での会合に途中参加をしたのだ。
EクラスのエリアからBクラスのエリアに移動する。
(やはりここもカラなのか? まさかレベル2に移動させたのか? それとも所長が先手を打った……いや、それは早過ぎる。さすがにあり得ない……)
ビンガが白鳥所長に依頼していたこと……それはこれから起きること、あるいは自分が起こそうとすること、これらのことから最小限の被害に留めるべく、施設内の職員たちを避難させることであった。
今彼が動き回っているのは、その避難に際し黒崎側の妨害があった場合に備えて、所長たちを護衛できる協力者であった。Zタイプと呼ばれる者たちでも一部は護衛につかせることは可能であるが、シリーズ化している被検体を相手にした場合は人数が揃っていても、簡単に制圧される可能性が高い。そもそもシリーズ化していないZタイプは明らかに脆いのだ。
『シリーズ化』したから登録番号を付与するのであり、付番行為自体をこう呼ぶわけではない。
ではシリーズ化とは何か?
被検体の骨は投薬に伴い変化を始める。通称『フレキシブルボーン(Fボーン)』と呼ばれるこの骨の構造は、その内部に竹のような『擬似的な節』がいくつも連続して生成される。この『節の連なり(Series of Nodes)』によって骨が多段構造化し、柔軟性を得たことを『シリーズ化』と呼ぶ。
単に投薬に耐えて生存できたが、シリーズ化が完了しなかった被検体というのが所謂Zタイプである。
ビンガは少年たちを白鳥所長たちの護衛につかせて、そのまま脱出を図ってもらいたい、そう考えていた。だがそのために彼らには、このエリシオンと悪魔、そして彼ら自身について知ってもらう必要がある、そう考えていた。『施設の外に出る』ということがどういうことなのかを……。
そして更にビンガは、ほかの被検体もできれば脱出させたいと思っていた。彼はその協力者になり得る者、そして無事にここから脱出してほしいと願う者を探していた。
(何故だ? 何故誰もいない? レベル3内のエリアは全て見た。まさか『ミーズ』にいるのか?)
『ミーズ』とは、神格化を始める前に、連行された被検体を収容しておく場所──最初に圓崎たち10人の少年がまとまって収容されていた場所のことである。厨房でも使われるこのフランス語の隠語は『下ごしらえ』を意味する。
ミーズへの一本道である連絡通路を慎重に抜けて行く。彼は移動の際にはほぼ常に、光学迷彩で姿を透明にしている。監視カメラを気にせず動けるからだ。
ミーズに到着すると、常備されているものではない医療機器が持ち込まれていたが、人の姿はなかった。だが誰かがいた痕跡はある。(そんなに時間は経っていないようだが?)
奥のベッドに誰かいる……。警戒して近づくと、そこには1人の少年だけが眠っていた。
(無事のようだ。まだ何もされていないのか? 眠っているだけならいいが……だがなんでこんな場所で……? ほかの連中はどうした? 何故このE910-7だけが残されている?)
部屋の中をゆっくりと見回す。そして彼はこの宙に舞う僅かな『何か』に気づいた。
(ん? なんだ? この感じ……この部屋……あちこちにTマターの残渣が……まさか!……強引に過剰摂取させたのか?)
「おい、起きろ! 起きてくれ!」
(クソ、目を覚まさない。抵抗できないように先に全員薬で眠らせた上で摂取させて運んだのか? だがこの子だけなんで放置したんだ?)
何度探しても彼1人しかいない。何か手がかりがないか探してはみたものの特にめぼしいものは見つからなかった。
(……仕方ない。こいつだけでも生き延びてもらわなくては……)
ビンガは少年を抱きかかえると、再び光学迷彩で姿を消した……。
──
白鳥所長は「ちょっと外に出てくる」と事務員たちに声をかけた。
そして外に出た途端、珍しく機敏な動きで車まで走り出し、一人急いでエリシオンから離れて行った。
運転しながら盛んに辺りを見回す。彼は見晴らしの良い高台を見つけると、急いでそこに向かった。
「この辺で大丈夫だろう。」
エリシオンから車で数分離れた場所にやって来たのは、『電話の電波』を探すのが目的であった。施設内からの連絡ではほかの職員、いや黒崎に伝わってしまう可能性がある。今は秘密裏に動かなくてはならない。
黒塗りの車のトランクのアンテナをおもむろに伸ばす。
「こんなもんかな。」
そして『自動車電話』を使って東京のある人物に連絡をとリ始める。
この時代──昭和62年には今のような携帯電話は普及していない。この車載電話機は携帯電話の走りともいうべきものである。持ち歩くことが可能な電話も存在していたが、重さが3キロもあり肩にかけて運ぶようなものであった。重さ1キロを下回るものも発売開始されたが、現在の我々が知るような小型のものとは程遠いものである。
「……ああ白鳥です。すまないね、急に。アキラちゃん、悪いんだけど大蔵省の同期のよしみで緊急でお願いしたいことがあってね。……
今日はまだ水曜だろ?土曜の半ドンの後にでもしてもらえないか?……
頼みってのは、『大規模な災害派遣訓練を実施』してほしいんだ。生え抜きのエースならお手のもんだろ?……
公式なルートではちょっとできない案件でね。私信として動いてほしいんだ。……
ああ、すまんね。予算(編成)の時期に。アキラちゃんにしかできないんだよ。ニッポンの防衛を背負った西澤輝事務次官殿にしかね……。」
(第二十四話 終わり)




